儚い花火

あのきき


 僕は花火を見ていた。

 透き通った空に咲く、儚い花。大きな音を立て、一瞬で舞い散ってしまう。


 僕の隣には花火のより美しい少女がいた。

 そんな彼女が「綺麗だね」と笑うだけで、僕の心は踊り、鼓動が早くなる。

 でもきっと、この鼓動の音は彼女には聞こえてないだろう。花火が鼓動の音を掻き消す。聞こえてしまえ、などと思う弱い僕を見透かすように、花火が大きな音を立てて空へ昇り、高く咲く。


「綺麗だ」


 多分、彼女に対して言ったのだと思う。無意識に声が零れてしまった。

 綺麗な浴衣から真っ白な肌を覗かせ、花火を見上げるその少女。まるで花火の光が彼女だけを照らすような、そんな感覚に陥った。


「綺麗だね」


 彼女は花火を見上げ、言葉を返す。

 純粋に花火を楽しんでいるようだった。


 彼女にとって、隣に誰がいるかなんて、大した問題じゃない。


 そう、これは――これはきっと叶わない恋なのだ。


 きっと彼女にとって僕は数いる男友達の一人で、恋愛対象にはなっていなくて。一緒に花火を見に来てくれたのも気まぐれで――。

 そんな考えが頭をグルグルとぶん回る。

 つらい。苦しい。胸が張り裂けそうになる。

 花火の音が僕の頭を、心臓を強く叩く。


 できるものなら、今すぐにでも想いを伝えたい。好きだ、と叫びたい。

 だが、僕は彼女の笑顔を見るたびにどんどん弱くなっていく。


 彼女が笑うたびに僕に彼女は不釣り合いだと気付かされる。

 僕にとって彼女は高嶺の花で、花火みたいに高くって、手を伸ばしたところできっと届かないのだ。


 彼女が笑うたびに僕はその笑顔を離したくなくなってしまう。

 想いを伝えて、彼女との今の関係――二人で花火に来れるような関係を壊したくはなかった。恋愛対象になっていなかったとしても、そんな仲の良い一人の友達としてでも一緒にいたいと思った――。


















――――――嘘。




 ――僕はきっと自分が彼女に釣り合わないなんて思っていない。

 彼女の為ならどんな辛いことにもきっと耐えられるし、誰よりも大切に――誰よりも幸せにする自信だってある。

 彼女の笑顔を離したくない、彼女との関係を壊したくない。なんて、自分が弱い人間であることを否定するために彼女を利用した。

 自分が惨めで、最低で、嫌になる。

 そして僕はまた彼女の笑顔に救いを求めようとしている。


 自分に幻滅した途端、心が軽くなったような気がした。


 僕は彼女に想いを伝えようと思った。

 今ならば、どんなに酷く振られようが、きっと全てを受け止められるだろう。


 呼吸を整えて、視線を花火から彼女へと移す。彼女と視線が合ってから――


「――好き」


 僕が発した言葉はそれだけだった。

 横で大きく咲く花火。彼女を照らす明るい光。彼女の透き通った瞳に僕が見える。


 驚いた表情をして、考えて――そして、彼女は語り始める。


「本当はね、知ってたんだ。キミが私のことを好きだって――」


 彼女は視線を花火に戻して続ける。


「――だから、今日も来たんだよ? 今日が最後だから」


 切なそうに花火を見上げる彼女は、花火のように儚げで、どこかに消えていなくなってしまいそうにも思えた。


「私ね、明日、引っ越すの。だから――」


 彼女は視線を僕へと向ける。


「――だから、私はあなたを振ります」


 それは、変わらない結末だっただろう。

 例え、彼女が引っ越すことになっていなくとも、振られていたに違いない。

 これが彼女の優しさなのだ。


 彼女の優しさに触れた途端に、涙が溢れてきた。

 不器用な優しさだ。ハッキリと断ってくれた方が諦めもつくのに。

 溢れた涙を零さない。これが今、僕が彼女の為にできる唯一のことだから。


「……うん、わかった」


 きっと僕は酷い表情をしている。

 歯を食いしばって、今にも零れそうな涙を持ちこたえる。


 彼女は、笑顔を見せてから「ごめんなさい」と。そう言った。

 僕も「ありがとう」と笑顔を作った。

 涙は零れていたかもしれない。けれど、彼女が断ってくれるまでは持ちこたえた。

 それで充分だろう。


「私、引っ越しの準備あるから――じゃあ、また、いつか」

「――ありがと」


 手を振って、彼女は帰っていった。

 きっと、これも彼女の優しさ。この先、会うことなんてないだろう。


 花火がうまく見えない。涙で滲んで、鮮やかな色だけが弾けていく。


 軽くなったはずの胸が痛む。

 涙が溢れて止まらない。

 胸の中に花火の音が響く。



 その瞬間、僕は膝から崩れ落ちた。













 ――泣いて。声が枯れるまで、涙が無くなるまで、哭いた。










 きっとこの恋は叶わないように出来ていたんだと思う。

 それでも全力で足掻けるくらい僕は彼女のことが好きで。自分なりに全力で足掻いて、頑張ったところでダメだった。


 でも一つ、僕にもわかることがある。


 ――きっと。いや、絶対に。この恋は無駄じゃないということだ。


 この恋は、自分に向き合うチャンスをくれた。

 この恋は、人を好きになる気持ちを教えてくれた。



 そして、この恋は──叶わない恋を教えてくれた。








 気づけば涙が止んでいた。

 目は腫れているし、泣き疲れて、少し眠い。


 家に帰ろうと歩き始めると、最後の花火が打ち上げられた。

 今までで一番大きな音を立てて昇った花火に、足を止める。


 次の瞬間、夜空に火花が舞い散った。

 それは、地球を覆いつくすように大きい花火。

 涙が枯れた目が大きく見開く。

 時が止まったように、長く咲いたその花は、ゆっくりと枯れていく。


 この一瞬を咲き誇る花。

 傷ついた心が一瞬で癒えていくような感覚。


 儚く消えていくその花は――

 ――その花は、きっとこの瞬間、世界で一番美しかった。

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儚い花火 あのきき @uzu12key

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