再会

 用語解説


 赤い領土りょうど:悪魔が住む地はみんな黒いけど、プレーヤーにうばわれた後その色は変わる。違う色には魔法の効果を大きく影響えいきょうする。


 最弱者さいじゃくしゃ:学者の別名べつめい。レベル1に固定こていした職だから、魔法や銃のあつかいはできない。よって、最弱。


 カスタム呪文じゅもん魔法発動まほうはつどうのアクセサリー、文芸の神へささげる歌。魔法を強化きょうかできるが、効力こうりょくは神の機嫌きげんによって大きく起伏きふくする。


 学者マント:メルアが所有しょゆうした宝具ほうぐの一つ、色んな効果こうかを持つが、ハラビが使えるのはカスタム呪文を埋めるわくだけ。


 悪魔島あくまじま:悪魔が住む大地、島でも、大陸でも認識にんしきできる場所、英雄を作る地でもある。ゲーム、エフェス・レ・メアの最前線さいぜんせん


 ゾンビ:1年以上ログインしたことのないプレーヤーのアカウントは、個人履歴こじんりれきの情報を参考さんこうして日常活動にちじょうかつどう再開さいかいすることになる。中には人がないので、ゾンビと呼ばれる。


 治療ちりょう:プレーヤーが使用できる唯一ゆいいつ治癒魔法ちゆまほう。ただし、悪魔島に居る限り、プレーヤーはこの魔法を使うことができない。


 ようこそ!悪魔の島へ(イベント):悪魔島の上陸じょうりくは容易ではない。成功したプレーヤーはご褒美ほうび支給品しきゅうひんと金をどこの司令塔しれいとうでももらえる、一度きりで。


 内容をお楽しみに



「……む、もうこんな時間か…道をあゆもう」


 ハラビはがけに座って海をながめることにした……気がつくともう2時間過ぎたようだ。彼は時々こうやって時間を浪費ろうひするくせがある、日記にっきのため目を閉ざさす静かに座っていて…メルアはもう何処にもいないというのに。

 この崖のあたりは不毛ふもうな地。密航者みっこうしゃのため用意よういされた場所と言ってもいい。ハラビはようやく身を起こして、移動し始めた。密航者らしい行動こうどうではない。


地図更新ちずこうしんのため、1万サーを支払しはらうことにする。私の声を聞いて」


 不毛な地と言っても、樹くらいはある。ただ樹のみきは太くて、岩より硬い、ナイフで刺されても傷は残らないでしょう。樹の果実かじつにしては巨大な、水分すいぶん抜きの唐辛子とうがらしのような物…これは樹じゃない、不毛の象徴しょうちょうだ。


 樹の向こうは『赤い領土りょうど』、プレーヤーが占領せんりょうした場所、金を支払うと、情報をもらえる。悪魔大陸の半分はんぶん、それは60年間英雄たちのすべての戦果せんか。その後の30年、プレーヤーの侵攻しんこうは一歩もすすめていない。その敗戦はいせん連続れんぞく世界各地せかいかくち経済けいざいを大きく成長せいちょうさせた。


 ハラビは更新された地図を開けてはいない、自分の足で赤い土へと歩いて行く……でも遅い、遅すぎる。やっと辿り着いた場所は巨大な岩の下、荒野こうやひとりぼっちに、密航者を待ち続けた岩。


「先ずはこの先の城塞じょうさい入境にゅうきょうし、支給品しきゅうひんもらうことにする!」

「なぜ大声おおごえを出す?」

「君に聞かせるためだ!また私を殺しに来たのか?美しい剣士けんしよ」


 赤い領土と不毛な地の境界線きょうかいせん、一人剣をたずさわった者が岩の上に静かに座っていた、時間を無駄むだにする時のハラビとっている。学者を探知たんちして、彼女は空高そらたかく飛び、彼の背後はいごに軽く着地ちゃくちした。まるで羽のように、しなやかな跳躍ちょうやくだった。


覚悟かくごはあるの?」

「なぜだ?そこまで人を斬りたいのか?君の剣は悪魔と神を同時どうじ宿やどっていた…剣のせいだ。その剣を見せてくれないか?」

いのりはあるの?」

「いやだ、1回目の時みたいに命乞いのちごいはしないよ。それでも暴力ぼうりょくを振るうのか?」


 女剣士が真っ直ぐに立ち、片手で刃の広い剣を持ち上げ、刃のさきがハラビの印を照準しょうじゅんした。死の宣告せんこく…彼女のフラットな表情は厳粛げんしゅくに変え、ひとみの内から忠誠心ちゅせいしんあふれ、強い意識いしきを世界にしめす。


「……少し待ってくれないか?やりたいことはある」

「5分待つ」

「ありがとう」


 ハラビは地面じめんに座って、掌に小さなふくろと飾りのかんざしを載せ、袋の口をくくったひもを解き、自分の手首てくびかんざしで突き刺し、最後の抵抗ていこうこころみた。


予見よけんできない明日がこっそりおとずれた時、運命うんめい欠片かけら無縁むえんの手首を割る…それは流すべきではない血、無意味むいみ犠牲ぎせい、文芸の神へささげるもの。この代償だいしょうが求めるのは意のままの微風そよかぜ、力も強さもない、ただの風」


最弱者さいじゃくしゃ』のハラビでも、メルアからもらった装飾品そうしょくひん媒介ばいかいとして代償を支払しはらい、『カスタム呪文じゅもん』をとなえた後、ある程度ていどの魔法を使えることができた。

 魔法の風はハラビの願いに応えて、袋内たいないの砂、胡椒こしょう唐辛子とうがらし微塵みじんを載せて女剣士の目へ刺激しげきに送った。不意打ふいうちを食らった女剣士は素早すばやまぶたを閉じ、色素しきその薄い眉を強く引き締めて、苦しさを物語ものかたっている。抵抗ていこうは確かにとどいた、でも剣の尖端せんたんは1ミリも下していない。


「抵抗したな?おまえ」

「そうだ、これから抵抗し続けるつもりだ!」

「うん、それでいい…動くな、マントを切ってあげる」

「な?……」


 女剣士は剣を地面じめんに挿し、準備態勢じゅんびたいせいに入った。でもその後のアクションは走りじゃなく、跳躍ちょうやくだ。回転かいてんボールの軌道きどうを沿って前へ、美しいブーメラン、ハラビごときに見切みきるはずのない速さで彼の背後に回し、体を半周回転はんしゅうかいてんして半月はんげつ斬撃ざんげきを描いた。女剣士の斬撃はハラビの背筋せすじ軌道きどうを残し、メルアの『学者マント』を一刀両断いっとうりょうだんした。このダッシュの跳躍はまるで空を自由じゆうに飛んでいるみたいだ。


「な!……どうして?また残酷ざんこくなことをした……これは預け物だ、大事だいじな女の子からたくされた」

「知るもんか。他の女人にょにんに探し、はりいとで直してやれ、そうすれば役立やくたつものになる…忘れるな、抵抗し続けると言った」

「待って、名前を教えてくれ」

「女人に名前を探しても意味がない」

「それは違う、君は美しい女だ!」


 金髪きんぱつの女剣士は崖の方へ去った、剣身けんしん反射はんしゃは星のきらめき。あの一閃いっせんの後、周りは一瞬いっしゅんで夜へと落ちった、剣が太陽まで届くわけがない、昼と夜の入れ替わが灯りを消すみたいのものだ、この『悪魔島あくまじま』には。


 ハラビは切断せつだんされたマントをひろい、たたんで、旅行袋りょこうぶくろにしまってから旅を再開さいかいした……城塞を目指めざしてその貧弱ひんじゃくな足を頼り、無力むりょくな奴だ。赤い領土は荒野こうや、何もない荒野、時々物騒ぶっそうな武器を持つ通行人つうこうにん物凄ものすごいスピードで行ったり来たりして、学者姿がくしゃすがたの彼に声を掛けることは有り得ない。ハラビは一人で交通こうつうやとわず彷徨さまよっていた、方向だけが正しい。


 樹は多くなった、葉も緑色みどりいろで、花さえちらほら咲いていた、でも樹の形は異常いじょうだ。全ての幹たちは足が折れたタワーみたい地面に倒れ込んで、老けた爺やのように背筋せすじを伸ばせない。中に1本だけが、地面から離れる力もなく、横になって、枯死こしした。この1本の枝には、一筋ひとすじの糸が揺らめいて、すえにはリボンをむすびつけた。ハラビは赤い景色の中からこの糸を見つけ、近づいた……


「…彼女からのおくり物か、忘れられない景色けしきだ」


 糸は金色の、髪。2年前、ハラビが印に戻った時ずっと彼の目の前にくすぐったり、月の光をさえぎったりして……忘れるはずがない。ハラビはそのリボンをほどき、髪だけを回収かいしゅうして、リボンは枝にあげました……


 この世界の目立めだちたがり屋は馬車ばしゃを乗る。丁度今ちょうどいま、ユニコーンの馬車がハラビへ向かって走るように。すごい音、100メートル以外いがいもその騒音そうおんが届く。御者ぎょしゃがそのままハラビを無視むししてまかり通る、女の髪を手に入れたばかりのハラビはそれを気付きづくはずがなく!……

 さいわい、車に轢かれたことはなかった。ただし、かすれただけで無事ぶじには済ませない、気流きりゅうに巻き込まれたハラビは空高そらたかく飛ばされ、地面にぶつかった。凄い衝撃しょうげきだ!意識いしきはもちろん、腕の骨もほとんど折れた。ここは強者きょうしゃ闘技場とうぎじょう弱者じゃくしゃ居場所いばしょ簡単かんたんに見つかることはない。

 でも、人を責めるのも不公平ふこうへいかもしれない。この御者は人ではなく、『ゾンビ』の可能性かのうせいも十分あったからだ。


 やっと周りの軽蔑けいべつを気づいたのか、ハラビは身を起こした後、地図を開けてNPCの標示ひょうじ検索けんさくし、助けを求めた。彼にとって死だけが避けなければならない結末けつまつ……

 よろよろして、歩く。移動速度いどうそくどはあんまり落ちていない、折れた腕にもたらすアンバランスを逆に利用りようしたからだ。プレーヤーの身体構造しんたいこうぞうを理解した後の運用うんよう、悪くない学生だ。

 ……標示の位置には一人赤い城塞の制服せいふくを着た可愛かわい少女以外、誰もいない。


大変たいへん!ハラビ様が怪我けがをしたのです。待ってください、私が持つアイテムで応急処置おうきゅうしょちでも差し上げますから」


 少女はあわてて包帯ほうたいを持ち出し、折れた腕の手当てあてを始めた。包帯にはウサギとネコの頭が交錯こうさく印刷いんさつされ、キッズ用の物かと……ハラビは疑惑ぎわく視線しせんを彼女の横顔よこがお無遠慮むえんりょに投げ続け、初対面しょたいめんのNPCへ失礼しつれいなことをした。


「ごめんなさい、ハラビ様。こんな貧乏びんぼうな地には安いアイテムしか持ってなくて…」

「いや、この包帯が私を助けていた」

「ではどうして見つめているのですか?ハラビ様…もしかして痛い?」

「おかしい、君。なぜ私のためそこまでする?」

「全然おかしくないですよ!ハラビ様は英雄えいゆうですから」

「英雄?……初耳はつみみだ、人違ひとちがいの可能性は?」

図書艦としょかん所属しょぞくした学者、ハラビ様ですね。NPCが人違いの可能性はゼロですよ…それに、初耳には決して……」

「…プレーヤーの方も知っているのか?」

「まだ知る人はいませんと思います、秘密ひみつイベントですから」

「…む、でも今きみの演説えんぜつを聞いて、もうばれるかもしれないね」

「そんなことはありません!ハラビ様の意地悪いじわる…今は私とあなた二人きりですからね」


 ハラビの挑発ちょうはつへ女の子のツッコミで返した、明るい、元気げんき100%の声で。同じ声をしたNPCが存在しないうわさもある、気を許すと本物ほんもの勘違かんちがいしてしまう、凄まじい知能ちのうだ。


「そうか、すまない……華奢きゃしゃな少女よ、交通を借りたいから訪ねてきた、助けてくれないか?」

「もちろんです。でも少し待ってくださいね、いま『治療ちりょう』をかけます」

「待って、私に魔法をかけないで欲しい」

「わかりました、何か特別とくべつ装飾品そうしょくひんが持っていたのですね。だけど、くれぐれも体の方をお大事に……」


 話を続ける前に、少女はスカートのすそを持ち上げひざを折れ、礼を見せた。治療ちりょうをかけないことへの謝罪しゃざいの意味で。


「城塞へ行くのでしたら歩くことにおすすめします。ここからおおよそ50メートルになります」

「50メートル?でも地図上ちずじょう道標みちしるべはまだ遠い場所にいた」

「私に見せてもよろしいですか?」

「あぁ…」


 ハラビは地図の一部いちぶてのひら名刺めいしの形で投影とうえいし、彼女へかかげた。少女は彼の手を両手りょうてでしっかり持って、丁寧ていねいにチェックしてくれた。


失礼しつれいしましたハラビ様。この道標は司令塔しれいとうの位置です、南の門は50メートル先の場所、いま門の位置を更新こうしんしますので、少々お待ちくださいね」


 道標は透き通ったはた。少女はその旗をコマのように持ち上げ、新しい場所へとさした。座標ざひょうはその精密せいみつな脳で計算された数値すうち、万分の一の誤差ごさもない。


「そうか、私はそれさえも気づいてないのか、とんだおろか者だ」

「大丈夫ですか?ハラビ様は会った時からずっと恍惚こうこつ状態じょうたいで……心配しんぱい、しました」

「あ、そうだ、君の言う通りだ。私は思わぬ人物じんぶつに会って、ずっとおそれていた……でももう大丈夫、きみが救ってくれたから…ありがとう」

「助けられたのはこっちの方ですよ、ハラビ様。この世界に来て、本当にありがとう…さ、早く城塞へ行って、休めてください。イベント『ようこそ!悪魔の島へ』、をご存知ぞんじですね?」

「あぁ、ありがとう。もう行くよ、本当ほんとう世話せわになった、ありがとう」

何度なんどもそのようなことをおっしゃらないでください!ハラビ様。あなたの役に立たないのなら私の存在意味そんざいいみはどこにありますか?」

「その可憐かれん表情ひょうじょうだ!あなたの必死ひっしに訴えた姿が私を現実げんじつへと引き戻した。きみは信仰深しんこうぶかい人だ」

「はい、全ては文芸の神のためです…祝福しゅくふくはハラビ様のそばに、良い旅を……」


 別れの言葉を告げて、少女はタイリボンの後ろに隠れていた銀のペンダントを持ち出した。ペンダントの輪郭りんかく魔術師まじゅつし帽子ぼうし、文芸の神の三つの象徴しょうちょうの一つ。そのペンダントと共に少女はもう一度うやうやしく一礼いちれいを見せた、今度はわかれの意味で。


「ええ、サヨナラ」


 心のやすらぎを得て、ハラビはまた歩き出した、先までずっとかわいた青い瞳は水と光沢こうたくが戻し、もう大丈夫のようだ。ただし、50メートルの先にはやはり何も見えない、城壁じょうへき何処どこにあったのやら……


「ペンダントを見ても私のことを思い出さないのですね、ハラビさま…いってらっしゃいませ、薄情はくじょうなお方……」

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