もうひとりの私
中村ハル
二重の歩く者
ドッペルゲンガーに会うと、死ぬ。
というが、たぶん、日本の都市伝説なのだろうか。
海外のドッペルゲンガーの定義によれば、死ぬ間際の人が目撃することが多かったことから「死の前兆」と言われてはいるが「会うと死ぬ」わけではないらしい。
ちなみに私は北海道の旅先で、目を向くほど瓜二つの人に会ったことがある。
お互いに固まった。髪型もそっくりで、全く陳腐な言い回しだが、鏡を見ているよう、としか形容ができないくらいだ。
でも、私ではない、ちゃんとした別の人だった。もじもじしながら、少しだけ話をした。確か、声は似ていなかった。
しかし。
私ではない、違う人かどうか、分からないことが何度かある。
私が出会ったわけではない。
ドッペルゲンガーらしく、第三者に目撃されている。
ありがちな顔といえば、ありがちな顔なのだ。
始めに「ん?」と思ったのは、まだ小学生の頃だ。
住んでいた団地で遊んでいたら突然見知らぬ子どもたちに「高橋さん!」と呼びかけられた。
最初は子供同士にありがちな、見間違いだろうと思って、知らん顔をした。
ところが。
「ねえ、高橋さん、どうしたの、こんなところで」
と顔を覗き込まれる。
明らかに、目と目が合う。顔を確認する。向こうは、にこにこと、3人ともさも親し気に笑いかけている。
私は、ひるんだ。高橋ではない。
「なんで、無視するの」
「ねえ、どうしたの、私たち、何かした?」
「や、高橋じゃないです…中村です」
「なに冗談言ってるの、ね、遊ぼうよ!」
押し問答が続いて、怖くなって、私は脱兎のごとく逃げ出した。
それを境に、小学校で。
「あれ、さっき、4組にいたよね」
私は1組だ。4組の教室には、いっていない。
中学校で。
「中村さん、今、旧校舎にいたじゃん!」
「いたよね!」
「え、中村さん、ずっとここで私たちと喋ってたよ?」
「また魂出てたんじゃない、よく学校内のあちこちにいるよね」
高校で。
「なんで、さっき、理系の教室にいたの?」
数学で200点満点中35点を叩き出した私に、理系なんて、近寄りがたくて無理です…。
大学では。
「6号館から、どうやって、ここまで先に来たの?」
「学生会館まで10分かかるから、物理的に無理でしょ…」
みんな、私を見たという。
それも「昨日、どこどこの街で見たよ」ではない。
今さっき、あっちにいた、とクラスの子たち、同級生が、口々に言うのだ。
声をかけたけど、気が付いてもらえなかった、と。
「また魂が出ちゃってるよ、しまってしまって」
もはや、私が都市伝説である。
しかも、毎回「あっちにいたよ」と言ってくる人は違うのだ。同じ子ならば「またまた御冗談を」で済むのだが、いたって普通に、みんなが見たという。
でも、「あっちにいた私」と言葉を交わした人は、誰も、いない。
誰なのだ、と思う。
大学ともなれば規模も人数も大きく、顔の似た人の一人や二人いるだろうが、小学校中学校は団地の中にあったので、ほぼ全員が顔見知りだ。9年間もいて、間違えるはずもないし、同級生どころか別の学年にも、似た人など一人もいなかった。
誰、なのだ。私の顔をして、あっちで歩いているのは。
大人になってからは、さすがにそんなこともなくなった。
その代わり、接客業をしていたせいか、街中で声を掛けられることは増えた。
「あ、あの人、知ってる!知ってるけど、どこで会ったんだっけ」
指をさされて、道の向こうから叫ばれたこともある。
お店であったのだと、思いたい。その人が出会ったのが、漏れ出てしまった私ではないと思いたい。
そうして。
昨年のこと。
Instagramを眺めていた私は、ぎょっとした。
私の写真が、載っているのだ。
私が着ているような服、私と同じ髪型、私の首の傾げ方、笑う時に右側の唇が強めに歪む癖、テーブルに付いた左手の指の印を結ぶような形。
見知らぬお店で、カメラに向かって笑っている私。
これは、一体、誰なのだろう。
拡大して見ても、私にしか、見えない。
でも、こんなお店は知らない。
こんなシチュエーションで写真を撮られた記憶はない。
だとしたら、これは、誰なのか。
「これ、私かな」
間の抜けたセリフと共に、何人かに見せたが全員が「ハルちゃんでしょ」と言った。親にも見せた。やっぱり、私に、見えるよね。
慌てて、私は、幼馴染に写真を送った。
3歳の頃から、高校卒業まで、登下校も、休み時間も、放課後も一緒だった。
大学、就職はさすがに別だが、誰よりも、私に関しては見慣れているはずだ。
幼馴染が、私だといえば、それはもう、私なのだ。
「え、何言ってるの。別人だよ。全然、違うじゃん」
「…むしろ、どこが…?」
「どこがって…全部。どこも似てないよ」
すぐに返信が返ってきた。
全然、どこも、似ていない。
逆に、私は、ぞくりとする。
どこが似ていないのだろう。似ていないといわれると、どうしてこんなに落ち着かなくなるのだろう。
一体、私は、何をもって、自分を自分と認識しているのか。
すべての境が崩れて、魂が抜けだしてしまいそうだ。
もうひとりの自分と出会うとは、こんな心地がするものなのか。
私は今も、その写真を見返すのが、怖い。
もうひとりの私 中村ハル @halnakamura
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