第三話 その翌日。


 ……雨音が聞こえる。


 それを電話の鳴る音がさえぎったけど、すぐにママの声が優しく包んだ。


 うっすらと目を開ければ、今はよる? と思えるくらい、この場所は薄暗うすぐらかった。何となくだけど、見えるものがぼんやりしているの。


 ここどこ? って、思ったけど、お兄ちゃんとお布団ふとんを並べてている玄関げんかんからすぐの部屋ではないの。台所よりもおく。難しそうなご本が、図書館を思わせるように並んでいるの。サッカー選手のポスターがってある。大きな目でかみがまるではちさんの巣。緑のユニホームがよく似合っている。パパはね、この選手が大好きなの。


 それから、ちょっとだけあら息遣いきづかいと、足音が近づいてきた。


瑞希みずき、起きたのね」

 と、ママが言った。


 でも、けほけほ……とせきが出て、はあはあ……と、少し息苦しい。それでお布団から出ることも、体を起こすこともできないの。


「ママ、パパは?」


みつる一緒いっしょに、もう出たよ」

 と言いながら、ママはお布団で寝ているわたしのそばに座った。


 こわかったけど、


「……パパ、おこってなかった?」

 と、勇気を出していてみた。


「何て顔してるの?」と、ママは笑いながら、


「瑞希が心配だって言ってね、さっきまでここにいたのよ。瑞希のことね、ずっとてくれてたの。それでね、瑞希にぬいぐるみさんプレゼントするんだって言ってたのよ」


 ちょっと、なみだが出ちゃった。


「じゃあ、その時に、パパにマフラーをプレゼントするね」


「瑞希が一生懸命いっしょうけんめい編んだマフラーだもんね。パパきっと大喜びよ」


「えへへ……」

 と、いうことは、今はあさ。昨日より元気になれたと思う。


 でもママは、体温計を見ながら難しそうな顔をしていた。


 その体温計は、さっきまでわたしの右のわきはさまっていたもので、まだお熱が高いみたい。……というわけで、今日わたしは学校をお休みしたの。


 でもやっぱり、


「ママね、ちょっとだけ学校に行くから、大人しく寝てるのよ」


「お休みじゃなかったの?」


「ごめんね。行かなきゃいけなくなったの」


 ……さっきの電話がそうみたいなの。

 ママは、学校をお休みできなかった。


 わたしは、ぎゅっとママの手をにぎって、


「行っちゃやだ、瑞希一人になっちゃうよ」


 ママは優しく、わたしの頭をでながら、


「泣かないの。瑞希は強い子なんでしょ?」


 そうだね、頑張がんばらなきゃ。


「うん、強い子だよ」


「よし、それでこそママの子だ」


 そう言って、ママが出発してから、どれくらいったのだろう?


 わたしはいつの間にかねむっていたみたいで、


「ママ、いないの?」

 と、きょろきょろしながら、声をかけたの。


 すると、この薄暗い部屋が、ピカッと、一瞬いっしゅんにして青白くなった。そして頭の天辺てっぺんから刃でくようなするどい音が、わたしをおそった。


「きゃあ!」


 どうしようもなくこわいの。


 起き上がることができなくて、ってお布団から出た。


「やだ、やだ……」

 とす声も、繰り返される青白い光と鋭い音で消えちゃうの。


 我慢がまんできないほど寒いのに、火傷やけどするくらい体が熱いの。千切ちぎれちゃうかと思うくらいに両方のうであしが痛くて、はあはあ……と息苦しくて、


「ママ、怖いよお……」


 天井てんじょうがぼやけてきて、


「瑞希、このまま死んじゃうのかな……?」


 キーンという音が、聞こえるものすべてをふさいだ。


 頭の中も、真っ白になったの。



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