案内人

 用語解説


 魔法技術まほうぎじゅつ:とある魔法の原理げんりを完全に理解りかいし、算式化さんしきかした後、科学の力でその効果を大幅に拡大かくだいすることが魔法技術と呼ぶ。ただし、新しい効果は生み出せません。


 世界語せかいご:エスペラント、ユダヤ学者は“世界中の人々の意思疎通いしそつうを可能にしたい”の願望がんぼうめて作られた言葉。その夢はかなうはずがなかった。でも、ゲーム世界でこの言語げんごふたた起用きようされた。


 復活:死んだプレーヤーはそれぞれの印を残し、その印を信仰地しんこうちへ運んで肉体にくたいを呼び戻す。毎日起こっていた出来事できごと、ゲーム世界でもっとも重要なシステム。


 魔法の塵:とても小さな石の素、この塵は魔法を宿すことができる、故に魔法の名を持つ。だたし、大量の塵を全く同じ魔法性質にまとわせることで初めて力を発揮はっきできる、これはとても困難こんなんな技術だ。


 内容をお楽しみに



 少女が教えてくれた道標みちしるべまであと3メートル、やはり城壁じょうへきなどどこにもなかった。これはおかしなことだ、理にわない、NPCがうそをつくはずがない。だからハラビは進む、目を頼りじゃなく、地図だけにすがる。これはゲーム、目だけ頼るのは愚者ぐしゃ行為こういだ。


 突然なことに、何もない場合からいきなり岩石がんせきの城門がそびえ立つ。昔ならまだめずらしいけれど、今はもうすっかり成熟せいじゅした魔法技術まほうぎじゅつ擬態ぎたい至近距離しきんきょりまで姿をかく手品てじな、大した意味のない防御工事ぼうぎょこうじ


「よろしく、そとの人…兄ちゃんは新入しんいり?」

「あぁ、君たちは?…」


 人が光の工事こうじの中に身を隠す、ぶらぶらしていた二人組ふたりぐみ。一人はほっそりしたラインの長身ちょうしんあわい緑のジーンズとドクロのシャツ、背中には巨大きょだいな銃か、か、はっきりしない華麗かれいな兵器が見る者の目を奪う。もう一人はいまいちのながさ、帽子付ぼうしつきのスウェットとショットパンツ、頑丈がんじょうな体だから装飾そうしょくは黒いサングラス。どれも美形びけいだが、魅力みりょく微塵みじんも感じない。


「俺たちは熱心ねっしんなボランティアだよ、兄ちゃん。新入りは案内あんないがないと中には入らないね」

「このとりで所属しょぞくした人のリードが必要の意味と?」

「そうだよ、うそはいらない。なんなら試したら?バリアの感触かんしょくはビリビリ…気持ち悪い」

「いや、信じる。その方が合理的ごうりてきだ」

「見た目通りのかしこいやつね…じゃ彼と一緒に来て、ボランティアだから礼はいらない」


 スポーツ姿の背の低い男が同行どうこう要請状ようせいじょうをハラビへ送って、ハラビはそれを承諾しょうだくした。


成功せいこうしたよぅ~ルシ」

「うん。行くよ、兄ちゃん」


 背の低い男が有頂天うちょうてんになって、うやうやしくどうぞのポーズを作った。でもその丸い輪郭りんかく、その低いシルエットから場違ばちがいにしか見えない。


「ありがと、二人とも親切しんせつだね」

「もちろんだよお~俺たちはボランティアなんだ」


 同行者どうこうしゃを得たハラビは無事に入城にゅうじょうした、ボランティアはみんないい人だ。城内じょうないには全然面白くない、人がまれ、店がまれ、建物がまれ、城外と大差たいさはなかった。


城塞じょうさいはみんなこういう場所なんだぞ、失望しつぼうしただろう?」

「いや、戦うための場所だからね。もちろん夜の都市としみたいにはならないさ」

「そんなことないって、どう見てもここはひどすぎだろう、ルシが退屈たいくつで死にそうになるよお……な?兄ちゃんなら分かるだろ?ロマンな人だろう?」

「さー…ロマンか、そうではないかは、はっきり言えないさ」

「むー、僕わからないなー……でもこれから司令塔しれいとうへ行くのだよ、わかるだろう?」

「どうして?」


 ほそい男の名はルシという。城門をくぐった後リードの位置を放棄ほうきし、ハラビ達の会話を介入かいにゅうしない素振そぶりを見せたが、タイミングをずっと見計みはからっている。


支給品しきゅうひんもらうためだよ、兄ちゃん。いいことだ、警戒けいかいしなくてもいいんだよ」

「どれくらい?」

「プレーヤーが支配しはいした縄張なわばりに連れて上がる。今は50%の土が俺たちに制圧せいあつしたから、相当そうとうな数になるね」

「そのようないいことがあると?」

「そうそう、ハッピーだよぅ~お兄ちゃん。人のハッピーを見て僕もハッピーになったよお…そうだろう?ルシ」

「うん、みんなハッピーだね…兄ちゃん、ちょっと手品てじなを見たくない?」

「というと?」

「ここから司令塔はまだ300メートル…でも俺のを使ったらあっという間ね」

「やるよ!お兄ちゃん。ルシの輪が超凄ちょうすごいんだぞ…そのー……本当にあっという間だよお!」

「魔法か?すごいな、ぜひ試したい」


 ハラビは骨折こっせつした手の薬指くすりゆびから宝石の指輪ゆびわを抜いて中指なかゆびにつけた、この々しい行動こうどうを気づいたのは小太い男。

 ルシが地面に直径ちょっけい20センチくらいの円を描き、世界語せかいごの文字と魔法のシンボルで円周えんしゅうを装飾した、シンプルな魔法陣は構築こうちくされた。


「よし、準備完了っと…ここからは俺のショーだ!」


 ルシが中心ちゅうしんのエスペラント・アルファベットへMPを注入ちゅうにゅうし、魔法陣を点灯てんとうした…カメラのフラッシュみたいな一閃いっせん、その刹那せつなだけで三人の姿はその場から消えた。


「…着いたよ、兄ちゃん。地図を見てな」

「…あぁ、司令塔に着いたみたいだね。ありがとう、きみ」

「どうだよ!?すごいだろう~ルシは英雄なんだぞ」

「ふん、昔話むかしばなしだからね…」


 凄い点は2箇所かしょ。一つは大型おおがたの転送陣でも追いつかないスピード、もう一つは三人の足がみんな魔法陣の中に入っていないこと。


 司令塔もやはりおんぼろな建物たてもの、ここの建築けんちくテーマはどうやらみすぼらしい概念がいねんとらわれていた…ただし塔のかたちはちゃんと持っている、円柱形えんちゅうけい外壁がいへき石作いしつくりの窓、とがった天井てんじょうの上には折れた十字架じゅうじか無残むざんな姿をさらす。


「…墓がれた」

「そうだよ…内乱ないらんの時にこわれただぞ」

「気をつけな、兄ちゃん。死んだら復活ふっかつできないぜ」

「そうか、だから今の不景気ふけいきになった」

「でも僕たちみたいな留守番るすばんもいるのだぞ。心配しんぱいない心配ない~」

「ふん、景気不景気…関係ないね、みんな好きな場所に行って、とどめればいい。こういうゲームだろ?」

「……2階へ行く必要があった。案内あんない、ありがとう」

「なぁに、ここで待ってるからね」

「僕も待ってるだぞ。金をもらって、一緒に酒を飲もうよお!」

「あぁ、かならず……」


“塔の業務ぎょうむを探していたお客様、2階へ足をはこんでください”の文字を書いていた看板かんばん、ハラビはそれをしたがった。1階に残っても何の意味もない。

 1階の破損はそん末路まつろの物語。全ての家具かぐ粉砕ふんさいされ、破片はへんちりに化した、石の壁はガラスの亀裂きれつが広がり、形は蜘蛛くも面積めんせき一面いちめん半分はんぶん壁角かべかど砂袋すなぶくろに盛れた白い砂、それは修理用しゅうりよう材料ざいりょうなのか、それとも家具の塵なのか、今はもう知るよしもない……1階のすべては破壊はかいされた、ここにはもう商業しょうぎょう発生はっせいしない。


 ハラビは二人のボランティアと一時的いちじてきに別れて、階段を登っていく…踊り場に上がると、左手にターン、カーブのステアを使って2階へ辿る。おどり場から上の部分は木、下の部分は石、建物の中にこれほど明晰めいせき境界線きょうかいせん存在そんざいすることが不自然ふしぜんだ。

 2階は破壊はかいされていないが、客人きゃくじんはない。いたのは一人NPCの女の子、彼女のえりもとにつけたブローチは2階唯一ゆいいつ光源こうげん、緑の光が閉鎖空間へいさくうかん隅々すみずみまで届く、不思議ふしぎな光……


「こんにちは、ハラビさま。長い旅のすえこの島に来たのですね、おつかれ様でした…っ?大変たいへん!その腕、怪我けがしたのです!大丈夫ですか?」

「ありがとう、優しい人が助けてくれた、君みたいな少女だ」

「どうか、どうか気をつけてください…ハラビ様の死は、かなしいです」

「知ってた、約束したのだからね…実は支給品しきゅうひんを貰ってきた、大丈夫でしょうか?」

「イエス、多数たすう業務ぎょうむ停止ていししたのですが、このイベントはいつでも行けます……では初めて悪魔島あくまとうへ来たハラビ様に、現金げんきん150万サフラン、サバイバルキット1つ…を差し上げます、ご確認かくにんください」


 サバイバルキットはマッチボックスよりやや大きいだけ、容易たやすくハラビの掌におさめた…周囲しゅういの柔らかい光を照らして、ドラッグ取引現場とりひきげんばみたいだ。


「……あぁ、確かに受け取った」

「イエス、神さまの力があなたとともに…もう一つの要件ようけんをおつたえしますね。この島の情報じょうほうはもうハラビ様の地図で更新こうしんされました、ご利用りようしてください」

「おや?これは支給品の範疇はんちゅうそとだ…ズルしたのでは?」

「ふふー…世間知せけんしららずですね、ハラビ様は。ズルだなんて毎日まいにちおこることなんですよ」

「そうか。すまない、私は目で見たものしか知らない」

「いいえ、知る必要はありません。ハラビ様は強者きょうしゃですから」

「弱者を強者と呼ぶのか?私はまどわせた……」


 洋服ようふくの少女がステップをんでぐるりとまわって、2階の光を振動しんどうさせた。そして片手かたてでスカートのすそを高く持ち上げ、ハラビへ頭を下げた。


「ハラビ様、実はこの地域ちいき強奪事件ごうだつじけんがしばし起こります」

「そうだね、確かに気になることがある」

「イエス、早くえんを切った方がいいと思います」

「いや、そんな人はどうでもいい。気になるのは1階の方だ、あそこ元々木造きつくりだったのはず、何故なぜいしになった?」

「もう、ハラビ様ったら、どうでもいいってどういうことなのですか?強奪は大事だいじなことなんですよ!」

「2階の方もわからない、この光は君の魔法じゃないと思うのだが…教えてくれないか?なぞの少女」

「もーう、本当にしょうがない殿方とのがたですから…魔法のことを聞いたらさっさとあのチンピラたちと別れることですね?」

「あぁ、教えてくれ」

「イエス、ハラビ様の言う通りです、光っていたのは私のブローチだけ。秘密ひみつはこの階層かいそうちた塵、無数むすうの塵がブローチの光をとおくへととどいたのです」

「そうか!魔法の塵か、性質せいしつは?」

紫石英しせきえいのような透き通った石ですね、ずっとずっと小さいけど…光をびて、反射はんしゃはしません、吸収きゅうしゅうし、放射ほうしゃします。射出しゃしゅつされた光線こうせんがほとんど減衰げんすいしません、色の変化へんかも目で認識にんしきできません」

「でもエネルギーの損失そんしつは?遠くへ行くほど、かがやきよわくなる…そのうち無くしたはず、その秘密ひみつは?」

「イエス、エネルギーは損失します、でもほんのわずか…大事なのは塵自身がエネルギーを持っています、損失した分の99%以上おぎなったのです」

「塵のエネルギーは無限むげんか?」

「持ち主によると50年くらいは持つだろうね…とおっしゃいました」

「むん、いい魔法だ。昔の人が君にあげたのか、どうして?」

「わかりません、私の美貌びぼうこころたれたかもしれませんね」

強引ごういんな理由だ、でも仕方しかたないでもある…あの人はハットとタイをつけていたのか?」

「イエス、あの頃のプレーヤーさまは頭固あたまかたい人ばかり……ハラビ様がこうして来てくださいまして、本当にさしぶりです」

「私?きっとつまらない人だ…すまない、もう行くよ」

「自分をおとしめることを言わないでください!ハラビ様。それから絶対ぜったいチンピラ男とバイバイですからね!」

「すまない、私は何一つ約束やくそくを交わすこともできない、つまらない人だ。でも心配はいらないよ、どうでもいい人を覚えられないんだ」

「ほんとう頭固い人なんだから……行ってらっしゃい、ハラビ様」


 2階の光を残した昔人むかしびとと光る少女、木と石を分かれた境界線きょうかいせんとシャッタード1階。昔の魔法と古い強者つわもの、どっちももう存在そんざいしないかもしれない。


「よう、用事済んだの?じゃ酒飲さけのみに行くね」

「あぁ、でも酒だけか?」

「うふふ…たかい店だよ、行けば分かる」

「早く早く!もう待ちくたびれたよぅ~」


 小太い男がはしゃいで四肢ししを伸ばし壁面へきめんに飛び込んで、姿を消した。


「これは?」

「ま、バックドアってやつ。どうぞ…」

「わかった、行こう」


 ハラビは太い男の後につけた、何の疑問ぎもんも出さずに、ただ他人の言葉にながされたまま伝送陣でんそうじんへ身を投げた…ルシの伝送陣、ルシの物、この塔に来てからずっと作り続けたもの……


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