第2話 北のドラゴンの山

とりあえず、研究テーマを決めた俺は、はりきった。


というか、よく考えたら、名前くらい教授に聞けよ、と思うのだけれど、そこは手も握ったことのない女の子のこと、話題になどできないのである。


早速図書館に行って、何かを知ることのできる魔法の材料を調べた。


何かを知る魔法には、敵の強さを知る魔法や耐性を知る魔法、ついでに明日の天気を知る魔法なんてのもある。まあ、最後のは実習で失敗作として紹介されたものなのだが。やはりどんなに魔法が優れていようとも未来を知ることは難しいことが示されていた。


結果、何かを知るためには、ノレジー草を使う必要があるらしい。


あとは、イメージ変換をする必要がある。何かを変換するためには、変換の石を作らないといけないらしい。

変換の石は、インプットを与えると変換してアウトプットする機能を持った錬金物で、コンバディ石を清めの水で煮立ててできるらしい。


ということは、コンバディ石を清めの水で煮立てて変換の石を作って、ノレジー草のしぼり汁を加えてさらに煮ればよいのかもしれない。


善は急げだ!


「えっと、コンバディ石はどこにあるかというと・・・北のドラゴンの山?」


北のドラゴンの山とは、この辺ではなかなか見れないヘルドラゴンの密集地帯で、かなり経験を積んだ傭兵にしか入れない場所だといわれている。


これは、大変だ。


こういうとき、多くの人は、傭兵を雇って材料を取りに行く。もちろん、自分が十分強ければ、一人でも行けるのだが、いかんせん俺は戦闘を専攻していなかったので、本当に弱い。その辺にいるスライムにぶつけられただけで、死ねる自信がある。スライムに肩があるかどうかは知らないが、肩をぶつけられたとしたら、「スライムさん、すみませんでした!」と謝るしかない。


そのため、傭兵を雇う必要がある。しかし、強い傭兵ほどお金がかかるため、ちょうどいい強さにしなくてはならない。北のドラゴンの山となると、100カールはかかるだろう。俺の1か月の小遣いが10カールだから、結構な額だ。


しかし、彼女の名前を知るためなら、惜しくない。

俺は、貯金箱から100カールを取り出して、酒場へ向かった。


あ、もちろん、お金持ちは自分で取りに行かずに1000カールくらいでコンバディ石を高級店で買うそうだ。世の中は金でできているのである。


酒場は、様々な傭兵が酒を飲みながら客待ちをしている。

俺は、ぐるりと見渡して、戦士系がいいのか魔法系がいいのかと考えてみた。

結局よくわからなかったので、マスターに聞いてみた。


「あのー、北のドラゴンの山に行きたいんだけど」


マスターは驚いた顔で言った。


「あそこに行って何するんだい」


俺は答えた。


「コンバディ石を拾いに行きたいんだ」


マスターは笑った。


「ああ、コンバディ石採取なら北のドラゴンの山といっても麓だからヘルドラゴンに出会うことはないよ。ちょっとまっておいで。」


マスターは隅のテーブルに行き、貧相な戦士を連れてきた。戦士はムキムキ感は全くなく、どちらかというと細マッチョな感じで、おしゃれな剣を担いでいる。ここでいうおしゃれとはほめ言葉ではない。そんな剣で戦うのか、と思うような華奢な剣なのである。


「こいつはパディ、コンバディ石採取ならこいつが格安だよ」


俺は、そのパディに聞いた。


「その・・・、北のドラゴンの山には結構言ってるんですか?」


パディは笑って答えた。


「やっぱり、戦うなら目標は高い方がいいじゃない?だから自分を鍛えるためにも北のドラゴンの山の仕事は積極的に受けることにしてるんだよねー」


マスターが割って入った。


「パディは、コンバディ石採取の手伝いを30カールでやっている。なんでも顧客志向なんだそうだ」


パディは楽しそうに言った。


「やっぱり、いまの傭兵ビジネスも顧客ファースト。カスタマーサティスファクションを得てリピートしてもらうのが大切。ついでにいえば、顧客との関係を強化して生涯価値を増やすのも大切。」


俺は、こいつなにいってんだと思ったが、30カールで頼めるということで、パディに頼むことにした。パディは、聞いた。


「今からすぐでいいのかい?」


俺は答えた。


「お願いします。」


パディは、少しかっこつけた顔で言った。


「よし、ついてきな」


俺はパディに連れられてラディバーンの街を出た。街を出ると、人はほとんどいなくなり、少し不安になる。昔、父親に連れられて食べ物の材料を取りに行ったことがあるが、あまりにも昔過ぎて覚えてはいない。パディがラップを歌いながら前を進む。なぜラップなんだろう。こういうときは、壮大な音楽が流れるもんなんじゃないだろうか。パディは、「スライムが放つエキス、ライム味!」などといっている。全く持ってよくわからないが、それにしても本当に頼りになるのかは疑問である。


と、そのとき、草陰から音がしたと思ったら、スライムが現れた。青く透明なそれは、ピョンピョン飛びながらこちらにとびかかってきた。


「いてっ」


俺の体力はそこそこ減った。半泣きになった。振り返ったパディがおしゃれな剣でスライムをばっさりと切り捨てた。スライムは溶けてその場にスライムの破片を残していった。パディはそれを見ていった。


「このスライムの破片は買っても安いんだけど、ものを柔らかくする魔法に使われる素材なんだよ。持っていくかい?」


俺は、別に柔らかくしたいものなんてないからいいといった。しかし、貧乏性というのはほんとに困る。いらないと分かっていても、持っていきたくなるのだ。


「どうせ使わないからいらないよ。早くコンバディ石を取りに行こう」


パディは、呪文を唱えて歩き始めた。さっきスライムにぶつけられて減った体力が回復したのか、俺は少し元気になった。


「回復魔法使えるの?」


「簡単なものはいくつか覚えてるよ。昔は僕も逃げては回復魔法逃げては回復魔法で色んな所に旅したもんだよ。で、この辺だとそうないんだけど、北のドラゴンの山でドラゴンに殴られたときは即死だったなあ。たまたま頂上にある材料を拾いに来た賢者が蘇生魔法を使ってくれたから助かったけど、あれがなかったら僕はこの世にいなかったね。」


「へー、即死するんだ」


「あ、ちなみに、蘇生魔法は持ってないから、君が死んだらどうにもできないよ。ドラゴンに会うことはないと思うけど、もし会ったら一目散に逃げてよ」


「へー、蘇生魔法ないんだ」


俺は、そこそこビビり始めた。途中、鬼ふくろうが肉を落としたりしたので、パディが食べさせてくれた。取りたての鬼ふくろうの肉は、街で買うのよりも新鮮でおいしかった。道沿いに成っている果物も食べさせてくれた。さすがにこの辺のものだったので街で買うことができるものだったが、やはり気分が違った気がする。


そんなことをしている間に北のドラゴンの山にたどり着いた。パディは、あたりを見回していった。


「コンバディ石は、麓から少し歩いたところにあるから、多分ドラゴンはいないと思うよ。とにかく登ろう。」


俺は、パディについて山を登り始めた。


ふと、空が暗くなった。パディと俺は同時に空を見上げた。ドラゴンが真上にいた。パディが言った。


「あれは。ヘルドラゴンの子供がいつもより遠くまで来たのかもしれない。子供といえどもドラゴンだよ。ここに少し隠れよう」


岩が出っ張っていて、上からは見えにくい場所にパディは俺を誘導した。

ドラゴンの影はまだ俺たちの上を旋回している。


「子供だから、まだ攻撃の経験がないのかもしれないな。大人ドラゴンだったら間違いなく、とびかかられてる。


おれは、さっきの即死の話を思い出した。即死したらこのパディには蘇生魔法がないんだよなあ。ということは完全に死ぬんだろうなあ。死ぬって痛いのかなあ。オルゴルド教授の娘の名前も知ることができないのかなあ?


俺が勝手に絶望したころに、パディが言った。


「いなくなったようだ。まさかこんな麓にまで来るとはな。最近少し世界的に気候が変わってるというし、変な世の中だな。」


再び、俺たちは歩き始めた。そして、5分進んだ頃に、パディが叫んだ。


「ここらへんだよ。ここらへんにあるのがコンバディ石だ。好きなだけ持っていけばいい」


俺は、OKマークの丸くらいの大きさのコンバディ石を3こほど集めた。そして、山を下りることにした。


酒場につくと、俺はパディに30カールを払った。


「まいどー。また指名してくれよ。何だったら直接連絡くれてもいいし。一応名刺渡しておくよ」


名刺には、パディ傭兵事務所と書かれていた。なんか、売れないタレントでも抱えてんじゃないかと思える名前だった。


俺は、研究室に戻った。


「よし、これで試せるぞ」


しかし、よく考えたら、清めの水もないしノレジー草もない。


「あー、一度に集めておくべきだったー」


俺は、何と頭が悪いのか。

調べてみると、残りの2つは、さっき通った道のすぐそばにあったらしい。

ついでに取ってきていればもっと楽だったのに。

とはいえ、今日はもう疲れた。

明日にしよう。


またスライムにぶつけられたらやだなー。

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