エル・エスへ行く…英雄降臨

 用語解説


 世界最古せかいさいこ:ゲーム世界がオンラインする前から、すでに人が住んでいた場所。世界の中心、都市エル・エスがこの樹の上にある。


 強制実行きょうせいじっこうほう物理ぶつり化学かがく生物せいぶつ、あらゆる科学で干渉かんしょうできない現象げんしょう、ゲーム世界のルール。ただし、数学すうがくを使えば……


 入境者にゅうきょうしゃ:プレーヤー側コントロールした地域ちいきには国境こっきょうが存在しないが、世界最古の樹の周辺しゅうへんには特別な境界線きょうかいせんが存在している。そのせんをくぐった人たちは入境者としてリストに登録とうろくされる。


 個人履歴こじんりれき:プレーヤーの行動こうどうくわしく記録きろくするメモ帳。ゾンビモード起動きどうした時の一番いちばん参考さんこうでもある。


 つる:7種類しゅるいつるがこの場所で共棲きょうせいし、樹の蛍光けいこう食糧しょくりょうとして大量繫殖たいりょうはんしょく。食べられた蛍光は蔓の種類によって色が変わって、生み出した光のコンビネーションはオーロラよりも綺麗、まさにまぼろし


 えだかわ:世界最古の樹の枝はいのちきる前に、中空ちゅうくうになって水がまる。その水は川のごとく船をはこぶことができる、よって川に呼ぶ。


 樹内回廊じゅないかいろう:世界最古の樹の内部ないぶに存在した光の道、地図さえ分かれば樹のどこでも辿り着ける。回廊のほとんどは魔法で構成こうせいされていた、実態じったいあるものが非常に少ない。


 内容をお楽しみに。



 ……

 …あれ?ここどこだっけ?…っていうか何時だっけ?…ぺぇっ!口の中砂が?くちびる出血しゅっけつしている、どうなんだ一体いったい?……俺はいままで何をやっている?…HPもからっぽになって…戦闘せんとうか?確か黒いジャケットの変態男へんたいおとこ遭遇そうぐしたよな…


 あっ!視界しかいが戻った。夜だ!夜の砂は真珠しんじゅしろやわらかくて、まぶしいほど美しい…風が緑のおかから急降下きゅうこうか、身の上の砂をはらう、心地ここちよい。


「な、ラクダ、おどろかないか?世界より大きい樹が目の前に存在そんざいする現実げんじつが…俺ははじめてだ……」


 ここから先は『世界最古せかいさいこの樹』、俺の柔軟じゅうなんくび活用かつようしても全長ぜんちょう百分ひゃくぶんいちさえ見届みとどけないかもしれないの、樹。この世界が完成かんせいした前にもう存在した世界最古せかいさいこの樹……

 いや、ラクダはもう見飽みあききたか、死ぬ前に何度なんども見たはず…そうだ、俺はラクダと一緒いっしょにいたはずだ!ラクダはどこだ!?


 目がよごれている、水であらう……よし!ラクダの姿をさがすぞ!奴の状況じょうきょうを知りたい、目の光をたしかめたい……

 いた!後ろ5メートルさきで、体の半分はんぶんは砂の中にもれている。待ってろ、ラクダ!


 ……問題もんだいない、確実かくじつに死んでいる、火も光もない、つめたい死体したいだ。じゃ俺の生還せいかん奇跡きせきか?…でもこいつの前足まえあしれたまま、あるくことは不可能ふかのうのはずだ……

 わかった!これは『強制実行きょうせいじっこうの法』、ラクダは砂漠さばく旅人たびびとのために存在した魔法動物まほうどうぶつ……


 さらばだ、ラクダ。俺は前へすすむ。みちびいたことを、ありがとうな……


 俺の前にちはだかるのはがけ…いや、おかか。みちは必要ない、壁からした結晶体けっしょうたいだいに使って連続跳躍れんぞくちょうやく、丘をのぼる。俺をただのガンマンだと思ったら大違おおちがいだ!

 ……今日、今までのラクダがよだれらしたきたない動物という印象いんしょうが変えねばならない。それにこのような下等生物かとうどうぶつをどうやってかえす方法も分からないの俺はまだまだ未熟者みじゅくものだ、みとめたくないけど。


 樹へ向かう、途中で見えない改札かいさつをくぐった時『入境許可』がすなし、風にがけの下へ行った…感謝かんしゃする、おばさん!少なくとも俺のセンスから判断はんだんすればあなたは不細工ぶさいくじゃないと思う…よし!予定表よていひょうに戻した、後はゲートを探す。


 確かたかさは三千メートルあたり…太さは分からない、少なくとも俺の視界しかいおさめる距離きょりじゃない……早く来てべきだった、もっと早くこの壮絶そうぜつ景色けしきを目にいたら、俺は……

 でもまだおそくない、俺の才能さいのうってすればすべてを挽回ばんかいできるはずだ!証拠しょうこはこの大樹!樹は俺のこころざし象徴しょうちょうする丁度いい高さをしている。ここを大英雄だいえいゆうルラアのはじまりのにする!


 注意ちゅういすべきところはたった一つ、エル・エスに入った後小金持ちも貧乏人びんぼうにんもどす、金をもっとかしこ使つかう必要がある……ん?あそこにNPCが…彼女と接触せっしょくしよう。


「こんばんは、上に目指めざしたい」

「初めまして、ルラア様……ごめんなさい、今日ルラア様のプレイでラクダ一匹いっぴきを死なせたのですね。ここで弁償べんしょうしますか?代償だいしょうは3万サーになります」

「え?ここでもいいの?ラクダ屋じゃなくて」

可能かのうです、全ては神への寄付金きふきんですから」

「…わかった、弁償する。三万さんまんサーを君のてのひらへ」

「かしこまりました、パスワードの入力にゅうりょくですね、どうぞ」


 彼女のやわらかい掌の上、俺はパスワードを書いた。これはただの…小さないにぎなかった。


「…確認中かくにんちゅうです、少々おちください」

「そういえば今日の『入境者にゅうきょうしゃ』は少ないな、俺一人おれひとりか?」

「はい、最新さいしん入境記録にゅうきょうきろくは30分前、プレーヤーさま二名です。ただし今日の入境人数にゅうきょうにんすうは25:00の決算けっさんまではわかりません、ここは9万9千9百のもんの一つだけですから」

「…そうか。俺一人おれひとりでも行く、もう行けるのか?」

「はい、もう弁償済べんしょうずみです、詳細しょうさいは『個人履歴こじんりれき』の中で確認かくにんしてください…ルラア様の希望きぼうはエル・エスへ行くことですね、エレベーターを利用りようしますか?コストは1万サフランになります」

たかいぞ!初心者しょしんしゃなら負担ふたんできないがくだ」

「申し訳ありません、今はコストを改変かいへんすることができません。初心者の方達はスチームシップを利用りようします、エレベーターを使えません。ご了承りょうしょうください」

「ドックのことは知っている、でも船を使って高度こうど2000メートルまでの場所に行くにはさすがに想像そうぞうできないな…くわしくおしえてくれないか?」

「はい、もちろんです。船を利用した場合、先ずは『枝のかわ』に沿って『つるの地』に到着とうちゃくし…そこで大型昇降装置おおがたしょうこうそうちを乗ってエル・エスに行くことになります」

「つるの地はどこだ?ここから行けるのか?」

「はい、蔓の地は高度こうど800メートルの場所に位置いちします。行くには他のゲートのエレベーターを利用する必要ひつようがあります、当ゲート、No46369からには到着とうちゃくできません。ご不便ふべんをおかけして、誠に申し訳ありません」

「コストは同様どうよう1万サーだな。エレベーターを使用しようしない場合はどうする?」

「はい、同じ1万サフランになります。エレベーターを利用しない場合、『樹内回廊じゅないかいろう』をたよってください。あそこは大樹の全域ぜんいきつながる通路つうろ、樹の血管けっかんみたいな場所です。樹内回廊ならここで無料むりょうアクセスことが可能かのうです」

「つまり樹内回廊につうじエル・エスまでも辿たどけるのだな?」

可能かのうです。ただし距離きょりとおいので、精神せいしんへの疲弊ひへいは十分気をけてください、それでもいくのですか?」

「行く。樹内回廊へ案内あんないしてくれ」

「かしこまりました、一旦いったん樹内回廊にアクセスした後、内部地図ないぶちず全開放ぜんかいほうするので、十分利用してください…では私の位置いちに立ってください」

「……こうか?」

「はい、うごかないってね~」


 ウィンク?…どういうことだ?美貌びぼうをアピール?…あっ、ハマるつもりか!?


「おおおお!!……」

「サヨナラ!ルラア様、十分気をつけてくださいね~」


 ……こう来たか…上から得体えたいの知れない何かが俺のこしつかんであなの中へとほうんだ……中には大きなひかり紋章もんしょうが…まぶしくて、複雑ふくざつな紋章たちが暗い空に目指めざ延々えんえんと…

 最初から知っていた、こいつは生きている、これほど不思議ふしぎ存在そんざい死物しぶつのはずがない。


 NPCよ、君をゆるす。俺にびっくりされる計画けいかく大失敗だいしっぱいだがな、残念ざんねんなことで…

 体を起こし、紋章の上に立つ、紋章はみち、空へとつながる道だ…行こう、ハビーラに目指めざすすんだ……

 周りは静寂以外せいじゃくいがい何もない、なつかしいな……むし綺麗きれいな光を?コケ植物しょくぶつも緑の蛍光けいこうを放っている…見上みあげると、無数むすうの蛍光が明滅めいめつしていた、かれみちもどんどん増えて…地図を頼らないとあっさりと死ぬ!


 床にも自分の光を持っている。光の外は、やみ…周りの蛍光もとどかない闇。あそこはなんだ、からっぽ?それともかくれ道?……人が見えた!俺よりはるかにリードしていた人たち…かくみちを見つければ彼らをいつけるのか?…俺は地図以外ちずいがいの道を歩く勇気ゆうきがないのか?

 ……ここはしずかすぎた、一つの交差点こうさてん間違まちがえれば地獄じごくへ行けるかもしれないほどの静かさだ…俺は深淵しんえんおそれていたわけじゃない、エル・エスに確実かくじつに行くためだ。ここで死んだら、ラクダの犠牲ぎせい無駄むだになる。


 ……気持ち悪いな…天井てんじょうの光は満天まんてんほしのようにキラキラだけど、通り抜けた光の紋章はあっという間に暗くなる、うつむいたら真っ暗で何も見えない、後ろから誰かが追ってきてもよしもない。

 …待った。暗くなったじゃなく小さくなった気がする……気がする?…錯覚さっかく?そうか!ここは砂原のように幻覚げんかくを見せたのか。


 …もう一回いっかい下を見る、深淵しんえんはすぐそこに?確かめたいという衝動しょうどうが…やみへと墜落ついらくし深淵の存在を証明しょうめいしたい…間違いない、これは幻覚だ。そして俺の勇敢ゆうかんな心のきずあばこうとしている。俺は光りある道のそと唾棄だきしながら歩いてみたい。これは俺の好奇心こうきしんだが……


「おおおおお!!出口でくちだ!」


 やっと変化へんかおとずれた!助かった、正直しょうじきそのままではまずい…俺はうれしくて大声を出し、そのどこかへみちびくのも知らない門を通し外に出た……

 っ!がけ?また飛び降りをさそうつもりか?…そもそもなぜ樹の上に崖がいた?ピクニックのためか?


 …もう1千メートル以上のところに来たのか、崖があってもおかしくないな…俺は崖縁がけっぷちから体をし、目薬めぐすりをドロップしたく視力しりょくを得て風景ふうけい俯瞰ふかんした、この崖は大樹の古い枝の破片はへんだとわかった……なに!?枝の上にキラキラしたかわが流れているぞ!すなはというと全然見えない、あんなにも広い砂の海が綺麗きれいさっぱりとえただと!?

 …そうか、光のよわいものがここから全然見えないのか、この1千メートルの高所こうしょからには。


 …でも、こんなほそい川が大船おおふねせるわけがない、枝のかたちもおかしい…空がひかった!理解りかいした!俺が見ていた空は一つのに過ぎない。枝も枝、川も川じゃない、たぶんとげつゆ。本物の枝は空の彼方かなたえつかくれつ巨大きょだいかげ、だとしたらどんな大きな船もれる…俺が立っていた場所は毛穴けあなよりもちっぽけなものだ。


 ……収束しゅうそくした光?誰だ?俺はもっとやすみたいぞ、邪魔じゃまをするな!…こいつ、懐中電灯かいちゅうでんとうらしいものを使って俺の目を照射しょうしゃした!…なに?!美しい女性にうでまれた禿はげだと!?…それに二人の背後はいごは緑の蛍光けいこう点滅てんめつしてとてもロマンチックな雰囲気ふんいき……ちくしょう、忌々いまいましいことこの上ない!俺の調査ちょうさによると禿は大抵たいていゲイだ、かかわっちゃいいけない存在なんだ!……仕方しかたない、ることにしよう。


 っ!な?あいつ、飛びキスを送ってくれたな!!!さすがにこれ以上我慢がまんできない!俺は大げさなポーズを取って抗議こうぎした…ええ?俺のただしい行動こうどうが美しい女性のせせら笑いを引き起こした、そんな……気まずい、俺はずかしさから逃げて回廊かいろうへと走った…でもあの禿はゲイという事実じじつはもう動かない!俺の一存いちぞんは9わりの場合でてる。


 ……また迷惑めいわくな空間に戻った、でももうおそれることはなにもない、俺は樹の一部いちぶを見て、こいつを知り始めた。千メートルがあればラクダは一粒ひとつぶの砂と大差たいさない、俺は二千メートルの都市としへ行く。


 環境かんきょうが変わった?新しい色の蛍光けいこう明滅めいめつし始め、ほたるが俺のマントをつかんで居眠いねむりをする…この幻覚は人の心をうつし出すのか?かがみみたいに……ふん、くだらない鏡だ、俺のことを一番知っている人は俺に決まっている。


 くだらない魔法を見抜みぬいた以上、俺は全力ぜんりょくで走ることができた。螺旋らせん軌跡きせきえがいて急上昇きゅうじょうしょう!……途中とちゅうで一人女性の姿をしたプレーヤーにし、彼女へわびの飛びキスを送って、彼女は大丈夫の飛びキスを戻してくれた。

 見たか禿はげ!これが飛びキスの正しい使い方だ!


……先の女の人、白いマスケット銃とゴールドの装飾そうしょく、緑の髪と赤いリボンの花結はなむすび、綺麗だ。ただ、リボンのかたちをはっきり記憶きおくできていない…また心残こころのこりを作った、俺らしいな。


 後は走って、走って…走り続けて……なぁに?時間じかんの感覚がくるい始めている、おかしい!幻覚は時間と関係かんけいないはずだ、間違っていたのか?

 ……気がついた時、俺はもう水紋すいもんのドームの下に立った。よかった!まだ正気しょうきたもっていて…そしてテラスの向こうが俺の都市とし、2000メートルをのぼるにはあんまりにも早すぎる。それもそうか、回廊かいろうの魔法の真実しんじつは、加速かそく!さき彼女とキスを交わした時もう気づいたはずだ。目眩めまいと幻覚は全部加速の産物さんぶつに過ぎない。


「こんばんは、初めてエル・エスに来たルラア様。案内あんないサービスを必要としますか?」


 複数ふくすの声がタイミングをはかって俺をかこんだ、いちおう出迎でむかえのつもりだが、せされた感じの方が強い。彼女たちの身につけていたモノクロのレースドレス、頭にったねこみみ、或はうさみみ、全部オシャレな装飾品そうしょくひんかもしれない。


「いらない、ここは俺の都市だ、一人で行く」

「かしこまりました。ではよい夜を……」


 ドレス姿など、まどわされない、今の俺にはこの都市以外何も見ていない、NPCであれ、人であれ、ひとしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る