第5話

ガルシアは江からスケッチブックを恭しく受け取ると、

「いいですよ。そんなにたくさんのことは言っていませんでしたが…」

と自信なさげに言った。するとすかさず江が

「構わない。もれなく書いてくれ。」

と言う。


江からの指示を受けたガルシアは手近にあったボールペンを使ってスケッチブックに書き込んでいく。諫早はその様子をぼんやりと見ながら、少し自分の肩を江に密着させる。

いつもなら「諫早の方から寄ってきてくれるなんて…」などと言い嬉しそうな表情をするのだが、今は諫早の動きにも気づかないようで、特に何の反応もしない。


仕事に集中しているようでとても良いことだ。そう諫早が満足げにうなずくと、情報を書ききったガルシアが二人の方を向いた。

「できましたが、それほど多くありませんよ。」

「ありがとうございます。」

自身なさげに言うガルシアに対し、諫早が代わりに礼を言う。江は早速書いてもらった内容を覗いている。

「本人が言っていたのは自分の借名、所属する宗教団体、三カ月、大岳会に自由を奪われていたということのみか。」

自分に言い聞かせるように江が確認する。

「大岳会によって拘束されていた時の様子を聞いたりしましたか?」

「聞きました。ですが『何も覚えていない』というばかりで…。」

「その時の様子は?」

江が横から立て続けに質問する。

「その時もただ、淡々と話している感じで、そういえば命からがら逃げてきた割にはやけに冷静だなと感じました。話しぶりに迷いがありませんでしたし」


そう聞いて、江は手を顎に当て、うーん、などという声を発している。諫早とガルシアはそんな江を見つめ、しばらく黙っていた。諫早と同じく、ガルシアも気が長い方らしい。

「ありがとう。」

珍しく江がお礼を言ったと思ったら、考え事は終わったようだ。もう出口に向かいかけている呼応をガルシアが引き留め、

「お二人とも、これから大岳会の調査に?」

と聞く。

「はい、そうしようと思っています。」

「お気をつけて、主はあなたとともにあります。」



三、


「江さん、この事件は何かおかしいと思っているんでしょう。」

車に戻りながら諫早が話しかける。

「違和感を共有しましょう。私もなんとなく変な感じがしたんですよ。」

今さっき思いついたように伝える。ともすれば一人で勝手に捜査しがちな江に先手を打った方が良いと、この数年間の間で諫早は十分に学んでいた。

江はうん、といってうなずき、話し始める。江は車のキーをしきりにさすっていた。


「保護された人、横手さんが三か月間も大岳会に拘束されていたのなら、そのことに関して聞かれた時に何らかの反応があるはずなんだ。」

やけに目立つイエローの車にたどり着いた。ここからはひとまず荷物を降ろすため、予約していた宿に向かう予定だ。

「というか写真、やせ細ってはいたけれど特に暴行など受けた形跡がなかった。ガルシアに話した時の様子なども考えると、記憶を失うほどのショックがあったとは考え辛い。」

「目の前で肉親が殺されたとか、よほどのことがあったとか。」

「まあそういうことはあるかもしれないが…。横手さんに残っている記憶に関しても違和感がある。」

そう言って江がアクセルを強めに踏む。その影響で身体が大きく前に動き、諫早はひやりとした。


「諫早も考えてみろ、もし山の中に行って、三カ月と拘束されてしかも何かショックな出来事があったとすると、信仰する宗教の正式名称や、自分が拘束されていた期間を迷いなく覚えていると思うか?」

「正式名称はまだしも、期間は厳しいですね。拘束されていた部屋にカレンダーでもない限りは。」

「そうだろうそうだろう。拘束されていた期間は迷いなく言えるのに自分の本名を覚えておらず、家族や親族のことも一切忘れているとは、なんというか、都合がよすぎる。」

イエローの派手な車が日本の一般的な民家の間を抜けていく。ここがヨーロッパのおしゃれな街、それこそパリか何かであればよく似合っていただろう車だ。

諫早がぼうっとしている間に、車は青梅駅近くの宿へと近づいていた。


「まるでこうやって警察に捜査してもらえるのを求めているかのような、そんな感覚がする。」

「警察に捜査してもらいたい、ということはやはり大岳会には何か裏の顔でもあるのでしょうか。でも本当に捜査してほしければこんなまどろっこしいことをしないのでは?」

「表立って頼めない事情があるのかもしれない。なんにせよ、世間一般に言われている大岳会と実際は異なっているらしい。これはアツい夏になる予感…!」

江がハンドルを強く握りしめて不謹慎な発言をする。江と初めて捜査を行った時はこういった不用意な発言に諫早が怒り、二日間口を利かなかった。

いまはもう慣れてしまったが、諫早が不愉快に感じるのは変わりない。だが現段階ではまだ江は大きなトラブルを起こしていないので諫早は自分の心に無理やり納得を付けた。

「そろそろ着きますね。運転、ありがとうございます。」

「うん、じゃあ代わりに私の荷物も持ってくれ。」

江のリュックには本が詰まっているのでどう考えても重いのだが、運転してもらっている身だ、仕方がないと思い諫早は二人分の荷物を持つ。そとではセミがうるさく鳴いていて、都内にいるときは気づかなかったがようやく日本にも日本らしい夏が来たようだ。

「私のリュックに汗を付けたら許さないからな。」

「無茶言わないでください。だったら自分で持ってくださいよ。」

諫早が眉をひそめてそう返すと、江が真夏の太陽を背にしてからからと笑った。


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イリーガル・プレイ~警視庁公安部宗教団体等調査課~ 青梅  @awashima-23

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