現実

 用語解説


 転送陣てんそうじん:魔法の力でいのちあるものを瞬間移動しゅんかんいどうさせる時必要ひつよう形式けいしき。転送陣を点灯てんとうするため、起点きてん終点しゅうてん両方りょうほうの地が転送の魔法に適用てきようする必要がある。転送はおもうままに使えないが、方向ほうこうはツーウェイ。


 伝送陣でんそうじん:伝送の起点と終点、その両方の電子でんしデータを解読かいどくしたあと伝送のゲートを設置せっちできる。方向はワンウェイ、起動きどう制限せいげん一切いっさいなし。その実質じっしつはハッキングの一種いっしゅ、ゲーム会社が介入かいにゅうしないかぎり、何度なんどでも使える。


 譲渡じょうと:金、土、アイテム、あらゆる価値かちあるものを他人たにん贈与ぞうよする行為こうい。譲渡自体じたいになんの記録きろくも残らないだが、所有者しょゆうしゃが変わった物から手がかりがつかめそうになる。


 いし:ゲーム世界のあらゆるものを構成こうせいするエレメント、その内容ないよう無機質むきしつ。全ての魔法は石の素に通じて発生はっせいする。


 アトリエ:この物語のアトリエはハラビのむ場所を指す。それは4年前金持ちの婦人ふじんからもらった3階建ての別荘べっそう、今はミーちゃんと二人でしずかに住んでいる。


 知力ちりょく学習補助装置がくしゅうほじょそうちからどれほどの支援しえんを受けたのかを反映はんえいした数値すうち初期しょきの10だけでも、自分がかしこくなった感じがする。範囲はんいは0から+100、高くほど知識ちしきを取り組む効率こうりつも上がる。


 内容をお楽しみに



 ……転送陣へ無謀むぼうげたばかハラビは、他の二名と一緒いっしょに部屋にあらわれた。おかしな部屋、まどどころか、扉さえない、せま牢獄ろうごくみたいだ。無理むりやり三人の男をめこんだこのシチュエーション、なにかいけないことでも起こる雰囲気ふんいき……


「む、やはり『伝送陣』じゃなく『転送陣』か…悪くない」

「なに一人納得ひとりなっとくしてるんだ、お前…今の状況じょうきょう理解りかいできんの?」

「ぶぶー、かしこく見えるけど、バカかもしれないよぅ、この人」

「そうだな、どっちかと言うときっとバカだ。で、結局何がしい?もうすぐオフするつもりだが」

「いいですよ、このままオフしても」

「そして私の全てはうばわれる、他の選択肢せんたくしは?」

「分かればいい。欲しいものは簡単かんたん、先もらったお金、それだけだよ」

「大人しくよこせのだぞ、でないといたい目にあうよぅ」

「金だけ……どうしてアイテムはもらえない?」

「ふん、そんなゴミ…別にいらない」

「いや、俺から見ればアイテムはほぼ金と同価値どうかちのはず。その原因げんいんは?」


 ハラビは打算的ださんてき姿勢しせいでルシとやらを見つめて、考えこんだ。その視線しせん、他人から見ればとても傲慢ごうまんなものだ。


「…なんだその目、きらい。私をなめているの?答えろ!」

「いや…でも君はその程度ていどの人だろ?なめなくても大したはないと思うが」

「…てめえ、ころさせたいのか!?」

「しかし、私を殺したら、金は手に入れない」

「ふん、ここは私の領域りょういき、逃げられると思うな!」

「で、金をくれた後、どうかえればいい?君の領域はあまりにも狭い、これ以上邪魔したくない…」


 ルシは一歩いっぽ前へ突っ走ってハラビのえりつかんで、彼をちゅうに持ち上げた。ハラビは180センチの学者がくしゃだが、ルシは200センチ以上の電柱巨人でんちゅうきょじん繊細せんさい四肢しし金属きんぞく大銃たいじゅう間のアンバランスがはげしすぎて、ゲームの外ならつことさえ出来ない。


「お前、もう一言めたくちを話してみろ!すぐ殺す…」


 あ、薄情はくじょうなハラビ。図書艦のひめと死なない約束やくそくを交わしながら、ゲスどもに向かって挑発的ちょうはつてき態度たいどを……いつ殺されてもおかしくないのに。


「死ぬ…死ぬのか……いや、ダメだ、女の子と約束した…すまない、どうわたせばいい?」

「ふん、分かればいい。痕跡こんせきの残らない方法を使え…分かるよな?」

「痕跡のない方法…『譲渡じょうと』?」

「バーガ、譲渡にはさぐる手があったんだよ…ふん、ハビーラから来た奴は何も知らないだね。そのまま金を地面にてな」

「金を捨てる?どうやって?」

「ち…どおりにしてな、先ずは金庫きんこを開けて」

「もう開いた」

「150万に見えたの?」

「いた、最新の動向どうこうで150万をもらった」

「フォーカスして、選択肢せんたくしかぶ…見えたの?」

「あぁ、“捨てる”の選択肢がいた」

えらべ」

「…注意ちゅういされた、今この金を捨てると私の物と見なせない」

つづけて」


 捨てられた150万はハラビの袖口そでくちからこぼちて、張本人ちょうほんにんは全く気付いていないが、太い同行人どうこうにん一瞬いっしゅんでそれをとらえ、ひろげた。それは色がない、ツメサイズの、小さな欠片かけらだった。


「金貰ったよぅ~ルシ」

「オッケー…自分のおろかさをめな、兄ちゃん」

「あぁ、でもどうして金の所有者しょゆうしゃは私ではないのか?」

「時間だよ、貰った金には10時間たないとぬしわらないのだぞ」

「そういうこと、アイテムの時間はそれぞれだけどね」

「成るほど、サバイバルキットのアイテムはもう私が所有したものを存在そんざいした。だからいらない」

「ふん、すくいようがあるバカみたいね。そろそろだろ、もう消えていい?」

「あぁ、たのむ」

「バイバイ、どこに飛んだのは分からないのだぞ…酒はまた今度こんどなー」

「…サヨナラ、世間知せけんしらずの兄ちゃん。また会おうぜ……」


 ルシは強引ごういんにハラビをベッドの上にたおし、分厚ぶんあつ布団ふとんをかけた……そして魔術まじゅつのように転送てんそうはまた起こった…ハラビはそのまま飛ばされ、知らない人と別れた。全く、折角せっかく貰った大金たいきんはこのような簡単かんたんな形でうばわれただなんて、まずしい人だ。


「……うん、やはりここに戻ったのか」


 ハラビの体が現れた場所は司令塔しれいとうの1階。ルシという男がここで待っている間に何らかのつながりを残ったかもしれない…ハラビの両足りょうあしふるえている、転送の後遺症こういしょうとしては不自然ふしぜんだ。彼は階段かいだん手摺てすりをつかんで上へ目指めざす、もう一度2階の光空間ひかりくうかんたずねるために……


「…こんにちは、お嬢さん」

「どうしたの?ハラビ様。何故戻ったのですか?」


 少女は今でも倒れそうなハラビの体をめ、高級椅子こうきゅういすの上に乗せた。少女はあわててひざまずき、上目遣うわめづかいでハラビをにらむ、彼のことを心配しんぱいし…同時にめていた。彼女が移動したせいで、2階の光が一気によわくなって、二人の間だけにとどめた。


「150万が地面に落ちた。でも形のないはずの物は実体じったいがあった。太い男の手のこう隙間すきまから見えた…小さな、透明とうめいな何かが。あれは一種いっしゅの『いし』なのか?教えてくれないか?」

「太い男って…ハラビ様のお金、無くしたのですか!?」

「あぁ」

「150万ですよ?どうして平気へいきでいられるのですか!?」

「いや、大丈夫だ。必要なのは10おく、150万が全然足りないんだ」

「あなたって人は……」


 なみだだ…白い輪郭りんかくせんからしたたる落ちた水が緑のブローチにぶつかって、二人の空間を大きくらいだ、水面にひろがる波紋はもんのように……NPCがこんなに感情かんじょうたかぶることは…めずらしい。


「これだ!このった涙の破片はへんていた、あの150万は…まぶしほど、美しい」

「…ハラビ様はオオバカヤロウです!」

「その通りだ。でもありがとう、私のためにながされた涙、これより綺麗きれいな物はあっただろうか。今すぐあなたのれたブローチを描きたい…私は馬鹿ヤロウだ」

「……ハラビ様のいけず、です」

「すまない。私の疑惑ぎわくを答えてくれないか?」


 少女はハラビの手を取って、自分のほおせた、彼へ涙の温度おんどつたえるために……


「……もちろんよ…でも、これからどうするおつもりなのですか?金までなくして」

「先ずは休みだ、次会った時は人探ひとさがしに行く」

「でも探し人って、女の人?」

「かもしれない。じゃあ、サヨナラとするよ。もう必要ひつようはない、泣いたあなたは私の絵の中で十分じゅうぶんだから」

「さよなら…ネットで見せてね」

「あぁ」


 ログアウトしたハラビの体は透明とうめいになって、消失しょうしついたる…のこされたのは、いん。少女はハラビの印をひろげ、高級椅子からゴージャスな王座おうざソファーへうつった。そしてうたい始めた、子守こまもりのララバイ~歌いながら印にハンカチをかけた……



 学習装置がくしゅうそうち付きのヘルメットをはずし、現実げんじつが目の前にひろがる、ここはハラビの『アトリエ』。ガラステーブルにかれたヘルメットは氷小屋こおりこや外見がいけんをしていて、ハラビの趣味しゅみだ。


「おはよう、いとしいハラビ」

「…ミーちゃん。太陽たいようはもうしずんだのか?」


 ミーちゃん、髪の毛を真っ白に染めたスレンダーな少女。ハラビと背中合せなかあわせに座って、白い染料せんりょうめたふでまわし彼の絵を描いていた。裸足はだし以外、うえには一羽いちわ薄いワンピースしか着てない、さむさにれた人だ。


あさのコーヒーはまだでしょ?一緒いっしょに飲んで」

「いや、コーヒーはもうやめたよ」

「どうして!?」

ちゃとすりえた」

「あーあっ、コーヒー仲間なかまが一人減ったぁ…つまらなーいの」


 ハラビは音楽家おんがくかみたいなカーブカーブ髪をくくって、出かける準備じゅんびをした。帽子ぼうしのペンダントをボタンホールからすり抜け、フランスシャツのえりめ、床の下にもった靴下くつした小山こやまから何とかそろいのストッキングを見つけ出し、マーブル石の上に無色むしょく足跡あしあとを残す…床にはちり一つさえない。


「ねぇ、いとしいハラビ。まだこのゲームをつづけるの?こわくないの?」

「怖い?…母さんを無くした日からずっと怖いよ、変わらないさ」

誤魔化ごまかさないで!このゲーム、人を洗脳せんのうしているのでしょ?」

「いや、それは『知力ちりょく』の数値すうちかかわる。30をえると、学習補助がくしゅうほじょプログラムの介入かいにゅう急激きゅうげきつよまり、思考しこ邪魔じゃまになる…洗脳までは行かないが、似た病状びょうじょうを示す」

「やめて!今すぐやめるの!」

「大丈夫、助ける人がいたからね」

「信じない、きっとハラビをだまいやな女!」

「かもしれない!でも…それでもまえすすむのなら私は!」


 ハラビはあわててミーちゃんのベルトに装飾そうしょくしたハーモニカへ手を伸ばし自分の考えを伝えたいとした…ミーちゃんはひゅっと彼の手をかわし、重心じゅうしんうしなってころんだ。


「いいの、私はずっとここでハラビのくの。後少あとすこし、もうすぐハラビの絵をぜーんぶ無くして、私の絵をこのアトリエで一杯いっぱいにするの」

「……」


 ミーちゃんはぶつかった場所に目もくれず勉強べんきょうもどった。ハラビが描いたせんったカラーを同じ軌跡きせきで、同じ力で彼女は白いふででやりなおし、彼の絵をくなることにする。


「そうか、もう止めるすべはないようだね」

「あたりまえじゃない。ゲームにまる廃人はいじんは何ができるというの」

「あぁ、早く終わったらいいな」

「早く行って…出掛でかけけるでしょ?」

「あぁ、会いたい人のそばへ」

「私が知って人?」

「知らないと思う」

「ふーん、つまらない。早く帰ってらっしゃい」

「そうするよ」

「うん、待ってる」


 ハラビはアトリエをはなれた、高い門の外へ……のこされた少女は一人、謁見えっけんの間に似た広間ひろまの中、画筆えふでだけが動く。

 絵を描くおだやかな、心地ここちよい時間。大切たいせつな人を待つ不安ふあんな、イライラした時間。どっちのはりがもっと早く回るの、勝負しょうぶだ。


 橋の左翼さよくの壁には大量たいりょうつるが住んでいる、真冬まふゆの中一片いっぺんさえ残されていない…てた姿でしずかに復活ふっかつの時を待つ。ハラビは蔓から離れたかわそばで歩いていた、とても危険きけんな道、川表面かわひょうめんの氷は1cmもたさない。


 行く場所は片道かたみち30分、景色けしきがずっと川と蔓、変りはない……


 やっと階段かいだんを見えた、石の階段、螺旋状らせんじょうに上へ目指めざす。手摺てすりの上1メートルずつ植木鉢うえきばちは置かれている、どれも貴重きちょう植物しょくぶつ、一つ1万ユーロはくだらない…階段の頂上ちょうじょうは2階建てのコテージ、豪華ごうかには程遠ほどとおい、何故こんな高価こうかな花で道をかざるのか?


「やー、来たのね、ラビ」

「…こんにちは、オーナー」


 コテージ門前もんぜん花畑はなばたけ手入ていりしていたのはオーナー、それはとても前衛的ぜんえいてきな人。黒い革スカートの下にゴブリンのタトゥーがえつかくれつ、タイトTシャツの上黒いダウンベストで胸をかくす、モヒカンの色はグリーン、イェロー、ブルーの三色さんしょく。女性か、それとも男性かは分別ふんべつのつかない人。


「こまっちゃうよー、彼女。またふとったけど、心配しんぱいだわ」

「そうか、また新しいたのみ事があった」

「人の生死せいしわずのかい、このままじゃ後一年もたないだわ。ラビってほんとう薄情はくじょうなお、と、こ」

「すまない、私は無力むりょくだ、どうすればいいのかを分からない」

水臭みずくさい男。早くわたくしに相談そうだんすればよかったわ、名案めいあんあるのよ」

くわしく聞かせてほしい」

こいよ、恋は彼女をすく唯一ゆいいつの方法」

「……そうかもしれない、でも私はそのあたりに…」

特別とくべつなことはいらない、ラビは彼女のそばに居てだけでいいわ…そうだ、ミーちゃんだっけ、アトリエのスタイルのいい女の子、彼女の写真しゃしんを見せるのよ」

携帯けいたいは持っていた、あったらいいな」

「早く入って、シャウシャナに他の子の写真を見せなさい、そうすればすべてはよくなる。彼女はわたくしの大事なドルばこよ、死んだらたまったもんじゃないだからね」


 ハラビはオーナーの小屋こやに入った、街から遠く離れたコテージの中へ……

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