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「アイツ――雪城に初めて会ったのは2年前、高1の秋だった」


沙羅の『アイツ』についての話は、そんな冒頭から始まった。


「きっかけは、雪城が落とした絵の具を拾ってやったことだったかな。それまでは話すことはおろか、存在すら知らなかった」


「絵の具?」


カンナの言葉に頷く沙羅。


「雪城は美術部で、絵がかなり上手かったんですって。彼が落とした絵の具を拾ったのは、全くの気紛れだったんだけどね」


そして言葉を続ける。


「それを境に、雪城が頻繁に話しかけてくるようになったのよ。ビックリしたわ、普段誰からも話しかけられないから、そういうの慣れなくって。最初はうっとおしくて無視してたんだけど、あんまり話しかけてくるからつい答えちゃったのよ。そうしたらアイツ、何て言ったと思う?」


「……何て言ったんだ?」


「『やっと話してくれた』って...笑ったの」


沙羅は懐かしむように空を見上げる。


「変な奴だと思ったわ。ああやって冷たい態度取ってても、ずっと話しかけてくるんだもの。嫌われ者の私なんか構っちゃって本当、変」


くすくすと笑う沙羅。


「それからいろいろ話すようになったわ。雪城は、なよなよで優柔不断で……いつも優しく笑ってるの。私が辛辣なことを言っても『ゴメン』って笑って全然動じない。たまに冗談すら喋るのよ?『沙羅は赤色が似合うね』とか言っちゃってさ。私、赤なんて全然持ってないのに。つくづく変な奴」


だが、そこで沙羅の表情が陰る。


「でもアイツ、ずっと黙ってたのよ。優柔不断な性格が原因でいじめられてるのを、誰にも言わなかったの。もちろん、私にも。私が気づいたのは、アイツの腕に赤黒い痣を見つけてからよ」


沙羅の表情が険しくなる。


「すぐに問いただしたわ。でも雪城は困ったように笑って『大丈夫だから』の一点張りで。それでとうとうキレたのよ。『何が大丈夫なのよ!?私のことを散々聞いておいて、何で自分のことは喋らないのよ!!』って。罵倒するだけじゃ足りなかったから張り倒して、それっきり。しばらく口も聞かなかった」


「張り倒すはちょっとやりすぎじゃ……」


冷や汗を流すカンナに、沙羅も「うーん」と唸る。


「まぁ、罵倒するにしても、張り倒すはやりすぎだったかなってちょっと反省したわ。一週間くらいして謝ろうと思って、雪城に声をかけたの。そしたらね……」


沙羅が花束を握る。


「いきなり『あげる。君に似合う1番の花だから』ってこの花束を渡して、それから『ゴメンね、さようなら』って走っていっちゃったの。正直、何が何だか分からなかったけど、悪い予感がして雪城を探したわ。それで……」


ここまで話した沙羅は目を閉じる。



――ここから先は思い出したくない記憶、私の後悔……。


目を開けると、沙羅はぽつりと呟いた。




「雪城、自殺しちゃったの」

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