ホラーリレー小説 2話

現夢いつき

第2話 ホラーリレー小説

「道理で、貴君はあんなことを訊いてきたわけだ。いやはや、面白いことになっている。ああ、とはいえ、貴君らにとっては厄介以外の何物でもないのか。ふむ。私だったら、両手を挙げて喜ぶところなのだがなあ」


 前回遭った幽霊について詳しく語ると、先輩はそう言った。当事者でなからそんなことを言えるんだと最初は思ったが、どうもそうではないらしい。聞くところによると、かなりの心霊体験を経験しているそうだ。

 一度の経験でもう一生分の恐怖を味わったと思っていた俺達とスケールが違いすぎる。高校とは違い、いくら私服で通学することが許される大学であっても、着流しを好んで着ているのは彼しかいないはずだ。そして、すらっとした四肢に角刈りの頭。まさに創作の世界から飛び出してきたのではないかというほどキャラが立っている。

 友樹の紹介がなければ、正直、同じ大学にこんな人がいるとは思わなかっただろう。聞いても新手の都市伝説か何かだと思ったに違いない。


「とはいえ、今回貴君らが訪ねてきた何も、こんな感想を聞くためではなかろう?知りたいことがあったのだろう? ――一年という期間を省略できないかと。大方、そんなところであろう。ふむ、図星だなあ。とはいえ、私も適切な指示ができるわけではない。何せ、一年間近づけなかったというのは、私の体験談なものでね。そういう意味では、私もアレの正体は全くもって知らない。知らないままに、うやむやのうちになかったことにしようとした口さ」


そこまで聞いた時、俺たちは少しばかり内心がっかりしてしまった。しかし、続けて言われた内容は、損なった俺たちの心を回復させてもなお余りあるものだった。


「ただし、何も解決法がないわけではない。幽霊に近い存在に妖怪というものがある。そういうものには得てして何らかの意味があるのだよ。そして、意味があるものは名前で縛られているものだ。妖怪は人間が作ったものだからね、我々の使う道具とそういう点ではあまり変わらないのさ。

 ここでは馴染み深い例として妖怪でこそないが、東の杜霊園を挙げてみよう。地名に方角が入っているところは、大方その地域の城から見てどの方角かで決まっていることが多いのだが、あそこも微妙にその名残を受けているのさ。旧城跡から見れば確かに東なのだが、正確には、あそこは北東に位置している。北東――つまり、鬼門だ。あそこに霊園が作られたのは、不吉な方角に誰も寄り付かず莫大な敷地があったという理由がある。しかし、不吉なところに、霊園があるだなんていかにも妖しい。だから名前で縛ったわけさ。杜という漢字にはふさぎ止めるという意味があるからね。そういう意味では、名前でもって不吉なものを町に出ていかないようにしているんだ。ある意味、本質を表しているともいえるのかな。

 と、流石に話過ぎたか。ともあれ、そういうわけで名前は非常に強い強制力になるし、そのものの本質を表しているのだよ。もうこの後は、察しのよい貴君らならわかるね?」

 俺は首を振った。

 分かるわけがない。そこまで頭の良かったほうではない俺たちは、この大学に入って悪知恵しか使わなくなったことで、学問的衰退を確定させた。そんな状態の俺達に察しのよさを求められては困る。


「はあ、まあ、そうだね。如何いかんせんヒントが少なすぎたかもしれないねえ。つまり、私が言いたかったのはねえ、その幽霊に名前を付けろということなんだ。とはいえ、簡単なことではない。というのも、幽霊は妖怪とは違うんだから。つまり貴君らには、あの幽霊の本質を見極め名前を付けて妖怪化させた上で無力化してもらいたい。私はこれが面倒くさくて諦めた質なのだがねえ」


 先輩はそういうと、時間を口実に俺たちの前から去っていった。

 黒い着流しは、白を基調とした大学の廊下にひどく映えていた。




 そんな話をしてから十数時間後のこと――つまり、午後十時に俺は友樹からの呼び出しを受けて、夜道を歩いていた。

 どうしてこのような状況に陥ったのかというと、友樹が心霊番組を見てしまいひどく怯えてしまったからである。正直、俺よりもでかい体躯をしている男の看病など、まっぴらごめんなのだが、前々から気になっていた店を奢ってくれるとなれば、行かない手はなかった。

 友樹の下宿先と俺の下宿先はおよそ一キロ離れている。歩いて行っても15分で行ける距離だ。


 田んぼが街頭チラチラと散見できるこの田舎道において、頼れるのは街灯の光だけである。それ以外は、闇がその一帯を支配していた。


 ふとあの幽霊のことを思い出してしまった。

 青白い顔に白いシャツ――それが、俺の頭の中で笑った。口角を上げたその表情はおもちゃを前にした子供のように純真で、ただ、その生気のなさはマネキンのようだ。奴の手が上がったそれはやがて方の位置で停止する。その指先には俺がいる――!


 やめろ! ここでそんなことを考えるんじゃない!

 一キロのうちおよそ五割を歩いたところで立ち止まった。一生懸命頭の中から奴を追い払おうとしたが、その妄想は留まることを知らない。俺の背後から奴の顔がにゅっと出ている。眼球だけを動かして俺のことを見ているのだ。やがて、鼻が曲がるような生臭さが俺の鼻腔をくすぐり、首筋には生暖かい息遣い――っ!

 しかし、そんな俺の妄想は直後に途切れた。


 ヒューョー。ヒューョー


 その声は決して大きかったのではない。むしろか細かったといって言い。だが、あのような妄想に取りつかれていた俺を恐怖させるには十分すぎた。

 べったりとした汗を背中に感じるような余裕もなく、走り出した。


 あと数百メートルもすればこの田舎道は終わる。だから、俺がこの道をそのまま走り続けたのは結果的には正解だったが、実際は、恐怖によりそこまで頭が回らなかった。ただ、後ろを向くのが怖かったのである。

 あの奇妙な男に追いかけられている。あの男は笑っている。――もはや、トラウマになってしまったように脳裏にベッタリと付着したそれを払しょくする術はなかった。

 無我夢中で走っても、あの口笛のような音が聞こえる。か細いはずなのに。

 友樹の下宿先に近づき、雑音が多くなってもそれが耳から離れることはなかった。あの音が忘れられない!


 友樹はそんな俺を心配しながら部屋に入れた。相変わらず、雑多にものが置かれているせいで清潔感のない部屋になっているが、今はそのごちゃっとした感じがかえって俺を安心させた。

 出されたホットミルクを、ちびちびと飲むと、体の芯から末端まで熱が染み渡るように感じられた。ほっとしたせいか、思わず泣きそうになったが何とか堪える。これでは、どっちが助けに来たのか分かったものではない。

言おうか迷ったが、こんな俺を見るのが珍しいのだろう友樹がどうしてもと食い下がったので、ここに来るまでの体験を話した。


 怖がっていた友樹はどこに行ったのだろうかと思ったが、実際は彼も恐怖心六割好奇心四割という微妙な心境で聞いたに違いない。

 神妙な面持ちで聞いていた彼は、しかし、俺があの口笛のことを言うとほっと息をついた。


「ああ、そりゃあ、トラツグミだろうよ。あいつら、夜中になくしな。それに、ある天皇はあの鳴き声を聞き続けて、恐怖のあまり死にそうになってたらしいし。まあ、俺だって夜中にあの音を聞くのは勘弁だがよお。まあ、本当の怪奇現象にあっている今、そんなものは恐るるに足らないさ!」


 そう笑った。それを聞いた俺も、安心したせいか笑った。

 先輩が言っていたこととは少し違うのだろうが、確かに、わけのわからないものに名前がつくのは、説明がつくのは気持ちがいいものである。少なくとも、先ほどまでの粘着質な不気味さはなくなっていた。




 その後、この地域にトラツグミなど生息していないことを知り、俺達は戦慄する羽目になるのだがそれはまた別の話。

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