君が振り向いてくれるまで

仲咲香里

君が振り向いてくれるまで

彩花あやかの美しさの前だと、薔薇の花さえ霞んじゃうね」


 僕が微笑みをたたえ、彩花の髪を一筋手に取りながら囁く。

 そうすると、彩花は潤んだ瞳で僕を見つめ……


「やめてっ、寒気がする」


 ることなく、つれない態度で去って行く。


「えっ、あやちゃん待ってよぅ」


「情け無い声出さないでっ」


 追いついた僕は今度は彩花の手を握りながら、もう一度、彩花の顔を見つめる。


「ほら、捕まえた。彩花が歩く度、木の上の小鳥たちも、道端の子猫たちでさえ、動きを止めて彩花に見惚れてるよ。可哀想だから、ここからは僕がお姫様抱っこで……」


「この人、痴漢です!」


「わぁ! 違います!」



 これは、僕とあやちゃんの間で通学途中に毎朝交わされる日課みたいなものだけど、決してふざけている訳ではなく僕はあやちゃんのことが好きだ。


 真剣に大好きだ。


 だからこそ僕はあやちゃんに振り向いてもらうべく、こうして日々、甘い言葉で口説き落としている最中だ。


 今のところ十五年間、全戦全敗だけど。


 それこそ二歳の時に初めて言った(らしい)


「しゅき」


 から始まり、保育園で誓った


「ぼくとけっこんしよ」


 も、小学生の頃に勇気を振り絞った


「毎日手を繋いで帰りたいな」


 も、中学生で直球勝負した


「僕と付き合って欲しい」


 も、顔を見る度に言い続けたのに、全くあやちゃんに響くことはなかった。

 だったらもう、なり振り構わず、あやちゃんの心に刺さる一言を探り当てるしか僕に残された道はない。


 ツンデレなあやちゃんも勿論可愛いけど、たまには素直に「好き」とか言われたい。

 毎日、手を繋いで登下校して、放課後にはデートして、結婚……はまあ、焦らなくてもいつかはするわけだし。


 目下の目標は、あやちゃんに変な男が寄り付かないよう堂々と彼氏だって公言することだ。

 日々綺麗になっていくあやちゃんが他の誰かのものになるなんて、僕には耐えられない。



「もうっ、離れて歩いてよ!」


「彩花、そんな綺麗な顔で怒られたら、もっと好きになっちゃうよ?」




 生まれた時からお隣さん同士だった僕たちは、気が付いた時には一緒にいるのが普通で、それが当たり前のことのように好きになっていた。


 でも、本当は分かってる。

 今のところそれは、僕の方だけみたいだってことは。


 それでも、はっきりあやちゃんから嫌いって言われたことも、あやちゃんに彼氏ができたことも一度もないし、望みがあるのなら僕は諦めたくない。

 そして高校生になった僕が、これまでの全傾向から導いたあやちゃん攻略法が、王子様系の台詞を言うことだった。


 そうと決まれば話は早い。

 僕は片っ端からその手の漫画やアニメは元より、ネットやテレビ番組なんかもチェックして、あやちゃんの心を掴む一言を試しまくった。




「ねぇ、僕は彩花に生まれる前から恋してたって、信じてくれるよね。嘘だと思うなら僕の目を見て。その代わり、僕からはもう離さないよ」


「今夜は僕が彩花の夢の中に逢いに行くよ。僕だって寂しいけど、これじゃ永遠に眠れなくなっちゃう。だから、ね? おやすみ」


「僕が彩花に夢中なのは二人だけの秘密だよ。なんて、みんなにバレても僕はいいんだけどね。彩花が、僕のたった一人のプリンセスだってこと」





「えっ、何なの? 何の嫌がらせ? いい加減、通報するよ!」


「あやちゃん、それだけはやめて!」


 何度冷たくあしらわれようと、


「ほら彩花、だーめ。黒板じゃなくて、見るなら僕、でしょ?」


「見飽きた」


 ——えっ? 飽きる位、僕のことっ!


 たまに、こんな嬉しいこと言ってくれるのが僕のモチベーションに繋がっている。


 今のはやばい。

 三ヶ月振りの優しい言葉に、僕の目頭が熱くなった。



 でも、毎日こんな調子で一時間に一回はあやちゃんにアプローチしてると、書き溜めた台詞のストックも尽きてくる。

 僕はスマホのメモアプリを確認する。


 えーっと、あとは……


「彩花が欲しい物なら何でも買ってあげるよ」


「じゃ、ジュース買って来て」


「うん!」


 ——やったぁ!





 ……いや、流石にこれは違うって僕でも分かるよ?


 自販機に額を付けて苦悩する僕を、他の生徒たちが遠巻きに眺めているのが少し痛い。



 おかしい。

 突き詰めれば突き詰めるほど、あやちゃんが離れてく気がする。


 あやちゃんの好みは全て把握済みのはずなのに。

 あの憧れてるアイドルも、初恋相手も、先輩も、漫画やゲームのキャラクターだって、みんな王子様系イケメンだったのに。


 それなのにどうして?


 何て言えば、あやちゃんは振り向いてくれるんだろう。

 いつも相談に乗ってくれる売店のおばちゃんは、大興奮して喜んでくれるのに。




 僕がジュースを手に走って帰って来ると、いつからか僕には見せてくれなくなった輝くような笑顔で先輩と話すあやちゃんがいた。

 あやちゃんだけじゃなく、この高校のほとんどの女子が憧れてる、それこそ王子様みたいな先輩とお姫様みたいな顔して談笑してる。



 先輩なんて、あやちゃんが好きなジュースも知らないくせに。


「あやちゃん、これ……」


「あー、ありがとー! そうそう、これが一番効くんだよねー」


 そう言ってあやちゃんは、大好きな栄養ドリンクに向けて顔を綻ばせる。

 決して僕にじゃなくて。


 いつもそう。

 あやちゃんは僕以外には可愛い笑顔見せるんだよね。



「……ねぇ、あやちゃん。先輩とは、笑って話しするんだね」


「あ、そうだね。先輩の笑顔って王子様みたいに素敵だから、なんか嬉しくて私もつい笑顔になっちゃうかも」



 僕の前で、他の男のこと褒めないでよ。



「そう……。先輩と話せて嬉しかった?」


「うん、もちろん! だってみんなの憧れの先輩だよ? かっこいいし、話も面白いし。もう私、先輩と話せるってだけで緊張しちゃったぁ」


「へぇー、良かったね」



 僕の前で、他の男の話なんてしないで。



「で? 何の話、してたの?」


「あっ、あのね、週末にあるお祭りに一緒に行かないかって誘われたんだけど、これってデートって意味かな?」


「デ、デート!?」



 他の男とデートする話なんて、僕に、僕に……そもそも、僕以外とデートになんて行かないでよ!



「どうしよう。私、何着てったらいいと思う? やっぱりお祭りだったら浴衣かな? でもちょっと気合い入れ過ぎって、先輩引いちゃうかも。でもでもっ、折角なら可愛いって思われたいし。ねぇ、どんな格好したらいいと思う?」



 よもや、他の男の為に可愛くしたいなんて!

 あやちゃんって、ホントに……っ。



「……全然、分かってない」


「え?」


「こんだけ近くにいるのに、彩花が俺のこと一つも分かってないのが良く分かったわ」


「ど、どうしたの急に……?」


 いつもと違う、低い声で呟く俺を、彩花が戸惑いながら窺い見る。


「俺は彩花のこと、彩花以上に知ってる自信があるのに。なぁ、彩花は俺のことどこまで知ってんの?」


「ど、どこまでって……高校生にもなってまだ、あやちゃん、あやちゃんって邪魔くさい位寄って来る、頼りない、かなり残念な幼馴染ってことなら……」


「そんなの、彩花の趣味に合わせただけで本当の俺じゃないことぐらい分かれよっ」


「ええっ? 嘘! だって物心ついた時からずっと残念だったじゃないっ」



 俺は、彩花がこれ程までに俺のことを勘違いしていたことに愕然とするより、最早、悲しいを通り越して腹立たしいとさえ思う。



「残念なのはどっちだよ? トイレとお風呂以外は、ほぼほぼ一緒にいてやったのに……」


「そういうところが残念なのよ!」



 俺は一つため息を吐いてから、彩花の目を見る。



「分かんねーなら教えてやるよ。いいか、俺は彩花が他の男のこと褒めると妬くし、他の男の為に気合い入れた格好してんのなんて見たくない。デート行くって言われて、黙って、はいそうですかって、行かせるわけないだろ」



 熱が入り、思わず俺が彩花の方へ一歩寄ると彩花が一歩後ずさる。

 困惑気味に俺を見つめる彩花を他所に、俺はさらに続ける。



「言っとくけど俺、本当は彩花の方から好きって言わせたいし、彩花の方から手を繋がせたい。彩花が一度は言われたいって思ってる歯の浮くような台詞も、これは俺じゃないって言い聞かせながら無理やり口にしてんだよ」



 さらに俺が一歩進むと、彩花は校舎の壁際にまで追い詰められ逃げ場を失う。

 そこで俺は、すかさず彩花の両側から壁に手をつく。

 コンクリート壁に勢いよく手の平をついた実際の音はどうあれ、効果音的にはドンと聞こえた気がする。



「彩花、一回しか言わないからよく聞いとけ。俺は彩花が好きだ! 絶対、誰にも渡さない。彩花が俺のものになるまで、彩花に近付く奴がいたら遠慮なくさらってやるから。俺がどんだけ彩花のことが好きか早く気付けよ。彩花も本当は、俺のこと好きなんだろ? だったらしのごの言ってないで、さっさと俺に好きって言えよ!」



 言い切ってしまってから、僕ははっと気が付き慌てて壁から手を離した。


 あやちゃんからの言葉はなく、その場を静寂が支配する。


 しまった。

 終わった!

 俺様系男子はあやちゃんが最も苦手なタイプだから今まで隠してたのにー!



 案の定、顔を伏せたままであやちゃんがぷるぷると手を震わせている。



「……何、今の」


 掠れ気味に、やっと発してくれた一言がこれなんて……。

 もうダメだ。

 僕は完全に嫌われた。

 今更取り繕っても、もう遅いだろうか。


「あ、あのっ、あやちゃん。ごめん! 今のは違うから! 本当の僕は、ちゃんと残念な方だから……っ」



 僕の言葉を遮るように、あやちゃんが突如顔を上げ、潤んだ瞳で言った。



「もーっ、かっこ良過ぎだよっ。そういうの待ってた。うん、私もずっと、好きだったよ?」



 僕の母の記憶によると、十四年振りにあやちゃんが僕に抱きついた。



「えっ、そっちーっ!?」

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君が振り向いてくれるまで 仲咲香里 @naka_saki

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