エル・エスでの新生活…ろうじょう

 用語解説


 時計塔とけいとう:オールドタウンの東に位置するタワー、頂上ちょうじょうには二つの巨大時計があった、その設計せっけいは人に一つの時計しかない錯覚さっかくを与えている。時計の背後にはかくし部屋の礼拝堂れいはいどうがいた。


 最初さいしょ信者しんじゃ:エル・エスの最初の住人じゅうにんは一人だけ、彼の要請ようせいを受けここで定住ていじゅうした人はみんな世界最古せかいさいこの樹の不思議ふしぎさと美しさに魅了みりょうされ、文芸の神の信者となった。彼らは最初の信者と呼ばれた。


 セントラルステーション:略称りゃくしょうセントラル、オールドタウンの中央ちゅうおう精確せいかくに言うとやや西に位置する大型おおがたバスステーション。オールドタウンには、バス以外の乗り物はない。


 利子りし:ゲーム世界からいつでもどこでも金を借りることができる。ただし、利子を支払しはわなければならない。年利子ねんりしはプレーヤーの座標ざひょうのパラメータとバンクのランダムボールナンバーから算出さんしゅつする。


 武器屋ぶきや:武器の売買ばいばい制作せいさく修理しゅうりを行う場所。同じ地域ちいきの店の値段ねだん大差たいさないが、制作と修理の腕前うでまえの差が大きい、特長とくちょうもそれぞれ。


 内容をお楽しみに



 善良ぜんりょうな老人、オールドタウンの人はこんな感じなのか……


 目指す場所は『時計塔とけいとう』、少しみちしてもかまわない、初めて来たのだから。この塔はやる、俺の街のペンデュラムタワーと比べてもおとらない……いや、それ以上の美しさかもしれない、この辺りの建物は城門近くの石屑いしくずと全然違うな。


 ……バス停、あれか、普通のバス停だ。時計のサイズは俺のどお直径ちょっけい20メートル、この程度の計算けいさんはオリエンテーション達人たつじんのおまけ付きみたいなもの…巨大時計きょだいとけい真下ましたにいた待ち人は10人くらい、中にはきっとゾンビがいる、エル・エスでもゲーム世界の常識じょうしき通用つうようしたはずだ。


 それにしてもゾンビはどいつだ?あのあかひげのオヤジか…全ての人はゾンビである可能性かのうせいもあるな……ていうか何で俺は周りの人へ声を掛ける気力きりょくもないのか?…あ、もう連続れんぞく60時間、トイレは一回いっかいきり、現実げんじつの中も30時間か……よし、ホウさんにカードキーを返したあとオフして休もう。


 バスが来た、タイヤ12個の長い奴、外見がいけん普通ふつう、ハンドルはオートパイロットがにぎっている。特別とくべつな場所はなかったが、一緒いっしょに上がった3人はチケットを買う様子がなく、俺もそのまま何もしなかった。


 …くらいな、天井てんじょう世界語せかいごで“『セントラルステーション』へ向かう”を投影とうえいされていて、でもこれだけじゃ次のストップが分からないぞ…誰かに聞いて…いや、やばいな、ぶっばされる可能性が高い、15人の中銃を背負せおったのは俺だけだ。


 ……っ!うお、なんだあの男?赤ん坊を抱えてと思ったら、服しかないではないか!?不気味ぶきみすぎだろおい…まさかこれも装飾品そうしょくひんなのか?


「こんにちは、観光かんこうに来た方じゃなさそうですね?」

「…え?はい、違います、ただの野暮用やぼようで…こんにちは」


 あ、凄く綺麗きれいな人だ…淡い緑の紋章もんしょうかざったレースドレスに着て、上に高い白い帽子、肩にシルクマントを回って、ゴージャスな女の人。何処どこかの大きなシアターのぬしに見える。


「そうですか。なにかに困っていたような表情ひょうじょうを見せたから…私に手伝てつだうことがありましたか?」

「はい、こんなところであなた程の美人びじんに出会って、戸惑とまどうところです」

「どんなところですか?」

「こー…陰鬱いんうつな、てた……例えばあのカラの赤ん坊、不気味ぶきみだろ?あれも装飾品なのか?」

くわしくはありませんが、あれは古い人たちのものです。それから、こんなところでもかのエル・エスが住んだ場所ですから、大目おおめに見てくださいな」

「エル・エスがここに……すみません、でも古い人は?」

古代こだいでエル・エスと一緒にこの樹に来た、『最初さいしょ信者しんじゃ』…その末裔まつえです」


 …古代って、そんなに昔のことですかねえ。でも、こんな美人も信者か、やっぱ危険きけんな神だ……


「つまり古い人のことをに詳しくないですか?」

「すみません、私は聖女派せいじょはですから」

「いえ、大丈夫です。実は『武器屋ぶきや』を探しています、どのストップで降りていいのかをわかりません…困ります」

「そうですか。このバスはセントラル方向なのですが、途中とちゅうの止まりは不確定ふかくていですね。確かに困りました」

「えっ!これって、不便ふべんすぎたんじゃ?」

「はい、このバスはバンクのものじゃありませんから、管理方面かんりほうめんおろそかにしているかと…」

「…じゃ地図とかは、持ってますか?」

「はい、ありますよ」

「はい、欲しいです。金は今これしか…足りないかもしれない!」


 何もないチェックに1万サーの絵をラフに描いて、『利子りし』の覚悟かくごを込めて彼女へ掲げた。


「いいえ、いただけません、金に困っていた方ですよね。ただ、もしコインが持っていたのなら、ゆずってもらえないでしょうか?」

貨幣かへいのこと?数は5000あたりしか…はい、これ」

「…4,900サフラン、確かに受け取りました。こちらから2万の電子幣でんしへい送金そうきんします、確認かくにんを…」


 彼女の手はとても柔らかい、俺はこの類の手を知っている、いつも羽ペンを握って字を書く手だ……でも、4,900と二万はどういう意味?


「待ってください、2万は多すぎますよ?それに一つ100のコインが無くした、おかしいです」

「100はバス代です、2万も多くではありません。コインは電子幣でんしへいより価値かちが上ですから」

「つまり不等価ふとうかの意味?」

「ええ、地図はもうシンクロしました」

「あ、ありがとうございます!その、あなたのなま…」

「早く降りてください!」

「えっ!?」

「ほら、門が開いています。今すぐ降りてください!」

「あ、わかった。じゃ、サヨナラ!」


 え?いきなりのお別れ、なぜ俺は大人おとなしくドアからりたのか?……あ、やっと彼女の目を見えた!ずっと帽子の下にかくれていた青い宝石…この時の街燈がいとうが、洋服ようふくが、バスが、何もかもが美し過ぎた……


 次は武器屋ぶきやへ行くか、彼女からもらった地図だ、間違いはない…バスから降りた後オールドタウンは新世界しんせかいになったみたいだ、路傍ろぼう街燈がいとうひるの下夜の光をはっしていた、想像力そうぞうりょくゆたかなデザイン、ロマンティックな奴だ。人気にんき一気いっきに増え、NPCがタイとハットつき礼儀正れいぎただしくチラシを配っていて、それを受け取った奴は全員ぜんいん怪しい恰好かっこうをしていた。


 ……武器屋に近づくと、怪しい奴がくさ台詞せりふを振って来た、問答無用もんどうむよう全部無視ぜんぶむし。こういう場所は下街と大差たいさないな、手慣てなれている…着いた、店の外見がいけん看板かんばんまで下街とそっくり、つまり俺の得意場とくいば、急いで中に入って用事ようじを済ませるぞ!


「すみません!店主、見せたいものがここに、来てくれ!」

元気げんきいのいい若者だな、お得意とくいさん。商品しょうひんは背中の黄金おうごんの奴でいいか?」

「はい、こんにちは。値段ねだん付け、お願いします!」

「了解した、少し待って願いたい…」


 このおっさん、オーラから見ればかなりの手馴てなれ、得意さんの判断はんだんで店を変える必要はない。


「……むー、こいつはレアだ、黄金おうごん石英せきえいで出来った業物わざもの…このサイン、やっぱか!作りの匠人しょうじんは俺の知り合えだ。まったく!いいものを作ってくれるぜ」

「そうか、やはり黄金おうごん石英せきえいですかね」

「そうだ、でももうこわれた。外見がいけんだけ残し、中の機械きかいはもうガラクタだな」

「つまりこいつは元神殺もとかみごろしの兵器へいき?」

「ああ、価値かちは元のくずくらい……50マンあたり、いかがでしょ?」

「50万、いい数字すうじです」

「いいのか?もう少しねばって60マンに上がるかもしれないぞ?」

「いいえ、丁度50万を欲しいです。50万があれば、いちからやりやりなおします」

「わわああはは!爽快そうかいな客だ。銃は55マンで貰っておく、金は嬢ちゃんのところでどうぞ」

「ありがとう、店主!今日もよい商売しょうばいを!」


 よし!銃を無事に手放てばなした、次はカウンターのNPCだ……む、服装ふくそう化粧けしょうがだいぶ違ったけど、容姿ようしは下町の受付うけつけ大差たいさないと思う…


「こんにちは、つい先武器を売ったルラアです~イベントを確認かくにんしてください」

「こんにちは!ご機嫌きげんいいですね、ルラア様…総計そうけいマイナス55万サフラン、間違まちがっていませんか?」

「はい、全然問題なし!」

承知しょうちいたしました。いまむので、確認かくにんしてからお帰りになってください」

「……よし!確かに受け取った、宿へ戻りまーす~」

「良かったですね、ルラア様。ではよい一日を…」


 新しい客が来た。この店の商売しょうばい平均へいきん15分客一人ってところか…ま、人気にんきからみればこんなもんだろう。

 …やべー、動きはもうこんなに鈍くなったのか、早速さっそくホウさんのところに戻って今返すだけのおんを返す、そして一休ひとやすみを取ろう。このままじゃ明日の舞踏会ぶとうかい気絶きぜつしそうになる。


「やー、そこの兄ちゃん。黄金の銃を売ったのかい?つまらないことをしたねぇ…そう、バカみたいだ」

「なんだ!?お前こそ、先から何をしてやがる?…このつまらない野郎やろう


 いきなり話かけたのは店右手側みせみぎてがわ空地くうち裸足はだしで座った男、全身が真っ黒な布をまとって、ひげは非常にふとい、三つみしていた。彼の足元あしもとに一つロボット顔をしたわら人形にんぎょうがぎこちない動きで歩いている。


「…私は練習れんしゅうしていたのだよ、でも全然進展ぜんぜんしんてんがない、バカのように時間を浪費ろうひしていた。兄ちゃんと似ってるよ、奇遇きぐうだね」

「なんだ、よかったじゃないか、時間の使い道がない人はそのままてろ…では失礼しつれい意味不明いみふめいなバカ」

「待って、せっかく似たもの同士どうし、もっと話し合おう」

「いいぜ。で、何を練習れんしゅうしていた?そのわら人形はなんだ?」

「そう。人形を自由じゆうあやつるつもりだが、どうにも機械きかいみたい動く、ぜんぜん面白くない」

「そういうことか、分かった。でもその人形、不気味ぶきみじゃね?」

「そりゃあ不気味ぶきみさ、都市としの人がここをゴーストタウンと呼ぶほどにね」

「ゴーストタウン、似合にあう名かもな。でも俺はそうは思わない、ここはまずしいかもしれない、でも綺麗な風景ふうけいもある、一言ひとことでまとまらない場所だ」

「いい人だ、兄ちゃんは、ここをいい場所と言ってくれて…どうでしょう?私達の仲間なかまに成れないか?」

「何者だ?お前たち」

「エル・エス様の信者しんじゃ、都市の人と違うよ」

「すまないが、ことわる。俺は自分の道に行く」

「そうか、実に残念ざんねんだ。じゃ仕事しごとを見つけないといけないね」

「仕事か…ニートで過ごすじゃだめか?」

「都市へ行くのだろう?ならはたらかないと無理、だから都市を嫌いなんだ」

「でも俺は違う。普通のシチズンとして生活するつもりじゃない、英雄になるためだ」

「そうか、理解りかいできないね…でも一つおすすめの仕事がある、シアターのおどになって、それが一番いちばんだ」

「踊り子?何故なぜだ?」

もうかるからさ。金、必要だろう?」

「…どうだかな。ありがとう、考えておく」

「もういくのかい?信念しんねん動揺どうようした時また来て、私達わたしたちは怪しいやつたちだが、なにか助言じょげんができるかもしれないよ」

「……」


 怪しいおっさんが俺を心配しんぱいしている?どういうことだ…しゃーない、もう眠くて仕方しかたがない…旧エル・エス派と聖女派せいじょは、そんなに大きい問題なのか?……とにかく今爆睡ばくすいしたい、問題は都市としの人に会ったあとおのずと分かる。


 まだ人が一杯いっぱいいるな、みんなつかれないのか…なんでもいいや、なんとなく分かる、俺の行くべき場所は城壁じょうへきだ。


 ……城壁の材質ざいしつ城門じょうもんのと同じ、不思議ふしぎ水晶すいしょう、ガラス、もしくは石、大丈夫、これで行けると思う。ホウさんがくれたカードキーはきっとアクティブ式転送陣のかぎだ…


 カードを壁の鏡面きょうめんかるくスロットイン、MP注入ちゅうにゅう…カードの絵が点灯てんとう魔法陣まほうじん中心ちゅうしんとして起動きどう…壁の上にかんだ魔法陣から凄い量の光が飛んで来て、目にく、羽状はねじょうの光が俺の体をむ…この転送陣に描いた人の絵が好きだ、才能さいのうあると思う。


 ……このまま転送陣を通った後、アクセスを切るつもりで…また夜の色があらわれた、ここで灯りが光ると周りの空間が夜になる、いい魔法だ…俺は遠く一番綺麗な尖塔せんとうと目の前のわずかな夜をかさねて、夜のオールドタウンの姿を想像そうぞうした。

 ……老城ろうじょうはこんなにせまい場所だったのか…一つの方向へ突っ走って、すぐ城壁にぶつかる。次来た時、道迷みちまようことはないだろう……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る