3


「自殺しちゃったの」


ぽつりと呟かれた沙羅の言葉には、一言では表せない重みがあった。

思いがけない結末に、カンナも呆然とする。



「自殺……雪城さんが……?」


「他に誰がいるっていうのよ」と、自嘲げに笑った沙羅が言葉を続ける。


「この橋の上から飛び降りて。私が見つけた時は、もう橋に足をかけていたわ。止めさせようにも、私がいたのは車道を挟んだ反対側の歩道だったから、叫ぶのが精一杯だった」


沙羅は花束と一緒にスカートを握る。


「でも無理だったわ。泣き笑いみたいな、困った顔をして『ゴメンね』って言って消えちゃった。この花束を残して……」


それからカンナに花束をずいっと向ける。


「ねぇ、この花……彼岸花ってどんな花か知ってる?」


「どんなって……摘んだら死んじゃうとか不吉なことが起こるとか、あまり贈り物には向かない花じゃなかった?」


カンナの言葉に沙羅は頷く。


「そうよ。死人花とか地獄花って別名にあるくらい、不吉で縁起の悪い花。花に詳しくなくたって、これくらい常識でしょ?」


そう言うと沙羅は花束を見つめる。


「最後にこれを渡して消えたってことは、よっぽど私に怨みをもって死んだのよ。最後に酷いことしたわけだし。だってそうでしょ?よりによってこんな花を花束にするなんて、死ぬ直前に渡すなんて……さ」


花束を握りしめて俯く沙羅。

その手に力がはいる。


「馬鹿みたい。何で死んじゃうのよ?人のことは聞くくせに、自分のことは黙ってにこにこ笑っててさ」


肩が震える。



声が、震える。



「私だって相談されれば話くらい聞いたわよ。何よ、私がそんなに信用できなかったっていうの?ずっと都合の悪いこと隠しちゃってさ。……『私と喋るの楽しい』って笑ってたけど、あれも嘘なんじゃないの?本当は辛かったんじゃないの?だから、だから……死ぬ間際にこんな花束を寄越したんでしょ?」


花束に雫が落ちる。

気持ちに歯止めが効かなくなり、言葉が止まらない。


「馬鹿馬鹿馬鹿!嫌なら嫌ってはっきり言ってよ!っていうか、何でアイツのことでこんなに私が考えなきゃならないのよ!!もう...ほんと、頭にくる……」


後半、声にならない声で呟いた沙羅は項垂れる。

その目の前に、スッとハンカチが差し出された。



「……大丈夫?涙、拭く?」


カンナの声に沙羅ははっと顔をあげる。

頬を触ると涙で手が濡れた。


――嘘……私泣いて……?


いつの間にか泣いていたことに驚いた沙羅だったが、カンナがじっと見ていることに気づくと「いい。自分のあるから」と、鞄から赤いハンカチを取り出した。

カンナが、沙羅のハンカチと鞄に視線を向ける。


「沙羅って赤が好きなのか?持ち物、ほとんど赤いんだな」


言われて沙羅も自分の所有物を見る。

確かに今持っているハンカチ、財布、筆箱...みんな赤い。


――こんなに赤い物、たくさん持ってたかしら?



きょとんとする沙羅にカンナはクスクス笑う。


「な、何よ。何か文句でもあるわけ?」


急に笑われて腹が立った沙羅は、カンナを睨む。

カンナは「とんでもない」と首を振ると、優しく微笑んだ。


「沙羅は雪城さんのことを大切に想っていたんだなって。鈍感な俺が気づくくらいにさ」


カンナの発言に固まる沙羅。


「……は?突然何を言い出すかと思えば意味分かんないわよ!!」


何故こんなに慌てるのか自分でも分からないが、何か言わなければならないような気がして、とりあえず言葉を並べる。


そして何より――



「っていうかあんた、今自分のこと『俺』って言わなかった?まさかとは思うけど……女子じゃないの?」


「え……?」



想定外だったのか、沙羅の言葉に今度はカンナが固まる。

そして返ってきたのは、振り絞るような言葉だった。


「俺、れっきとした男子高校生なんだけど……まさか、ずっと女子だと……?」


「うん。だって髪長いし顔も身長も可愛いし。何より『カンナ』なんて名前、どう考えたって女子でしょ」


あっけらかんと答える沙羅。

カンナが慌てる。


「いや男子だから。これで間違えられるの何回目だよ... 本当勘弁なんだけど」


女顔が余程コンプレックスなのか、カンナの顔にどんよりと縦線が入る。

その様子が何だか可笑しくて、沙羅は耐えきれずに笑った。


「アハハハッ、女子っぽい男子ってのは散々見てきたけど、本当に間違えられる人見るの初めて!」


「わ、笑うなよ!」


顔を真っ赤にして怒るカンナ。

仕草がいちいち可愛いのも、間違えられる要因なのかもしれない。


カンナはふいっとそっぽを向くと、何か思いついたのか橋の下を指さした。


「なぁ、橋を降りて河原でも歩かないか?足、痺れてきちゃったしさ」

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