エル・エスでの新生活…一文銭なし

第十話は用語解説がありません、内容をお楽しみに



…ここは……俺、騙されて……会場は?転送陣てんそうじんは?おっさんは?…そうだ!おっさんは俺を!…


でもこのベッド、すごく気持ちいい、まるい形で、真白まっしろなシーツはすべすべ、絨毯じゅうたん材質ざいしつはベルベット?ベルベットを嫌いけどその豪華ごうかさは申し分ない…これはなんだ?巨大な鳥の羽根はね?大きすぎただろう…それにこのあつさ……前衛的ぜんえいてきまくらだなこいつ!


……あれっ?おかしいな、体が勝手かってに地に落ちた。丸いベッドだからまわりにガードレールが無い、床の上はペルシアカーペット、痛くはないが、何故俺は起きる力さえ持っていないんだ?…まだおっさんにコントロールされていたのか?


違う!アイ・ハブ・コントロール。証拠しょうことして俺は自分の意思で身を起こした、手足てあしが震えていたけど……次は?…その丸い椅子だ、あそこで体をやすめる。


なに!椅子は勝手に動いた?足がのように床と繋がっていたままなのに?…俺はそのまま水のカーテンの前にはこばれた。巨大な緑の葉からこぼれ落ちた水の連続れんぞく、水がこんなにも綺麗で顔の睫毛まつげさえ一本づつ明晰めいせきに映し出している…魔法の部屋か!


鏡の中の顔はかなしそうで、今にも泣き出しそうになる……引き出し?…化粧けしょうフルセット?…この色のクラスター、脂肪しぼうのパーセント、使いやすいものばかり…椅子は俺を化粧台けしょうだいの前に運ばれた!礼を言う。この化粧セットを使って泣き顔を笑顔えがおへと変わる……


「あああああ、ちくしょーう!人をだましたな、おっさん!それは一番いちばんやっちゃいけないことなんだぞ!……」


……おもわずさけんでしまった…わるい、豪華な部屋。

…でも!俺の英雄のみちはまだ全然終わっていない!よし!これで人に会いに行ける、俺はまだ負けていないはずなんだ!


フランスまどを抜けベランダへ出かけて……信じられない、風景ふうけいが綺麗すぎて…俺、緑大好みどりだいすきで……涙があふれ出って、はげしい川のようにえん々と流れる。最後は強い風にれて、下へと飛んだ…


「おい!何をやっている、お前?私は洗濯せんたくしていたのだぞ、分からないのか?」

「ええ?あっ、す、すみません!いまはなれます」


ベランダの真下ました花畑はなばたけに女の人が白いシーツをしている。何というほそい人だ、見た目から俺よりかるいかもしれない……俺の涙が白いシーツをよごして、ペルシアカーペットまで汚したらいけないんだ。紙はないのか?

……スター・ソファーの一角いっかくからティッシュを貰って涙をかす…すごく柔らかくて座り心地ごこちがいい、おかげ冷静れいせいさを取り戻した。そうだ、さきえがいた化粧けしょうも全然大丈夫だ、なにあわてている?一文銭いちもんせんなしにひまがあるものか?


……この偽物にせものの銃、見事みごとかがやきだな。黄金おうごんか、もしくは石英せきえいかが出来ていたに違いない。売れば十分の一、50万サーにあたるかもしれない。50万あれば、生を維持いじするくらいは……


なぜだ?おっさん。俺は完全にあんたの術中じゅっちゅうに落ちた、子供のモデルガンを用意よういしても何一つ文句もんくは言わないはずだ、わざわざ50万を残してどういうことだ?…姉さんとチンピラたちもどうしておっさんの味方みかたにする?別に俺をバカにしていたわけじゃないのに……この街の人は一体いったいなにを考えていたんだ?全然わからない、下町から来ただから分からないのか?


……だめだ!こんな考え方はだめなんだ…行くんだ!俺はまだ何に一つ諦めていない!…先ずは洗濯せんたくの人に会って情報を集める……ドアを見つからない?…いや、いらないな、彼女はベランダにいた、出ればすぐ会える。


……洗濯はもう終わっていたのか?そのままシーツやベルベットを勝手に芝生しばの上にき去りして、自由じゆうな洗濯だな。女の人はシーツから少し離れた場所でバケーション椅子いすに座ってコーヒーなのか、フルーツミックスティーなのかを飲んでいる。俺は今コーヒーの方を飲みたい。


……彼女は俺を気づいたはず、でも見ないふりをした……声が出さない、先怒られて少しこわかったのか……やっぱ全然こちらに振り向いてくれない。待っていられない性分しょうぶんで、俺はのどを開けた。


「すみませーん!俺もコーヒーを飲みたいいい!」

「…なら降りてこい、この寝坊虫ねぼうむし。朝ご飯はとうに出来ている」

「ごめんなさい、実はドアを見つからなくって降りないのですー!」

「はっ、田舎者いなかものが。お前は木の中に居るんだ、ドアがあるわけがない」

「そうか!木の中か…じゃあどう下りればいいですかー!?」

「飛び降りろう!田舎者。いちいち声を長引ながびかせなくても聞こえる、もう黙ってろ」


……あ、やっぱ木だ、この部屋は木のあなの中にあるんだ…ベランダは地面より5メートル以上の高さ、飛び降りたら無事ぶじでは済ませない。でも傷はきっとわない、彼女の言う通りこのベランダは唯一ゆいいつの出口、大丈夫だ。

俺は片手かたてでレールをつかんで、支点してんを作って体を外へとほうり投げた。精神せいしんの方はもう本調子ほんちょうしを取り戻した、動きの協調性きょうちょうせい抜群ばつぐん素人しろうとから見ればカッコイイに違いない…おっ!来たか?支点の手がレールと分離ぶんりした瞬間しゅんかんを狙って、回廊かいろうに入った時と同じだ、ここはあの大樹の一部いちぶだ!


つるのエレベーターか…生きているんだ、そして二度目まで俺を助けてくれた…この生きていた樹を好きだ!


「すいません、目が覚めたら綺麗な部屋に居て、洗濯せんたくのことはわざとじゃないです……その、俺、ルラアと申します、良かったら昨晩さくばんのことを教えてくれますか?」

「それは後だ。先ずはあさご飯、いるか、いらないか、さっさと決めろ」

「はい、いただきます、コーヒーもよろしくお願いします」

「嫌いコーヒーはいたのか?」

「います、ブラックには苦手で」

「じゃフレンチでいいんだな?」

「大丈夫です、ココアパウダーをトッピングしてください」

了解りょうかい。ここで動くな、すぐ戻る」

「お願いします!」


近くて見るとやはり細い人だ、化粧けしょうに凄く工夫くふうっている、服には体のラインを強調きょうちょうしたロングローブ、花のピアスはあのガラスショップのガラスと似た不思議ふしぎな光が宿やどっている、色はスカーレット……でももっと人を引き寄せるのはやはりここの植物しょくぶつ芝生しばふの下に白い綿めんみたいな繊維せんいが広がて、洗濯物を置いても汚れる心配はない…足元の道は石のように見え、石のようにかたいけど…やはりこれも木だと思う、とても古い、水を全部失くした木だ。


「朝ご飯が来たよ…座ってろ」

「…え?あ、ありがとう、じゃ遠慮えんりょなく」


卵サラダの組み合わせはサンエッグスライス、フライドチーズ、レタスリーフとパープルキャベツのみじん切り。俺のメニューと比べて色合いがもっと綺麗に……正直しょうじきこれほど品質ひんしつの材料を初めて見た、コーヒーのかおりも非常にストロングって、高級品こうきゅうひんだ。


「…このコーヒーは強烈きょうれつです、一気に飲んだら酔っ払ってかもしれません」

「ま、このココアビーンズは力持ちだからな。大丈夫、毒はない」

「ココアビーンズとコーヒービーンズのミックス?」

「そう、割合わりあいは一対三」

勉強べんきょうになります…これはキャベツじゃなく、チコリーですね?今まで食べたチコリーと全然味が違って、色も深い」

「パープルキャベツのしるでカラーリングした、このチコリットはハビーラの特産とくさんたのしめといい」

「はい……」

「なんだお前、涙は気持きもわるいぞ」

「……すみません、ここの絶景ぜっけいが綺麗過ぎて…朝ご飯も美味し過ぎて、感動かんどうしました」

「違うだろ、ロボットのようにしゃべるな!」

「……違います、全然違います!俺は昨日の夜のことを知りたい!」

「ふん、簡単かんたんなことだ。客人が来て、お前をあずけ、一宿一飯いっしゅくいっぱんの金を払い、去った。この朝ご飯はお前の最後だ、済ませたらさっさとれ!」

「客人は一人ジェントルマン風な男か!?」

「あほかお前。客人のことだ、教えるわけがないだろ」

「…ごめん、アホな質問をしました……」


予想よそうしたとは言え、拒絶きょぜつされた時やっぱ悲しい、美人びじんの前に悲しみが拡大かくだいし、床に座り込んで慟哭どうこく羽目はめになった…信じられないけど俺はまだ……


「ああもう、うるさい奴だ。文句もんくがあるなら話したらどうだ?」

「…すみません!あの客人が俺の全部の金をダマした。今は心がくだけるほど悲しい」

いくらだ?」

「500万」

「ちょっとだけいるな」

「はい、俺の全財産ぜんざいさんです!」

「いまは一文銭なし?」

「はい、小銭こぜにめない性格せいかくです……」

「……来た頃のことを思い出すな、あの時の私も一文銭なしだ…ぼろくさい船を乗って山ほどの連中れんちゅう一緒いっしょに樹を登って、長い旅だった…でもこんな綺麗な樹を見たのは誰でも初めてだ、きっとここが神の住む地だなぁってと信じ込んでしまうほどに…ま、聖女さまの話によると神の眠る地だけどね」

「連中って!?下町から来た人はいたのか?」

「もちろん、大勢おおぜいるよ」


下町の人が大勢船を乗ってここへ…ニューヨークのゆめみたいだな。それもそうか、本来こんなに高い場所は人がいないんだ、みんなそれぞれの思いをかかえてここに来た。


「そうか…それで、あの時の連中はその後どうだった?…その、おじょう、さん?」

「ホウでいいよ、鳳仙花ほうせんかだ」

「あっ、俺の故郷こきょうによくある名前です」

「かもな、でも名前なんてどうでもいいだろ…あの時の連中はとっくにくたばったはずだが、タフな奴もいる……知らない、連絡れんらくは全くない」

「好きな人はいたのか?友達ともだちとか?」

「友達…一人二人程度ていどだ。でも好きな奴はいない、みんな大嫌だいきらいだ…ここに来てから気づいたんだ、私は自由じゆうに生きたいって」

「ホウさんは強い人です…俺、ずっと出身しゅっしんのことをこだわって、周りを気にして…でも何とかしたいのは本当ほんとうです」

「なんだ、やればいいんだろ。誤解ごかいするな、したいことがあれば遠慮えんりょなくやれ、神はそれを助けてくれる、こういう街なんだ。私も特別とくべつな人じゃない、みんなそうなんだ。大抵たいていの人は一文銭なしから始まったんだ、田舎者のお前は初めから金がいるかいないかはかまうものか、気にするやつはいるわけないだろ」

「いえ、俺は一文銭なしじゃありません。昨日の客人から偽物にせものをもらった、それを売れば少しになります、黄金と石英せきえいで出来たものだから」

「いいんじゃない、おれの宿泊代しゅくはくだいにはならないけどな」

「幾らで?」

一晩ひとばん10万」


10万?おっさんが払ってくれた…やっぱ目的もくてきがある。


「はい、全く足りません」

「わかったらさっさとご飯をませろ、荷物にもつを忘れるな」

「はい、でもどこへ向かいますか?売りたいものは大型おおがたの銃、武器です」

流行はやるものじゃないな……オールドタウンで試したら」

「その名前は行けそうです。どう行けばいいですか?」

「見ろ、あそこのキノコのしろ、中には伝送陣がある」

「見えました」

「いいな、オールドタウンの文字もんじを探せ」

「わかりました。本当ありがとうございます!」

「うるさいな…お皿洗って行く……」


……ホウさん、俺、タフじゃないかもしれないけど、あきらめの悪いやつだ。先ずは生きる、できるだけのことから始めて、仕事しごとを見つけて、あなたのおんを返して…そしてこの宿やどの客人になる。それはおっさんが俺にしたいことかもしれない…ああ、ちくしょう。おっさんに会いたい、会って確かめたい…なによりぶっ飛ばしたいんだ!

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