第4話 彼女とは

 先生達が教室を出たので俺も帰ろうと思い出口に向かう。

 すると後ろからまたあの声が聞こえた。


「待ちなさい!」

 いやもう帰らせてくんねーかな。


「……なに」

「あなた、一体どういうつもり?」


 白崎は明らかにイラついた口調で質問をしてくる。

「どうもこうも、さっき言った通りだよ」

 まぁ校長との会話は意味わかんなかっただろうけど。


「1年で生徒会に入ることができるのは学年首席だけ。毎年それを目指して死に物狂いで努力する生徒だって多くいる。それでも辞退するというの?」

「あぁ、他人の努力とか俺に関係ないからな」

 俺の言葉を聞くと、白崎は一瞬だけしかめっ面になった。俺への不信感を抑えているのだろう。いや不信感って、俺何もしてなくね?

 そもそもこいつにしろ、先生にしろさっきから何なんだ。生徒会入んないってだけで大袈裟すぎだろ。どんだけ俺と一緒にいたいの?


「……何だお前。俺に生徒会に入って欲しいのか?」

「いいえ。そんなはずないでしょう気持ち悪い」

うん、あれだ。俺こいつ本気で苦手だわ。いやめちゃくちゃディスってくんじゃん!なんなの!怖いんだけど!


「じゃあ何なんだよ……」

「私の友達が、体力テストで首席を狙っていたの……生徒会に入るためよ」


 あーそういうこと。努力して首席狙ってた友達が俺みたいなのに負けたのが気に入らないと。あらためて俺全然悪くねーな。

 白崎はため息を吐くと、俺をまるで不審者を見るような目で見てきた。


「まぁ、あなたなんかに負けるんだもの、彼もまだまだみたいね」

「いや、知らねーけどよ……。

 お前ら生徒会とかそんなめんどそうなのよくやりたがるよな」


 ほんと考えられねーわ。生徒会なんてアレだろ?先生に媚売って、やらなくてもいいような雑用して、その割に見返りが内申点だけのブラック委員会だろ?まぁ、偏見だけど。


「あなた程度の価値観と一緒にしないで。私は私の目的、目標の為に生徒会に入るの。めんどうだとか考える余裕はないわ」

「……さようで」


 随分と自分に厳しいようですね。どうでもいいけど、他人にはもう少し優しくしてくれてもいいと思う。


「だから、あなたの様にめんどうか楽かで判断している人を見ると虫唾が走るの。その意識の低さでよく青ヶ原に受かったわね気持ち悪い」

 もうボロクソやん。気持ち悪いが口癖になっちゃったのかな?それにしても流石に言い過ぎだ。俺もだんだんムカついてきたわ。

「よく受かったわねって……俺首席だから。つーかその意識低い俺に、意識高いお前の友達は負けてっからな」

「そうね、そこが腑に落ちないわ。彼は私の知っている中でもかなり優秀な方よ。それに努力も惜しまなかった……あなたが勝てるとは到底思えないのだけれど」

 だから知らねーよ誰だよそいつ。

 白崎はそれっきり考え込んでしまった。


 ……もしかしてこれ帰るチャンスじゃね?


「……たまたま調子でも悪かったんだろ。まぁそれでも勝ちは勝ちだしなその優秀な友達にザマーミロとでも言っといてくれじゃあ俺はこれで!」

 よし!まくし立てながらどさくさに紛れて帰る作戦決行!

「待ちなさい。まだ話は終わってないわ」

 あえなく失敗。いやほんとしつけーわ。

「なんだよ!いい加減帰りてーんだけど」

 少しキレ気味に言い放つ。

 白崎は考えるのをやめると、俺の目を真っ直ぐ見つめながら口を開いた。


「あなた、私の手伝いをする気はない?」


「……はぁ?」

 こいつ、今度はなにを言い出してんだ……。

「全然意味わかんねーんだけど」

「そのままの意味よ。黒宮くん、私の目標のために力を貸してくれないかしら?」

 いやいや、どうしたこいつ。とうとう頭おかしくなったのか。

「何の冗談……」

「冗談なんかじゃない。私は本気よ」

 食い気味できた。白崎は依然として俺の目を見つめている。照れるからやめて欲しいなー。

「……そもそも目標ってなんだよ」

「ええそうね、そこから説明するのが礼儀だものね」

 こいつのことだ、総理大臣とか言い出してもおかしくない。この学校で学力首席なら、そのくらい言ったって説得力がある。それとも世界征服か……。とにかく何を言っても驚かないようにしよう。むかつくし。


「私の目標は……」

 なんだ?総理か?世界征服か?


「みんなが笑顔で楽しく過ごせる学校を作ることよ」


「………………おう」

 ものすごくまともでびっくりした。なんか世界征服とか考えていた自分が恥ずかしい。


「どうかした?」

「……いや、普通すぎて逆に意外で……」

「どんなのを想像してたの」

 世界征服と総理大臣です。


「確かにどこの学校にもある普通の目標よ。でもこれが達成された学校を私はみたことがない。だってどの学校も掲げるだけで本気で目指してないもの……。でも私は違う。絶対に私の手で現実にしてみせる。いじめも、差別も、非行もない学校を私が作り上げる」


 彼女は真剣だった。自分の目標を語るその姿は、すこし狂気じみたものを感じさせるほど真剣で、美しかった。彼女なら本当に実現できるかもしれない、そう思ってしまうほどの説得力をそこに感じた。


 でも、それでも……。


「だから、あなたの才能を私に貸し……」

「いじめは無くならねーよ」


 俺はもう信じない。


「……どうしてそう言い切れるの?」


 彼女の口調は冷たかった。そりゃそうだ、自分の目標を真っ向から否定されたんだもんな。


「……歯車なんだよ、いじめっこもいじめられっ子も。社長とか、部長とか、先輩後輩とかと同じで、それが全て揃ってやっと成り立つ。だから無くならないんだ」

 そういう風に出来てしまってる。一つでもかけるとおそらく成り立たない。だから無くならないし、無くすこともできないんだろう。

「そんなことない、イジメなんか無くたって社会は成立するわ!」


 あーそうか。こいつは経験がないんだ。


「白崎お前、いじめたこともいじめられたこともないだろ」

「……えぇ。それがどうしたというの?だからわからないんだとでも言いたいわけ?」


「まぁ聞けよ。

 何でいじめっ子っていなくならないと思う?

 学校の授業とかテレビで散々ダメだって教えられるのに、必ずクラスに1人はいるだろ」

「……。いいから早く言いなさい」

 白崎は俺を睨みながら続きを促す。


「多分あいつらっていじめてる自覚がないんだよ。全くない訳ではないかも知んないけど、それでもいじってるだけとか、あいつにも原因があるとか、そうやって正当化してやり続けるんだ。だからどれだけ言ってもいじめは無くならない」


 そうじゃないと、俺は納得できない。そうじゃないと、人は余りにも醜いだろ。もし、あいつらに自覚があって、人が苦しんで悩んでいることを知りながらやっていたのなら、それこそどうしようもない。


「でも……それでもいじめられて苦しんでる子がたくさんいる!心優しい子たちが虐げられているなんておかしいわ」


 心優しい?いじめられっ子が?


「……確かに、優しいやつもいるだろうな。自分がいじめられても、いじめはダメだって言えるすごいやつもいるんだと思う。でも、ほとんどがそんな余裕ねーんだ。できれば代わってもらいたいし、何で俺なんだって心の底から思う。自分がいじめられるくらいなら、いじめる方になりたいって本気で思うんだよ」


 少なくとも、俺はそうだった。

 少しの間が空いた。彼女を見ると目に涙を浮かべている。

 ちょっと喋りすぎたかな、こんなつもりじゃ無かったんだが。


「……だから黙って諦めろというの?……そんなの間違ってる!」

 彼女は必死に涙を堪えた目で、俺を睨みつけていた。

「あなたに昔何があったかはわからないし、確かに私にはいじめの経験がない。でも……いじめられていた子を知ってる!苦しんで、それでもどうしようもなくて、命を絶つしか方法がわからなかった子を知ってる!

 それでも、黙って見ているなんて私にはできないし、するつもりもない!」


 静かな教室に綺麗な声が響く。俺は涙を流しながら訴えている彼女を、ただ眺めるしかできなかった。




 ……ん?涙を流している?

 マジで?

「お、おい、お前泣いてんのか?」

「う、うるさいわね!……ぐすっ……こっち見ないで!」

「マジか……」

 まさかの泣き虫キャラ……

 最初そんな感じじゃ無かったじゃん、ドSっぽかったじゃん!

 あれこれやばくね?こんなとこ見られたら俺の高校生活が1日目にして終わっちゃう……


「悪かった!俺が悪かったから!だから泣き止んでくれ!な!」

「……泣いてない」

 いや泣いてんじゃん!何こいつめんどくさっ!

「とにかく!お前の言いたいことはわかった!」

 納得はしてないけどね!

「……じゃあ、ぐすっ……手伝いなさい」

 く、くそ、そうくるか……。

「……わ、わかった。でも、俺にも条件をつけさせてもらう」

「……何よ」

「俺は生徒会に入らないし、表立って手伝うこともしない。ただ、お前の目標に間接的にでも近づけるようなことならたまに、たまにしよう。それでもいいなら手伝う」

 そう、これが絶対条件。いくら女の人に泣かれた経験がなくてテンパっててもこれだけは譲れない!


「……そうね。それでかまわないわ」

「よし!だったら用は済んだな!俺は帰る!」

 俺は居た堪れなくなり、急いで帰ろうとする。


「黒宮くん!」

「まだなんかあんの?」

 いい加減にしてくれよ。


「……私の目標のみんなには、あなたも入っているから。それを忘れないで」

「……」

「それと!……本当に泣いてないから」

 鬼も凍るような目つきでこっちを睨んできた。見なかったことにしろってことね……

「了解……」


 こうして、今度こそ、俺の高校生活1日目が終了した。

 ながかったなー。


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 家につくと、美咲が晩御飯を用意していた。していたのだが……。


「……何これ」


「見たらわかるでしょ。ご飯」


「いやそうだけど……ご飯しかないよ?」


 食卓を見ると、本当にご飯しかない。そう白飯のみ。日の丸ですらなかった。


「朝ごはんに今日の食費ほとんど全部使っちゃったからね!夜はこれだけ!」


 バカなんだろうかこの子。


「……もういいや、いただきます」

 ツッコム気力も残ってねー……。


「あっ!卵もあるよ!」

「いただきます……」













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