5

「行っちゃったな...。」



沙羅が消えた方角を見つめて、カンナが静かに溜め息をついた。



「そうやなぁ。」


誰もいないはずの川縁で、カンナの言葉に何処からともなく声が答える。

途端、何もなかった空間から一人の少女がゆらりと現れた。


年は小学生くらいだろうか。

お団子結びに、黄色い花のかんざし。

白い着物を着て裸足で立つその姿は、何処か世間離れしている。

カンナはさして驚くふうでもなく、突然現れた少女に声をかけた。


「和澄(カスミ)、今まで何処に行ってたんだ?」


「ずっとここにおったよ。話してるとこ邪魔になるんもややなぁ思うて、少し離れたところから見てたんよ。それにー」


和澄と呼ばれた少女は、言葉を切ると悪戯っぽく笑う。


「我みたいな座敷童が見えたら、ビックリするやろ。」


そう言うと和澄は沙羅が消えた道を見つめた。


「それにしてもあの沙羅って子、自分の気持ちに全く気づいてなかったなぁ。赤い所持品が増えたんも『赤が似合う。』って雪城に言われたから。雪城が死んで悲しんだんも、怒ったんも、それだけ大切に想ってはったからやのになぁ。」


和澄の言葉にカンナが答える。


「きっと今まで人と関わることが少なかったんだよ。だから自分の気持ちにも気づけなかったし、分からなかったんだ。」


『私は嫌われ者なの。』と自嘲げに話していた沙羅。

強気な言葉の裏に寂しさがちらちらと隠れていたのを、カンナは見逃さなかった。


きっとそんな彼女にとって雪城との交流は新鮮だったに違いない。


抱いた感情が例え友情でも、恋愛でもー



「ああは言ったけど、本当に何で彼岸花だったんだろうな?確かに不吉なイメージが強いし、贈り物には向かない花だと思うけど...。」


顎に手を当てて考えるカンナに、和澄が「我はそうは思わんけどなぁ。」と首を傾げる。


「彼岸花は葉見ず花見ずって言って、花と葉が同時に出ないんよ。花がこの世にある頃に葉はあの世で、葉がこの世にある頃に花はあの世にある。花と葉がお互いに想うことから『相思華』って別名もあるし、彼岸花はあの世とこの世ー彼岸と此岸を繋ぐ花って言われとるんよ。お互いを想ってはった2人にはピッタリやと思うけどなぁ?」


「へぇそんな意味があったんだ。和澄って意外と物知りなんだな。」


ーまさか、彼岸花にそういう深い意味があったとは。


思わず関心するカンナに和澄が噛みつく。


「意外って何や!我だって伊達に数百年生きてるわけやないんやよ。」


「どうだ!」と言わんばかりの和澄に苦笑したカンナは、遠い目で空を見上げた。


空はオレンジから赤に染まりつつある。

静かに息をついたカンナは空を見上げたまま呟いた。


「...言わなくてよかったかな?」


「何が?」



「沙羅が死んでるってこと、本人に。」


「... 。」


和澄は答えない。

カンナは独り言のように呟く。


「俺が小さい時から、沙羅はずっとこの橋にいたんだ。彼岸花の咲く時期にだけ現れる、セーラー服の女の子。見かける度に、彼岸花の花束を抱いて泣いていた。ずっと、何年も。」



ざあぁぁっと、誰もいない川縁の彼岸花を風が揺らす。


「今まで怖くて話しかけられなかったけど、今日勇気を出して話してみた。自分が死んでるってこと、気づいてなかったな。『雪城が死んだのは数日前』って言ってたからきっと...。」


ー沙羅の時は止まってしまったんだ、雪城さんが自殺したあの日から...。



カンナは拳をぎゅっと握り締める。


「沙羅がこれ以上傷つく顔は見たくなくて、死んでるって言えなかった。なぁ、俺はちゃんと本当のことを言うべきだったかな?」


「そないなこと言われても、我には分からんなぁ。」


和澄は川縁に咲く彼岸花に歩み寄ると、花の頭を顔に近づける。


「でもな、現実ばかり突きつけるのが正しいとは限らん。優しい嘘だって必要な時もあると思うんよ。別に嘘ってわけやないけど。」


振り向いた和澄が微笑む。


「沙羅は笑って還ってはった。我はそれだけで十分やと思うよ。」


「...そうか。」


人を悲しませたくない、笑顔にしたいというのがカンナの夢であり願い。



ー俺は、あの人を笑顔に出来ただろうか。


何年もずっと過去に囚われ、泣いていた沙羅。

彼女を少しでも慰められたのなら、笑顔に出来たのなら。


「そうだといいな...。」


沙羅の幸せを願ったカンナは、和澄のいる川縁に歩み寄る。

そして側に咲いている彼岸花に触れようとした時、背後から叫び声が聞こえた。


「おい、そこで何をしてるんだ!」


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