序幕その二
『団地前、団地前』
運転手の声はその容姿と同じ様に抑揚の無い生気を感じさせない声だった。
俺は不安になりながらも何故か急に文字が現れた電光掲示板に従って料金を入れてバスを降りる。
そして絶句した。
今まで運転手に対する恐怖心で外の景色に意識が言っていなかった、だから気付かなかった。
目の前に広がるゴーストタウンと化した団地に、全く気付かなかった。
市営住宅の外壁はボロボロで、ベランダの鉄柵は錆て曲っている物や外れている物まである。
市営住宅の前にある今自分が立っているバス停の前に広がっている、背の高い雑草に無残にタイルが破壊された公園は悲惨の一言に尽きる惨状だった。
幼い頃に何度も登っては滑ってを繰り返した滑り台は支柱が錆びて折れて、そして倒れて花壇にめり込んでいた。
それ以外の遊具も錆びて壊れていた。
俺は酷い不安に襲われた。
本当にこんな廃墟と化した場所に父と母は住んでいるのか、いやそれ以前に生きているのか。
俺は急いで両親の住む3号棟に向かった。
壊れて倒れた遊具を避けながら、背の高い雑草を掻き分けながら俺は両親の住む三号棟へと急いだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
三号棟は一言で言えば、さっき見た一号棟よりもいくらかマシだった。
だけどとても人が住んでいる用には見えなかった。
アスファルトはひび割れて雑草が伸び、一階の窓はどれも割れていた。
何よりここに来るまで全く人の気配を感じなかった。
人が住んでいれば必ず聞こえて来る生活音、人間が呼吸をする様に人が住む場所なら必ず聞こえて来る生活音が全く聞こえてこなかった。
俺は強い不安に襲われながら階段を上り二階の左側にある両親の住む場所を見て絶望した。
扉の塗装は剥がれてボロボロになっていた、だけどそんな事は覚悟していたからどうという事は無いだけど郵便入れに溜まった、いや無理矢理詰め込まれた新聞や郵便物の状況から少なくとも何年も放置されている事を俺に知らしめていた。
そして俺が両親に宛てた手紙もその詰め込まれた郵便物に混ざっていた。
最後に両親に手紙を出したのは4年前だ。
つまり4年前からもうこの状態だった。
俺はポケットから合鍵を出して扉に差し込む。
亡骸だけでもしっかりと弔わなければならないという気持ちだった、そして鍵を回した。
だけど何故か鍵は閉まっていなかった。
ドアノブを回すと普通に回って開いた、扉の惨状とは裏腹に軋む音も立てずに玄関の扉は開いた。
俺はただ呆然とするしかなかった。
何故?こんなにもすんなりと開くのか。
何故?新築の扉の様に開くのか。
何故?郵便入れにこれだけの郵便物が詰まっていて、どう考えても父か母のどちらかがもしくはどちらとも死んでいそうな状況なのに、電話がかかって来たのか。
今更になって思う最大の疑問は教えてもいない筈の俺のスマートフォンの番号を母は知っていたのか。
俺は意を決して家の中に入る。
そして再び呆然とした。
そこに広がっていたのは俺が十年前に家を出た時と全く同じだったからだ。
喧嘩の度に物を壊す癖に家の中が散らかっている事を嫌っていた両親は何かと掃除をしていた。
少しでも乱れていたらヒステリーを起こす両親に俺は何時も辟易していた。
だから目の前に広がる今も続いていた日常に俺は異様な恐ろしさを感じた。
外はあの惨状だと言うのに何故、家の中はこんなにも綺麗なのか。
それでも俺は家の中に入るしかない、意を決して中に入った俺は違和感を覚えた。
「本当に、人が住んでいるのか?」
部屋からは人が生活していた発する独特な雰囲気がある。
それを俺は何も感じられなかった。
玄関から入って正面にある奥の部屋は両親が普段使っている部屋で、入って右側に俺が使っていた部屋があり左側は台所と居間でそして風呂とトイレがある。
あの頃と同じ家に俺は違和感を拭えなかった。
まるで作り物の様に感じれた。
俺は居間へと進みふと思い出した。
左側には和室があってそこに祭壇が置かれている。
俺は深い溜息を吐く、両親は変わらずあの変な宗教を信じていたのか。
アメリカかどこかの国の宗教で俺には何を言っているのか分からなかったが変な神様を崇拝していたという記憶はある、確か真っ黒な仏像の様な物に祈りを捧げていた。
俺は祭壇を見て今も変わらず置かれている黒い男に怒りを覚えるが今は両親の安否の確認だと思い、二人が普段使っている寝室に向かった。
俺は覚悟していた。
二人の無残な亡骸を目にするのだと思った。
だけどそこには布団が敷かれているだけで何も無かった。
安堵する気持ちとそれなら両親はどこにいったのかという疑問が浮かんだ。
俺は寝室を出る。
もしかしたら入れ違いになったのかもしれない。
それに市営住宅以外にも一軒家もこの団地にはある。
もしかしたらスーパーも昔と変わらずにあるかもしれない、俺はそう思って二人を待っている事にしたら、気を抜いた所為なのか喉の渇きを覚えた。
台所に行き蛇口を捻ってコップに水を入れて飲む、変に鉄臭くも無く普通に水道が通っているなら両親は普通に生きているのだと安心した。
「あれ?」
俺は急に
視界がぐにゃりと曲って、ぐるぐると回り始めて俺はそのまま意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます