エル・エスでの新生活…一人の旅

 用語解説


 収納しゅうのう:ものを異空間いくうかんあずけるシステム。容量消耗ようりょうしょうもう計算けいさんはイコール質量しつりょうかける体積たいせき個人こじんの容量はとてもかぎられている、容量のサイズアップには大金たいきんがかかる。収納を使用しようするたびも金を支払しはらう必要がある。


 サフラン:電子貨幣でんしかへい一種いっしゅ、ゲーム世界にかぎらずネット世界も通用つうようできる。年間平均為替ねんかんへいきんかわせレートは10サフランイコール1ドル。ゲーム世界では、サフランの実態じったいコインも存在そんざいする、それは電子バージョンと全然違うシステム。


 キノコの城:休日衛星都市きゅうじつえいせいとしに必ず存在したエル・エスとの連絡橋れんらくばし様式ようしき様々さまざまだが、共通点きょうつうてんは城が非常に広い、ホールは最低さいていでも1000以上、エル・エスの色んな場所とつながっている。


 疲労ひろうゲージ:基本数字きほんすうじの一つ、一定の速度以上に長時間ちょうじかん走るとこのゲージはまる。疲労ゲージの上昇じょうしょうにつれプレーヤーがロードできる装備そうび質量上限しつりょうじょうげんは下がる。


 迷宮森めいきゅうもりいにしえの大陸のみなみ位置いちする不思議ふしぎな森、迷宮は催眠系統さいみんけいとうの魔法とゲーム世界の空間特性くうかんとくせい活用かつようして作られた。


 キノコの水:休日衛星都市きゅうじつえいせいとし全域ぜんいきひろえるアイテム。中の水は調味料ちょうみりょうとして使える、外のガラス瓶は換金かんきんできる。


 オールドタウン:古きエル・エスのダウンタウン。聖女時代以降せいじょじだいいこうだんだん人が離れ、ついにゴーストタウンまでに格が下がった。しかし、大英雄エル・エスの装備の一部いちぶはいまだこの地に眠っていた。


 装飾品そうしょくひんがら模様もよう紋章もんしょうなどに限らず、色んな形式けいしきで空間の文化的ぶんかてきな意味をしめすためのもの。その内容はモラルの範囲はんい制限せいげんされていたが、オールドタウンの装飾品には一切いっさいな制限はありません。


 内容をお楽しみに



 蔓の直達ちょくたつエレベーターは俺をつかんでベランダに降ろす…俺の腕より太い蔓が最低さいていでも30本以上樹の上からぶら下がって、20人同時に乗っても問題ない……

 この生きたエレベーターを気にいったのたが、もう出発しゅっぱつの時間だ……丸いホワイトベッド、水カーテンの鏡と化粧台けしょうだい。下町の宿やどよりずっと面白い、もう一晩ひとばん住みたいくらいだ…でも行くしかない、今は銃を『収納しゅうのう』する金すらないから、自分の肩で背負せおうしかない……重いな、貧乏人びんぼうにん荷物にもつとしては丁度いいか。

 ……まだ行っちゃだめだ。もう一度ホウさんに会って礼をべた後から行く、これは一番いちばん大事なこと、これっきり二度にどと会えないかもしれないから……


 …今行くんだ、ホウさんはもうガーデンに戻ったから……


「こんにちは、ホウさん、お茶のおかわりにするつもりですか?」

「いや、花の世話せわに行く。ちょうどいい、これを持って、バス代になる」

「…これって、貨幣かへいなんですか?」

「初めて見たか…下街には『サフラン』の実体じったいがいないだな」

「えええ!?これはサーなのか?」

「ああ、電子でんしバージョンより実体の価値かちが上だがな、少し変わったものだ」

「でも、だめだ!ホウさんの金をもらっちゃだめなんだ」

「あほかお前、私が金をくれるわけがないだろ。昨日の客人がくれたチップだ、お前のような貧乏な奴からチップを受けるわけがない」

「やはりホウさんの金じゃないか。俺、受けることはできません!」

「バーガ、金のない奴がどうやってバスに乗る?…元々お前の金だ、あの客人がお前にあげたんだ」

「おっさんが……でもこのカードはなんだ?」

「部屋のかぎだ。住むところを見つけるまで預けてやる」

「……どうしてここまで、ホウさん…俺、家賃やちん負担ふたんできません!」

「覚えておけ、エル・エスには野宿のじゅくゆるされないんだ、家賃は後でいい。でも勘違かんちがいするな、飯抜めしぬきだからな」

「…俺、どうすればいいのかわかりません!」

「やめんか、泣き顔はまじうるさい、やるべきことは銃を売ることだろ。さっさと新しい女を見つかって出ていけ、私の邪魔じゃまをするな」

「…女って、男じゃダメですか?」

「男?紳士しんしか何か、昨晩さくばんの客人みたいなやつ?」

「わからない…でもあのおっさんから悪意あくいを感じません」

「ま、意地いじを通すな。利用りようできるものを遠慮えんりょなく使え、でないとこの街でやっていけない…じゃな、私はいそがしんだ」

「はい、ありがとうございます!」


 …ホウさんも文芸の神の信者しんじゃか、いい人すぎる……あのおっさん、どうして俺をだました後こんな綺麗なサフランをくれるのか?……ああ!わっけわからない!次会ったら絶対めてやる、ぶっ飛ばした後でな……


 俺はいま巨大きょだいなボールの上に歩いていた。こんな自由じゆうな道は初めてだ、障害物しょうがいぶつが全くない、どこまでもいける気がする…この緑の大地は丸い形をしている、俺のジオロジ知識ちしきがそう伝えていた。道は平坦へいたんな表面じゃなく、落ちたり登ったりして、人の体力たいりょくうばう…周りに一人もいないけど、樹や花や空やあんまりにも綺麗で、まばたひまもなかった。


 ……『キノコの城』は緑の大地の中心をつとめている。つまり地図はいらない、キノコを太陽たいようだと思って道を進めばいい。そして俺はとっくにこの大地の構成こうせい見抜みぬいた。キノコの城がいた球体きゅうたいは間違いなくこの地の太陽、俺がいた球体は太陽のサテライト、これと似たサテライトはまだたくさんいる。太陽とサテライトの繋がりは死んだ樹のみき…木の棒、丸木橋まるきばし…いや、連絡木れんらくきは正しい呼び方。


 よし!この連絡木を通せば白いキノコの城を辿る。ことは順調じゅんちょうに進んでいる、何の問題もない…待ってろ!すぐ銃を売って、仕事しごとを見つけるんだ、そして何もかもがよくなる!

 ……連絡木の外はなかなかの絶景ぜっけいだな、落ちったらすぐ落下傘らっかさんきぶんになる…深淵しんえんそこにも全然見えない、きりで隠されている。俺は高所恐怖症こうしょきょうふしょうじゃなくて良かった、お陰でこんな場所にいても全力疾走ぜんりょくしっそうことができる。


 …はぁ…はぁぁ……無茶むちゃして『疲労ひろうゲージ』が結構まった、コカインの効果も切れた…ここが中心か、案外あんがい小さい太陽だな、城はすぐそこにある…


 しかし…キモすぎだろこれ!なんとこの城は無数むすうのキノコから出来たものなのか?遠く見て綺麗な白…月の光さえまとっていたのに…やべー、この密集みっしゅうぶりハンパねえ!今でもゲロになる、早く中に入ろう……


 うぉぉぉぉぉ!!…げー、げー……力を失った体が勝手にキノコの壁にもたれて、勝手にいた。意識いしき衝撃しょうげきのあまり、目玉めだま破棄はきする命令めいれいさえ浮かんだ……

 原因げんいんは人の身長並しんちょうなみのシイタケ、その造形ぞうけいは男の生殖器せいしょくき模倣もほうし、かさ天辺てっぺん密集みっしゅうの毛が…棒の方はもっとキモイ!まるでマッチョのかたまり……まさかここまでセンスのぬしがあったとは…油断ゆだんした!


 ……吐く気がしずまり後、続けて城のおくを探す。中は壁おろか、地面も同じ無数のキノコで出来ていた、一個一個いっこいっこ小さいやつだが、強さがハンパない、俺の体重たいじゅうを受けてもビクともしない、どうやらあのマッチョシイタケと関係かんけいあったらしい…幸い、あの気持ち悪いものが入口の一本いっほんだけだ。

 …俺は指示しじの文字にしたがって、転送陣を書いたプレートを信じ続けた。他に樹の心臓しんぞうとか、キノコの脳髄のうずいとか書かれたけど、気になる余裕よゆはなかった。ここの道は複雑ふくざつで、地図も使えない、一つの穴間違えば、永遠えいえん目的地もくてきちをたどり着けないかもしれない。


『オールドタウン』……ついたのか?文字は全部合っている…転送陣としては巨大きょだいすぎたな、NPCは一人か…にしてもこのホール暑苦あつくるしい、こんな狭い場所で赤い絨毯じゅうたんを使って勿体もったいないだろ、天井てんじょう一応いちおう高いけど…何より助かったのはキノコの群れがようやく消えた、ホールの床と壁はぜんぶ大理石だいりせきだ。


「おめでとうございます、ルラアさま。ここの転送陣は無料むりょうで使えます、中へどうぞ」

「ああ、たのむ」


 なんだこのNPC、首がかたむいて疑惑ぎわく表情ひょうじょうを見せて…俺が金を持っていないことに気づいたのか?


「……不思議ふしぎな方ですね、こんな短時間たんじかんでこの迷宮めいきゅうをクリアしただなんて」

「『迷宮森めいきゅうもり』に居たころきたえあげたわざだ…でも、短時間って意味あるのか?」


 ま、地図なきのオリエンテーションなら俺は最強さいきょうだからな。


「はい、大した意味がないかもしれません…ただ時々ルラアさまのような迷宮を容易たやすやぶる方が現れます。何時からでしょうか、プレーヤー様のクリア時間を気になりました…」


 彼女はこしの後ろに突き出したフェニックスの尻尾しっぽ駆使くしし、足元の丸いガラス瓶を持ち上げ俺の手元てもとに持って来てくれた…その尻尾の羽はガラス繊維せんいみ出した芸術品げいじゅつひん、目を奪う程美しい光…あんなキモイキノコの中でこんなに綺麗な尻尾を作るとは……悪趣味あくしゅみすぎる。


「これ、おくり物です。受け取ってください…」

「…なんだ?これは」


『キノコの水』を譲渡じょうとされた?水を盛ったビンはいいガラスのようだ、口にコルクせんふうじられて…なんとなく分かる気がする。中の液体えきたいが生ぬるい?いつも魔法陣まほうじんの中にいてったはずなのに……初めてNPCからの贈り物は不思議だ、分からなくなった…


「…このアイテムのテキスト、プレーヤーが書いたのか?」

「はい、確かにこのアイテムはプレーヤー様から受けたものです」

「おかしいぞ?ここのフリー転送を目当めあてした奴はみんな貧乏人間びんぼうにんげんのはず、お前にあげるものはないはずだ」

「はい、皆様みなさまは全部金にこまるお方ばかりでした。これはきっと、ひろいものだと思います」

「拾いもの?」

気付きづきませんでしたか?森はかなしみます…少ないのですが、このようなガラス製品せいひん換金かんきんできますよ。緑の樹の下に座ってやすめた時、きっと見つけると思います」

「…そうか、俺は貧乏過ぎて何も見えなくなったのか」

「ふふふ、せっかちな方ですね、ルラアさまは…ごめんなさい、大事な時間を浪費ろうひしました。もう行きますか?」

「いや、一秒いちびょうも浪費してません、ありがと。でももう行く、俺を旅させてくれ」

「かしこまりました。オールドタウンの何処どこまいりましょうか?」

ひがしだ」

「はい、行きます……」


 彼女の頭には七色なないろの羽のかんをかぶっていた、そこから一羽灰色はいいろの羽が舞い降りて地面のオールドタウンの文字とぶつかった。こうして莫大ばくだいな魔法陣は動いた、俺一人のために…魔法のかがやきとともに、俺の意思は遠くへと飛んだ……



 目が覚めた時、オールドタウンの文字が視界しかいすみっこに浮かんだ、ドキュメンタリーを見ていたようだなこりゃ…城門じょうもんは凄くオールドの言葉に似合にあうと思う、古代こだいソロモン王の大軍だいぐん凱旋がいせんした時、きっとこのような門をくぐって王座おうざに戻るに違いない。

 10メートルの高さをほこる城門は透明とうめい材料ざいりょうで出来ていた、水晶すいしょうじゃない、特別なものだ。透明とうめいなのに中の様子ようすが全然見えない、俺の姿すがたも映せない……


 あの二人、商人しょうにんか…随分とテンション高い会話かいわをしているな、でも話題わだい全然興味ぜんぜんきょうみがない……やっぱりそうか、中は予想通よそうどお人気にんきが寒い、建物がぼろい、地面がきたない…失望しつぼうした、つまらない場所と一緒いっしょいだ、門だけにかざる、中はごみ場、オールドタウンも伊達だての名前か。


 ……先の『キノコの水』、どれくらい換金かんきんできるのか?森に拾ったガラス製品せいひんが金のない奴を助ける、優しい街だ…なぜ俺はそれさえ気づけない!?ちくしょが……


 あんだ?急におかしなものが現れた。一台の自転車じてんしゃが一人の老人ろうじんを載せてひょろひょろと走っている。車のタイヤが太い、老人の髪が真白ましろ非常ひじょうに遅いスピードでペダリングし…近くで見ると、自転車は骨董品こっとうひんみたいな年代物ねんだいもの、老人の髪は目までかくし、アフロのひげが口をもっす、顔の部品ぶひんに見せてくれたのは鼻だけ…何より生の気配けはいが感じない、ゾンビなのか?いや、NPCの方がもっと生きているぞ!?


「あの!あなたは一体いったい何なんだ!?ご老人!」

「これは『装飾品そうしょくひん』だよ、若いの」

しな?人さえじゃないのか!?」


 俺の暴走気味ぼうそうきみ質問しつもんに答えたのはもう一人の老人、目はとても小さい、シャツボタンと同じ大きさ、白い部分ぶぶんうかがえない、長い髪を虹色にじいろのクリップであちこち乱暴らんぼうはさめ、とてもスタイリッシュ…でもなんだこの身長しんちょうは!?高すぎだろ?


「そうとも、人形にんぎょうなんだよ」

「ドール!?NPCのような生き物さえじゃないのか?」

「違うね、この道を装飾そうしょくした死物しぶつだよ…うごける街燈がいとうと思ってくれ」

「でもこれ、個人の趣味しゅみだよな?公共こうきょうの場に使ってもいいのか?」

「プライベートの場もよし、パブリックの場も条件じょうけん付きのよし。個人の趣味を尊重そんちょうした街だよ、ここは」

「…だけど、もし俺もここで装飾品そうしょくひんを置きたいのならどうなる?」

「もちろん支持しじの多い方がのこる、パブリックだから当然とうぜんのことだね」

「そうだな、一理いちりある」

「だろう~」

「ありがと!ご老人。一つ聞きたいことがある、いいか?」

「なんでも聞いて、このオールドタウンに居た時遠慮えんりょはいらないよ」

「はい、武器屋ぶきやに行きたいけど、道はわかりません、教えてくれないか?」

「む…行ったことがないけど、68を乗れば辿たどりつけるだろうなー」

「68、バスのことか?」

「のう、バスていはあそこの時計とけいの下だ、見えるのかい?」

「…時計、あのとうのことか?」

「そう、目がいいね、若いの」

「ありがと!ご老人。この城の地図ちず無料むりょうで手に入れるのか?」

「しらない。地図が持てないよ、ここで10年以上居たから、自ずと道がわかるの」

「わかりました!では行ってくる」

「はいよ、バイバイだよ」

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