第4.5話 少年との出会い

 相談室を出ると、早速納得いかない様子で話しかけてくる。

「お父さん!!彼の生徒会辞退を認めてもいいの!?」

「だから、学校ではちゃんと校長先生と呼びなさい。不知火先生」

 この元気一杯すぎて空回りしている若い女教師は不知火梓。私の娘である。去年から私が校長を務める、この青ヶ原高等学校に教員として勤めているのだが、まさか彼の担任になってしまうとは……


「うっ……失礼しました校長先生。改めて、本当に彼の辞退を認めてもよろしいのでしょうか ?」

「認めるも何も、本人にやる気がないのなら仕方ないだろう」

 そもそも生徒会は強制ではないのだ。今までたまたま辞退する生徒がいなかっただけで、他の学校では生徒会入りを断るなど当たり前のことである。

「それに彼をこれ以上説得したところで、なにかしらの効果があるとは思えん」

 彼のことだ、余計に考えをこじらせて、もっと悪い方向に進むだろう。もしかしたら不登校もあり得る。

 梓の表情を見ると、さっきより納得いっていない様子が伺えた。

「……校長先生と黒宮くんはどう言ったご関係なのですか?わたしは公園でたまたま仲良くなったくらいにしか聞いていませんが……」

「本当にその通りだが?」

「それだけでは無いはずです!……わたしは彼の担任です。彼がどんな子なのかを聞いておく必要があります」

 梓は好奇心を持ってと言うよりも、何か覚悟を決めたような顔でこちらを見てくる。

「そうか……わかった。彼の個人情報に関わらないところだけお前に話そう」

 正直、久しぶりに彼に会って少し昔話がしたくなってたところだ。梓で発散させてもらおう。


 さて、何から話そうか……


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 彼と出会った時のことを、今でも昨日のことのように覚えている。

 それは去年の秋頃だった。学校での仕事が終わり、車で家に帰っていると、たまたま昔娘とよく遊んだ公園が目に入ってきた。なんの巡り合わせかはわからないが、いつもは通り過ぎるその公園に、なぜか寄ってみたくなったのだ。時刻は5時前、晩飯までまだ時間があるし、家も近かったので散歩でもしようと公園に向かう。


 車を公園の脇に駐車し、園内を気まぐれに歩く。途中、娘が小さい頃にお気に入りだった遊具などを見て、少し懐かしい気持ちに浸っていた。

 その日は一日中天気が良かったから、西に沈む夕日が、驚くほど綺麗だったのを覚えている。


「……お前!!……いい加減にしろよ!!」


 向こうの人影の方から怒鳴り声が聞こえた。

 初めは何事かと驚いたが、そういえば最近ここら辺で、不良たちが問題を起こしていると学校で聞いたことを思い出す。

 暴力沙汰なら教師として止めなくてはならないと、怒鳴り声のする方へ向かった。


 近づいていくと、複数人いることがわかった。声からして10人は下らないだろう。もしかしたら、今時大人数の乱闘かもしれないと急いで状況を確認しにいく。


 その予想はある意味裏切られた。

 そこで起こっていたのは大人数同士の乱闘ではなく、大人数がたった1人の少年を袋叩きにしていただけのリンチだった。15人ほどいただろうか……。

 少年は服も顔もボロボロで地面に横たわっている。

 私はすぐに助けないとと思い、少年たちの元へ駆けつけようとした。しかしその瞬間、リンチをしていた側の1人が叫びだしたのだ。


「お前!!いい加減にしろよ!!なんでまだかかってくるんだよ!!もう良いだろうが!!」


 私はふと、ある違和感に気づく。ボロボロになった少年の周りにいる不良少年たちの表情が、何かを恐れているようだったのだ。

「こっちはもう許すって言ってんのによ……。なんで向かって来るんだよ!!勘弁してくれよぉ……」

 1人はとうとう泣き出してしまった。

 一体どう言うことだ……。私は少年を助けるのを忘れてしまうほど、その異様な光景に見入っていた。

 すると、横たわっていた少年がゆっくり動きだした。


「……勘弁してくれだ?……ふざけんな……」


 少年は掠れた声でボソボソと呟きながら立ち上がる。


「お前らがはじめたんだろうが!!勝手に終わらそうとしてんじゃねーよ!!俺は死ぬまで向かってく……。お前らが何回俺を半殺そうと、俺はやめない。……俺に勝ちたいなら殺すしかねーぞ」


 よく見ると、少年も泣いていた。でもそれは恐れとか怒りとかではなく、何かを諦めたような、そんな涙だったと思う。


「なんなんだよ……お前よぉ…」

 不良たちの顔は恐怖で満ち満ちていた。それはそうだろう。いくら不良だからと言って、見たところ彼らは中学生くらいだ。それでこれほどまでの覚悟を見せられたら泣きたくもなる。


 私はふと我に帰り、その子達を止めに入った。その時の私は不思議なことに、少年の方を助けるためという気持ちはあまりなかったように思う。どちらかと言うと、不良たちがあまりにも哀れに見えて止めに入ったに近い。


「……そこまでだ。全員そこを動かないように!」

「うわぁ!やべっ!」

「あっこら!!待ちなさい!!」

 不良たちは少年1人を残して散りじりににげてしまった。


「君!大丈夫か!今病院に……」

「おいおっさん。お前余計なことしてんじゃねーよ」

 少年のそばに駆けつけた瞬間に、私は胸倉を掴まれていた。

「落ち着きなさい!!何があったかはわからないが、とにかく手当てをするのが先だ!私の車で病院に向かう」

 私は少年の腕を掴み返し、説得をする。

「うるせぇ!!余計なことすんじゃねーって言ってんだろ!!あいつら絶対に殺してや……」

「話を聞きなさい!!」

 できる限り声を張り上げる。少年はそれで驚いたのか、少し落ち着いていた。

「……顔の腫れがひどい。すぐに病院に行こう。大丈夫、私はすぐそこの高校で教員をしているものだ。信じなさい」


「……すいません。ご迷惑をおかけします」

 正気に戻った彼は、驚くほど礼儀正しく、大人しかった。そのことがより一層彼への興味を沸かせたのだろう。

「君、名前は?」

「……黒宮真一です」

 これが、私と彼の出会いだった。


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「……そんなことがあったんですね」

 梓は悲しいような驚いたような不思議な表情を浮かべる。

「あぁ……。それがきっかけで、ちょくちょくその公園で会うようになってね。黒宮くんといろいろな話をした」

 打ち解けるまで大変だったが。


「お父さん……私も、彼に心を開いてもらえるかな?」

「それはお前次第だろうね。彼を理解して、彼にあった道に導いてやるのが担任としての使命だよ。彼だけじゃない、君のクラス全員のことを言っているんだ。不知火先生!期待しているよ」

「わかりました。私は私なりに、彼らに向き合いたいと思います」

「それでいい……」


 これから先、彼らがこの学校でどんなドラマを起こすのかは私にはわからない。

 ただ、それが喜劇、悲劇どちらであれ、彼らの高校生活はとても美しいものになるのだろう。


 私はそう確信している。




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俺はヒーローになれない BUNBUN @BUNBUN618

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