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 お兄ちゃんは、心配性だと思う。


 赤い革の長靴を履いた黒猫、祐影ゆうかげれんは、そう思って文字通り金色のネコ目で兄を見る。

 祐影ゆうかげみなと。十七歳の高校生で恋の実兄である。

 兄は、首から『油断してました』のプラカードを掛けられ、ギルド【グリムリーパー】のオフィスで正座させられているわけだが。

 勿論もちろん、床に直で。

 高層ビルのオシャレで掃除が行き届いた清潔感のあるオフィスなのでそこは救いかも知れない。

 天気も大変よろしい。

「湊君」

「はい……」

 そんな兄の前に立ち、腕を組んで冷たい瞳で見下ろす少女、宝生ほうしょう唯花ゆいかは日本人形のように美しい黒髪と白い肌で、学校指定の制服である黒いセーラー服と黒いタイツがよく似合う。

 まとう雰囲気はやらかした兄に怒っているのかややとがっていて、さながら視線の温度と相まって――女王様のようだ。

「死にたいの?」

「めっそうもございません」

 兄、土下座である。頭は床につかんばかり。

 恋は一応心の中で弁護する。いつもは頼れる妹思いの超ステキお兄ちゃんだ。ホントだよ? と。

「今回は恋ちゃんのおかげで事なきを得たけど、一歩間違えば」

「まーまー、湊クンも反省してる事だしぃ、これくらいにしとこ? 唯花」

 晴れた空の陽射しのように軽やかな声に現れたのは、均整のとれたメリハリある身体で唯花と同じ制服を着た少女。

環奈かんな

「はろー」

 亜麻色あまいろの背中まである柔らかな髪と大きなぱっちり二重の青い瞳は染めてるでもカラコンでもなく天然モノ。唇も柔らかそうで、可愛らしい雰囲気をかもしている。

 ひらっと手を振り、行儀悪くデスクに腰掛け唯花と同じく黒いタイツに包まれた脚を組む。

「で。湊クン。今回の件、あとでレポート提出ね」

「はい……」

 呂木ろぎ環奈かんな。ギルド【グリムリーパー】のスポンサーにして発起人。

 それから、この国最大規模の企業のご令嬢でもある。

「でもま。配信はけっこー盛り上がったから、お疲れ様!」

 花咲ような笑顔は大抵の男子の鼻の下を伸ばせるだろう。まさにお姫様だ。

 恋から見ると女王様とお姫様がそろって非常に目の保養。美しい可愛いは、女の子にとっても正義である。

 そして女王様こと唯花が溜め息をつく。

「確かに、絶体絶命、危機一髪はスリルで皆を湧かせますからね。……計算なら言うこと無いのですが」

 正座した兄の目が泳ぐ。演技でも計算でもなかったのだから仕方ない。

「なーんだ。またボウズしくじったのかー?」

 渋いイケボの乱入に皆がそちらを見ると、声とは対照的に無精髭ぶしょうひげを生やした三十半ばくらいで、痩身猫背そうしんねこぜ、ネクタイもゆるゆるでヨレたスーツと黒い革靴の男性が頭を掻きながら入ってくる所だった。

 顔は悪くないのに何とも残念に見えるのはそのやる気のない風体ゆえか。

今春いまはるさん」

「湊のボウズ。お兄さんと呼べ。お兄さんと」

 おじさんと呼ばれないだけありがたいとは思えないらしい。仕方なし。

 今春いまはる清吾せいご。何を隠そうこのギルド【グリムリーパー】の代表である。

「今春さん。そのうち通報されますよ」

「今春クン、見境ないもんねー」

「人を変態みたいに言うな!?」

 唯花の淡々と事実のみを言うからこそ冷たい声と、明るく笑顔で追撃する環奈の声に今春は思わず叫んだ。




「じゃ、宝生と祐影。報告頼む」

 気を取り直すように咳払いをして、今春が湊達に報告を促す。春が終わって夏に入った今時分いまじぶん、まだ外は明るいものの夕方と呼べる頃合いだと、柱に掛けられた時計がしらせている。いわゆる夕会というやつだ。

「下校途中、渋谷駅付近で敵性イマジナリーと遭遇。交戦。結果的に逃走されました」

 唯花の声が淡々と事実を報告する隣に立つ湊は、見えない何か(恐らく針のむしろと呼ばれるもの)にさいなまれているのか、顔色が悪い。

「了解。名前は?」

「湊君」

「あ、……と。多分、『桃太郎』じゃないかな」

 危機一髪で助かったあの後、唯花と恋が猛攻を行い、あの化け物は逃走した。その際にまた別の形態フォルムに変化したのだが、恐らくあれは鳥だったと湊は思う。

 その事を説明しつつ、湊はそこから連想された物語だと告げた。

「うーん……それだけじゃ弱くねぇか?」

 無精髭をさすり、今春が湊を見る。

「確かに通常なら。だけど今回に限っては結構いい線だと思う」

 犬が出てくる話は東洋西洋含め多い。が、今回は鳥が入り、極めつけは最初の形態が『侍』だった。

 侍と犬と鳥。そこまで揃えば八割確定だろう。

 補足するように唯花が言葉を紡ぐ。

「他の形態は確認出来なかったけれど、形が安定しないように見え、恐らく発生して間もない。猿や鬼の形態まで獲得していないと推測される。報告は以上」

 今春がその言葉に苦いものをんだ顔をする。

「発生したてか……」

 環奈が唯花と湊を見て、視線を集めるように両手を叩く。

「そーいうワケで。今夜は厳戒態勢げんかいたいせいね。唯花と湊クン、今春クンは一旦帰って休んでー?」

「はい」

「わかりました」

「はいよ」




 ギルドのオフィスから数分圏内のマンション。その一室のドアに鍵を挿し込み開ける。

「おかえりなさい。マスター、レン」

「ただいま。れん

蓮花れんか、ただいまー」

 白い肌と短めに切り揃えられた髪、くりっとした焦げ茶の瞳と形の良い鼻、そして花のように淡い色に染まった唇。

 湊より一つ下くらいの歳か。制服の白いブラウスとチェックのプリーツスカート、紺の靴下とスリッパ、そこに無地のエプロンといった格好で出迎えた少女はかすかに口許くちもとをほころばせた。

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エディット・エンド 琳谷 陸 @tamaki_riku

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