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「少しは落ち着いた?...さっきまで泣いてたから。」


「えぇ、お陰様で。あんまり面白くって涙も乾いちゃったわ。ね、カンナくん。」


「うるさいな。こういうことで笑いを取るのは不本意なんだけど。」


二人は橋を下り、河原をゆっくり歩いていた。


キラキラと夕陽を反射する夕暮れ色の水面。

川縁の彼岸花が夕焼けを仰ぐように風にそよぐ光景は、何とも幻想的だ。


「...話を戻すけどさ、沙羅が雪城さんを大切に想うように、雪城さんも沙羅を大切に想ってたんじゃないか?」


「だからどうしてそうなるのよ?別に私はアイツのことなんか...。」


沙羅は横を向いて水面を眺める。



ーそう、ただ話すくらいの仲で別にそんな...。


「...まぁ少なくとも雪城さんは、大切な友達として信頼してたんじゃないかって思う。だからこそ、いじめられてることを沙羅に言わなかったんじゃないかな?」


カンナが言葉を続ける。


「いじめられるのは確かに辛い。でも、それを相談することで友達の顔を曇らせて、心配させるほうがもっと辛い。俺だったらそう考えて、内緒にしちゃうかも。」


「友達を心配させるほうが...辛い...。」


ーそんな風に考えたこと、一度もなかった...。


確かにあの優しい雪城ならあり得る。

人に心配をかけまいと、迷惑をかけまいと一人で抱え込んでいたのかもしれない...。

そう考えると心臓がキュッと苦しくなる。


「でもいじめが辛いのには変わりない。耐えきれなくなって、それであんな行動に走ったんじゃないかな?」


「じゃあ、どうして私に彼岸花の花束なんか渡したのよ?どう考えたって、私を怨んでる以外にないでしょ。」


つっけんどんに言う沙羅にカンナも「さぁ。」と首を傾げる。


「俺は雪城さんじゃないから。でもさ、最後に雪城さんどんな顔してた?」


「え?」


ーそういえばあの時、雪城は...。



「『ゴメンね』って笑って...泣いてた。」


そう、雪城はあの時泣き笑いをしていたのだ。


笑う顔は何度も見てきたが、雪城が泣いているのを見るのはあれが最初で最後だった。

それが新鮮で、不思議で、あの雪城の顔が未だに頭から離れない。


ーそういえば、あの時もこんな綺麗な夕暮れの時間だったっけ。


静かに流れる川をじっと見つめる沙羅。

川はあの時と変わらず、今日も穏やかに流れている。


「もし本当に怨んでたなら、泣き笑いして『ゴメンね』なんて言わないんじゃないか?『お前を怨んでやる』って怖い顔して脅したほうが、よっぽど相手には傷になるし。」


「ちなみにさ。」と言うとカンナは彼岸花を指さした。


「...彼岸花の花言葉ってさ、何か知ってる?」


「知らないわよ。どうせ死とか怨みとか、絶望的な言葉なんじゃないの?」


ただでさえ不吉と意味嫌われている彼岸花。

花をよく知らない沙羅には、それくらいしか言葉が思いつかない。

しかし、カンナから聞いた言葉は思いがけないものだった。



「いや。彼岸花の花言葉は『また会う日を楽しみに』だ。」


「...は?何それ初めて聞くんだけど...。」


カンナに言われ、唖然とする沙羅。

思わず、手に握っていた彼岸花の花束を見つめる。


ーこんな不吉な花の花言葉が『また会う日を楽しみに』?まさか...。



「俺、家業が芸術系だから勉強することがあってさ、その時彼岸花の花言葉を知る機会があったんだ。」


カンナが川縁にしゃがんで彼岸花に触れる。


「もちろんそれだけじゃなくて、『諦め』とか『悲しい思い出』とかいろんな花言葉があるし諸説もいろいろだけど。でも...。」


言葉を切ってカンナが振り返る。


「『死』に直接関わる花言葉はないんだ。なぁ、ちょっと意外じゃないか?」


「意外も何も、嘘なんじゃないかって疑ってるわよ。」


カンナを半信半疑の目で睨む沙羅。

実際のところ、カンナの話はあまりにも予想外で沙羅はついていけていなかった。


「まぁそうだよな、でも本当だから。」


カンナはさらりと認めると、遠くを見るように川岸に視線を向けた。

その横顔が夕陽に照らされる。



「...だからきっと、雪城さんは沙羅を怨んで死んだんじゃないと思う。何で彼岸花の花束を渡したかは分からないけど...。雪城さんのこと、もっと信じてあげてもいいんじゃないかな?」


「もっと...信じる...。」


沙羅はカンナの言葉を繰り返す。

あんなことがあって、雪城の何もかもが信じられなくなった。


誰にも助けを求めずいじめを隠して耐えていたように、今までの雪城との日々は偽りだったのではないか。

隠し事をされるくらい信頼されていない、そもそも沙羅と関わるのが嫌だったのにずっと黙っていたのではないかと。



ーでも、それでも...。


あの笑顔は、今まで過ごしてきたあの日々だけは。


「...本当だったと、信じたい。」



ーだって楽しかったから。


初めて友達だと思える人に会えたから。


それが素直な気持ち。



私の、想い。


沙羅は花束をギュッと抱きしめると黙って頷く。

そして顔をあげると、カンナを真っ直ぐ見つめた。


「分かった。...もう一回信じてみる、信じる、雪城のこと。」


「そっか、よかった。」


カンナは笑うと指を一本立てた。


「沙羅は思い込みが激しいみたいだし、もっと視野を広げたほうがいいと思う。俺を女子だと勘違いしたようにさ。」


言われた沙羅はムッとして反論する。


「何よ、人を知ったようなこと言っちゃってさ。だいたいあんたを女子だって勘違いしないほうがおかしいわよ。」


「なっ...言ったな!」


しばらくお互いを睨みあう二人。

やがて耐えきれなくなってどちらからともなく笑うと、それぞれが空を見上げた。

もう陽はすっかり傾き、オレンジ色がだんだん強くなっている。


「もうこんな時間なのね。私、そろそろ帰らなきゃ。」


そう言った沙羅は鞄を持つと、カンナに向き合う。


「こんなの柄じゃないけど、ありがと。少し吹っ切れたわ。早く帰って、雪城に言ってやる文句の一つでも考えなきゃね。」


「文句?何を言うつもりなんだ?」


首を傾げるカンナ。

沙羅が意気揚々と答える。


「もちろん『何で勝手に死んだんだ。』って殴ってやるのよ。一発殴らないと気が済まないわ。」


「うわぁ...痛そうだな。」


苦笑いするカンナに沙羅も笑う。


「フフッこの私を悩ませたんだもの。それくらいの制裁はしなくちゃね。他にもいろいろ聞いてやるんだから。」


「それじゃあ。」とカンナに背を向ける沙羅

その背中にカンナが声をかける。



「なぁ一つ聞くけどさ、雪城さんが自殺したのっていつなんだ?」


「いつって...数日前のことよ。じゃなきゃ花束枯れちゃうじゃない。」



「そっか...。」と呟くカンナ。


振り向いた沙羅を見ると、片手をあげて「元気で。」と笑顔を見せた。

その笑顔が、何処と無く悲しげに見えたのは気のせいだろうか。

首を傾げた沙羅だったが、手を振って別れの挨拶を交わした。


「うん、じゃあね。」


沙羅は再び背を向けると走り出す。


別にカンナの言葉を全部信じたわけじゃない。

雪城のあの微笑みは本当なのか、何故彼岸花の花束を渡したのか。

今となっては雪城に聞くことはできない。


でもー



ー泣いて待つよりは、アイツを信じて笑って待ってやったほうがきっといい。


沙羅は彼岸花の花束をそっと抱き締める。



「『また会う日を楽しみに』なんて言葉を花に託したんだもの。帰ってきなさいよね、絶対に。」



ーもし叶うなら、本当に会う時が来たなら。


1発殴って怒ってやって、それからまた話すんだ。あの時みたいに笑って、冗談言い合って。


「それにしてもどうしてこんなにアイツのことで悩んだりしたのかしら?」


沙羅は走りながら首を傾げる。

怨まれたと沈み、裏切られたと怒り、また会えることを願い笑う。

ゆらゆらと揺れるこの気持ちを、何と言うのだろうか。


ーこんな気持ちは、初めてなんだ。


「ね、あんたは分かる?」


抱えられた彼岸花の花束は何も答えず、そよそよと楽しげに揺れるだけだった。

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