Look Up In The Sky

こむらさき

大丈夫、不安じゃない

「絶対幸せになれよ」


 ふと、彼の声が聞こえた気がして思い出してしまった。私の初恋とその終わりを。

 だから、忘れないようにここに書き留めておこうと思う。

 あの日は嘘じゃないって。

 本当に、彼はこの世界にいて、確かに、私達と一緒にあの時を生きていたんだって。

 だってあんまりだもの。私達の時間は望んでいても、そうじゃなくても進んでいってしまって、あの頃一緒にいたみんなはどうしても変わっていって、もちろん私も変わっていくのに、あの人だけは変わらない。

 彼がいなくなって私はそれからも恋をして、大切な人と出会えて、結婚式が間近に控えている。

 結婚ってものをすることになってやっと彼がもうこの世にいないってことを実感できたのかもしれない。

 


 彼、雅明は良く言えば目立つ男子で、悪く言えばヤンキーではないけれど不良のたぐいだった。

 髪を明るい色に染めて、先生に反抗し、全員が所属を強制されていた部活には所属こそすれど幽霊部員というやつで、所謂暴走族に入っていると噂されている男の子たちと仲良くしていたという印象が強かった。

 別世界の人間だ…そう思って小学校から一緒だったけど、関わらないようにしていたにも関わらず、私は中学二年生になって彼と同じクラスになった。

 中学二年生の一学期学級委員を任された私は、先生に反抗したり、勉強もせずに授業中に私語を話している彼を疎ましく思っていた気がする。

 猫っ毛でやわらかい髪の毛をミルクティーみたいな色に染めて、クラスの男子たちと笑っている姿をいつの間にか目で追う日々が増えた。

 先生に言われたこともあって、彼に注意することも多かった私は絶対に嫌われてると思ってた。嫌われてるは言いすぎかもしれないけど、良くは思われてないと思ってた。

 それでも、それでも少しでも話ができると嬉しくて、少しでも関わりたくて私は彼に文句を言いながらノートを貸したり、先生からの伝言を伝えたりって積極的に関わろうとして、それで、いつの間にか、本当にいつの間にか「兼井かねいは雅明が好き」と噂されるくらい私は彼が好きになってた。

 中学時代の恋愛なんて、本当に好きになってしまえばなんでもカッコよくて、中学二年生の時の文化祭、雅明は他のクラスの不良の子たちとバンドを組んでステージにあがったときもわざわざ文化祭の実行委員の仕事を調整して彼のステージを見に行った。

 アンコールで上級生を無視して彼らのバンドが出て演奏をして「来年は出演停止だってさ」と笑っていっていた彼のことをすごくよく覚えてる。

 雅明は、なんとなく儚げで、どこか自暴自棄で、でも優しくて…勉強が苦手で担任の井上先生とは折り合いが悪い、そんな男の子だった。

 そんな雅明は、いつの間にか髪を染めるのをやめていた。中学三年になってしばらく経ったときな気がする。

 なんで染めるのやめたの?と聞いたら「もうやんちゃするのは飽きちった」と笑っていって「早すぎでしょ」って周りから突っ込まれてまた笑ってた気がする。

 恋人でも仲良しの友達でもないクラスメイトの私には、彼になにがあったのかわからないけど、それから雅明は変わった。

 成績は5段階評価でオール2だった彼は、あれだけ折り合いの悪くて仲が悪かった担任の先生とよく話すようになっていたし、遅刻魔だった彼は早朝に学校に来て先生に担当科目の英語の個人授業を頼んでいた。

「兼井さ、数学得意じゃん?ちょっと教えて」

 そんなことを頼まれて、頼られたのが嬉しくて私は早朝や放課後、彼に勉強を教えた。

 雅明は、優作とやっくんって男の子にも勉強を教えてもらっていたし、自習の時間も前までなら課題なんて全然やらなかったのにクラスのおとなしめだけど勉強が得意な女の子にわからない問題を質問するようになってた。

 雅明のおかげなのか、もうひとりの男子だか女子だかわからない林ちゃんのおかげなのか私達のクラスはすごく男女仲もよくなってて、いじめがなかったわけでも登校拒否がいなかったわけでもないけど、それでも他のクラスにはない団結感があった気がする。

 雅明は、最初は無理だって言われていた進学校に合格して、私達は卒業式を迎えた。

 覚えているのは、クラスで避けられていた問題児の子や、嫌われていた女の子にも「せっかくクラス一緒だったんだし、最後くらいはちゃんと書いてもらいたいじゃん」と、他の男子にひやかされながらもへらっとあの綺麗で儚い笑顔を浮かべながら卒業文集に寄せ書きと、みんなが持ち始めた携帯電話の連絡先を交換している彼の姿だった。

 その後、酒盛りをしようと誘われたけどさすがに私は中学生だしって断ってそのままさようならをして…高校生活を順調に始めた。

 会えなかったけどメールをちょくちょくするようになって、私は彼に告白をした。

 なんて断られたのかは忘れてしまったけど、彼は優しくて、私もふっきれて林ちゃんの元カレに告白されたからなんとなく付き合ったりして、それでもうまくいかなくて、アッサリ別れて、たまに雅明とメールして、雅明の彼女の話とかたまにして、それでメル友って感じのまま高校生活は過ぎていった。

 思えば、大学受験のときから不穏な話は耳に入っていた。

 国公立の大学に入るには彼の高校はちょっとおバカで、塾にも行けない彼は独学で受験科目をしなければいけないらしくてノイローゼ気味になってるって優作から聞いたりもした。

 家が近所だからたまに会ったりして、心配して話をしたりした。

「俺みたいな落ちこぼれでダメなやつを見捨てなかった井上先生みたいになりたい。だからがんばるわ。ありがとな兼井」

 そう言って笑って手を振る彼の言葉を、私は多分信じたらだめだった。

 だんだん疎遠になって、でも私はずっと雅明が好きで彼氏も作れなくて、雅明は絶対に応えてくれなくて叶わない公認片思いのまま高校を卒業して、私は進学して、雅明も無事に大学に受かったよって聞いて喜んで、あっという間に成人式を迎えて、久しぶりにみんなと会って、話して、近況報告をして、雅明となんでか2ショット写真を撮って「大学受かったよ」とか「井上先生もよろこんでくれて」なんて言い合って、笑って、また会おうねってみんなで約束して、私は、私達3年2組のみんなはまたばらばらになった。


 あの冬の日。新年の慌ただしさが終わって、急に見知らぬ番号から電話が来た。

 誰だろう…そう思って電話をとって、それが雅明が死んだことを知らせる電話なんて思わなくて、でも雅明が死んだって連絡が雅明のお母さんから私に来て、私の頭は真っ白になった。

 それからすぐ、優作とやっくんから連絡が来て二人も雅明のお母さんから連絡が来たって言ってて、とりあえず、私達は中学の時の連絡網をひっぱりだして片っ端から3年2組のみんなに連絡をした。

「嘘でしょ?」

「冗談はやめろって」

 私もそう思いたかった。雅明のお母さんから教えてもらった通夜と告別式の日にちと会場を伝えてどっと疲れたのを覚えてる。

 それからもうあっという間に通夜になって、私達が受付を済ませて並んでいると、私と優作とやっくん、それから他のクラスだった何人かが雅明の家族に呼び出されて、ノートを見せられた。

 明確にはわからないけど、遺書だったんだと思う。

 何人かが名指しをされてメッセージが走り書きされていて、私は上から二番目に名前があった。

 他の人へのメッセージは読む余裕なんてなくて、ただ「俺なんかを好きでいてくれてありがとう、俺のことは忘れて絶対幸せになれ」って書いてあって、呼吸ができなくなるくらい泣いた。

 優作とやっくんはずっと「俺ら、前日話したんだよ。なんでわからなかったんだろう止められたはずだった」って言っててどうしようもなくて、首を吊って死んでしまった雅明は顔が綺麗で死んじゃったなんで嘘でしたって言いそうで…。

 3年2組のみんなも雅明の顔を見に来て、先生も「この前、教育実習を終わらせて一緒にご飯食べて…先生になったらって話をしたのに」って泣いてて。

 小中の同級生だけではなく、大学の同級生も来たおかげで雅明の葬儀は席が大幅に足りなくてパイプ椅子を出さなきゃいけないくらいの規模で行われた。

 思い出して、色々あったことや雅明と話したこと、彼の表情も声も、思い出そうとするのに頑張ってもこれくらいしか思い出せなくて、あんなに毎日一緒にいてあんなに好きだったのに…と歳月が流れることの残酷さと優しさに胸が苦しくなる。

 雅明のことを鮮明に覚えていたら、確かに私はずっと苦しくて辛かったんだと思う。人の機能として忘れることは効率的だ。それでも、それでも言いようのない感情に私の心は踏み荒らされたようになって苦しくなる。


 雅明が焼かれて骨だけになってしまった日に思いきり泣いたけど、なんとなくただ連絡を取らなくなったり、会えなくなっただけで彼が本当に死んでしまったという実感がなかった。

 なんとなく…なんとなく、雅明の死は日々の記憶から消えていって、でも「幸せになれ」だけ覚えてて、彼と知り合って結婚をして、式に誰を呼ぼうって考えたときにやっと「そっか…雅明は本当に死んじゃったんだ」って改めて思ってしまった。

 結婚をしたよ、江原の子供はもう四歳で、林ちゃんも結婚して子供がいて、それで湯元は市役所に努めてて、ねぇ…優作は警官になったんだよ?

 雅明は…ずっと…ずっと先生になりたかった大学生のままで…ずっと時間が止まってて「ねぇ雅明はどんな三十歳になったの?みんなでまた会おうっていいたいのになんで貴方はいないの」って考えて涙が止まらなくなった。




 結婚式の招待状を投函した時に見た空は真っ青で、勢い良く吹いた風に乗って雅明の声が聞こえた気がした。

 時期が時期おぼんだし、私が不安で迷ってないか心配して見に来てくれたのかなって思いたくて、私は小さな声でつぶやいた。


「大丈夫、絶対に幸せになる。私、本当に今幸せだよ。ありがとう」

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