エンディング
声が聞こえた瞬間、カンナははっと後ろを振り向いた。
見れば、土手のほうから50代くらいの男性が、血相を変えてこちらへ近づいてくる。
そしてここまで来ると、青い顔のままカンナの肩を掴んだ。
「きみ、こんな川の側にいたら危ないだろう!一人で何してるんだい?まさか自殺じゃ...!」
突然の出来事で、カンナと和澄はオロオロする。
どうやら座敷童である和澄は、男性に見えていないようだ。
勝手に話を進めて青ざめてゆく男性に、カンナは両手をぶんぶん振って否定した。
「自殺じゃないです!ただ、彼岸花が綺麗だなぁって思って...。」
「...あ、そっそうなのかい?よかった...。」
ほっとした様子の男性は、カンナから手を離すと「ごめんね。」と言った。
「僕が昔、ここの川で自殺未遂をしたことがあるからさ、川縁に人が立っているとついそうなのかと思っちゃって...。」
「え、そうなんですか?」
「あぁ、30年も前だけどいじめに耐えられなくて...でも死にきれなくてね。代わりに僕の想い人が死んじゃったんだ。」
遠い目をした男性が橋の上を見上げる。
「橋から飛び降りる僕を止めようとして飛び出したところを、車に跳ねられたらしい。それを知ったのは後だったんだけど、その時は頭が真っ白になったよ。」
「それは...何て言ったらいいのか...。」
返す言葉に詰まるカンナ。
和澄も側で黙って聞いている。
「いや、大丈夫。ただそれから激しく後悔して、こんなことはしないと心に誓った。橋から飛び降りる直前に見た、あの子の顔が忘れられなくて。自分が死ぬことで誰にも迷惑がかからないと思ってたのに、あんなに心配してくれた彼女が予想外で、でも嬉しくて...申し訳なかったんだ。涙が止まらなかったよ。30年経った今もここに通い続けてるのは未練かな。」
「僕の勝手な話でごめんね。」と少し悲しそうに微笑んだ男性は、川縁に咲く彼岸花を見つめた。
「そういえばあの時も、こんな彼岸花の咲く綺麗な夕焼けだったなぁ。あの子に彼岸花の花束を渡したのが最後だった。」
「彼岸花の花束...?」
はっとして和澄のほうを向くカンナ。
和澄も大きく目を見開いて「まさか...。」と呟いた。
「...何で彼岸花の花束を?」
カンナの質問に「あぁそれは。」と男性が照れくさそうに答える。
「彼女にぴったりの花だと思ったからなんだ。葉をつけず、真っ直ぐにすくっと花だけ咲かす、強くて孤独で、でも少し儚いあの人に。」
「それは...花言葉とかじゃないんですか?」
「花言葉はいっさい知らないよ。不吉な花だってその時は知らなかったから渡しちゃったけど、でも...それでもあの人には彼岸花が似合うんだ。死ぬ直前に『君らしく生きてほしい』って気持ちを込めて渡した。どんなに不吉な花だったとしても、それが僕の気持ちで願いだったから。」
風に揺れる彼岸花を見つめる男性。
その表情は何処か悲しくも、しかし真っ直ぐだった。
背後から「おーい!」と子供の声が聞こえてくる。
「ゆっきーせんせー!さよーならー!」
「はぁい!早く帰るんだよー!」
「ゆっきー先生?」
子供たちの声に手を振った男性が、カンナに説明する。
「僕は雪城っていうんだけど、今は美術の教師をしててね。ゆっきーなんて可愛いあだ名がついちゃったんだ。」
男性ー雪城が「そうそう。」と手に持っていたスケッチブックを広げる。
「さっき言ってた彼女をモデルに1枚絵を描いたんだ。ほら、これ。」
「これは...。」
カンナと和澄はスケッチブックを覗き込む。
そこには、黄昏時の彼岸花畑に1人凛と佇むセーラー服の少女が描かれていた。
端には『彼岸の君』と書かれている。
描かれた少女は間違いなく、彼岸花の花束を抱えて泣いていたあの沙羅だった。
「僕にとってね、この子は大切な存在だったんだ。僕と同じく孤独なのに、強くて真っ直ぐ凛としてて...憧れ、だったんだよ。初めて誰よりも大切にしたいってそう思った、そんな特別な存在だったんだよ。」
雪城は潤んだ目で絵を見つめながら話す。
「もし会うことが叶うなら。迷惑かけてごめんって謝って、またあの日々みたいに他愛ない話で笑って。どれだけ僕にとって大切な存在だったか、好きだったか...伝えられる日は来るだろうか。」
絵をそっといとおしそうに撫でる雪城。
カンナは力強く頷く。
「伝わりますよ。... いや、伝わってますよ。」
彼岸花の花束を抱えたまま、再び会えることを信じて彼岸へと消えた沙羅。
叶うなら、もう一度。
お互いを想うその気持ちを、彼岸花はきっと繋いでくれる。
ーだって彼岸花は『相思華』で、彼岸と此岸を繋ぐ花だから。
カンナは目の前の川縁に咲く花畑を見つめる。
彼岸花は黄昏時ながら、空へ向かってその真っ赤な花を誇らしげに咲かせていた。
-Fin-
彼岸の花束 有里 ソルト @saltyflower
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます