異世界は意識高い系ビジネスブーム

ミナグチヒロキ

第1話 卒論が書けない

俺はアルス。

魔法学校で、新魔法の研究をしている。

新魔法といっても、だいたいの魔法は実用化されているので、本当に「新」といえるようなものは、最近生まれていない。


俺は今、魔法学校の卒業を間近に控えていて、卒業論文を書いている。

ほとんどの生徒は、背中のかゆみが止まる魔法とか、本を1ページめくる魔法とか、どうでもいい魔法を作ってそのできるまでのあれやこれやを書いて終わらせている。


しかし、俺はそんなつまらない魔法なんかじゃだめだと思っていた。

すごい魔法を作り上げて、歴史に名を残したいと思っていた。


問題は、自分の才能だった。


「アルス君、卒論は終わるのかね?」


オルゴルト教授が声をかけてくる。

俺は、魔王を一瞬で葬り去れる魔法でもできないものかと研究室で考えていた。

もちろん、歴史上の有名な人物が、様々な即死魔法を作り上げているのだが、魔王に効く即死魔法は実現されていない。


この世界は、魔王軍と国王軍が戦いながら、一進一退を繰り返している。とはいっても、どちらも「今くらいでちょうどいい」と思ってるのか、ちょっとした雑魚同士でやりあっている程度である。そのため、案外世界そのものは暗いわけでもない。


教授が続ける。


「魔法を作った後の論文も重要なんだ。もう時間がないぞ。とにかく何でも作ってみることが大事なんだ。」


「それは分かってるんですが・・・」


教授は仕方なさげに言った。


「私のアイデアでよければ聞くかね?」


俺は、少し期待して答えた。


「なんですか?」


教授は真面目な顔で言った。


「鼻毛の伸びが遅くなる魔法とかどうかね?いつも切るのが大変だといつも思ってるんだ」


俺は、がっかりした。

しかし、たぶん、今の俺にはそれすら作る能力がないかもしれない。

とはいえ、くだらないプライドが湧きあがってきて言葉になった。


「もう少し考えてみます」


「そうか。とにかくテーマを決めた方がいいぞ。魔法の価値はニーズだ。必要とされる魔法を作るのが一番いい。」


教授は、そう言い残して、研究室を出ていった。


この世界の魔法は、この世界にあるものを使って呪文として錬金することで使えるようになる。つまり、魔法の発明者として認められるには、誰もが再現できる錬金の手順を論文にする必要がある。魔法学校では、その手順を論文にする作業を学ぶことになっている。もちろん、どの材料を使えばどんな魔法ができるか、という学問もあるし、どの魔法がどんな種族に効くかという学問もあって、それらについても学んできた。


「ニーズねえ」


俺は、そんなに何かを望んだことはない。ニーズといわれても、あまりピンと来ないのだが、この世界の魔法ビジネスの基本らしいのである。


研究室の扉が開いた。俺は、扉の方に目をやった。


「あれ?父さんがここにいるって聞いたんですけど」


入ってきたのは、たぶん誰にとってもかわいいと思われる見た目の女の子だった。俺は死ぬほど驚いて、あたふたした。そりゃそうである。この魔法学校は男子校なのだから。はっきりいって、かわいくなくても女の子がいれば驚くのである。


「あの、どちら様ですか?」


女の子は頭を掻いて頭を下げた。


「あ、わたし、オルゴルトの娘なんですが、お父さんを探してるんです」


俺は驚いた。

鼻毛の伸びを遅くしたいオルゴルト教授の娘がこんなにかわいいなんて。


彼氏いるのかな、僕のこと好きなのかな、いやそもそも何歳なのかな、とわけのわからないことになりながら答えた。


「オルゴルド教授なら、さっき出ていきましたけど。」


その娘は、少し考えて、言った。


「すれ違っちゃったか。どうも失礼しました。」


扉がばたんとしまった。


そういえば、大事なことが。


俺はニーズを見つけた。


「頭にイメージした人の名前を知ることができる魔法」を作ろう。


こうして、俺の卒業論文に向けた研究が開始した。

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