#2 ホームルーム

 入学式で宣言された英雄科と魔王科の統合。いくつもの抗議の声が上がったが、統合が覆ることはなかった。

 

 式の後、英雄科と魔王科の生徒は、英雄科の教室のある勇気の塔に集められた。

 教室には30人の生徒が集まった。英雄科15人、魔王科15人だ。


 講堂のときと同様、人族と魔族で教室は真っ二つになっていた。



 新しいクラス……もう目立ちたくないとか言ってられん。

 あの学院長、容赦なく留年にしやがったからな。手を抜くのは程々にしよう。


 まずはコミュニケーションだ。クラスに溶け込むことで、円滑な学院生活を送るのだ。


 よし、まずは隣の席の奴に話しかけてみよう。爽やかにだ。


「よう!俺は六万 悠真。これからよろしく!」


「パーリナイ!」


 ……


「な、名前聞いてもいいか?」


「パーリナイ」


 …………


「外の桜見ただろ?すごい綺麗だな!」


「パーリナイッ!」


「……それ、無理あるだろ」


「パーリない……」


「盛り上がってこうぜぇぇぇぇ!!!」


「――パァーリナァァァァァイ!!!」


 な ん だ こ い つ !!!


 俺はコミュニケーションの難しさを知った。



「それにしても、フィオが魔王科だったとは……」


 俺は先程知り合ったピンク髪の美少女へ目を向ける。

 彼女は魔族の女の子たちと談笑していたが、こちらの視線に気がつき歩み寄ってきた。


「やあ、さっきはどうもありがとう!」


 それは、この場の均衡を崩す行為だった。

 互いを警戒し接触を避けていた両種族は、一斉にフィオに目を向ける。


「(これが吉と出るか凶と出るか……)ああ、気にすんなよ。それより、フィオが魔王科だとは思わなかったよ」

 

 これがわざとなのか天然なのかは分からないが、ここでうまくやれば人族と魔族の状況も多少は良くなるだろう。

 

「ボクは見た目は人族と変わらないからねぇ。ユーマこそ、留年生だとはレアキャラだね!」


 なんかすっごい煽られてる気もするが、ここで友好的な態度を見せつければ、他の人達の警戒心も薄れるはず。

 

 そう思い会話を続けていると、魔族の男が割って入ってきた。


「はん!人族と親しくするなど、魔族の恥さらしめ!」


 彼の名は、マッケンジー・フォン・スペルニクス。魔族の有力貴族の次男坊で、次席入学の秀才だ。


「(……出たよ。どこにでもいるんだなぁこういう奴)何を言ったところで、英雄科と魔王科の統合は確定事項なんだ。仲良くしろとは言わないが、せめて和を乱すようなことはしないでくれよ」


「ふん、落ちこぼれが。貴様のような下賤な輩が学院の品位を下げているのだ」


 マズい……場の雰囲気が悪くなってきている。このままでは――



「そこまで。言い争いはみっともないわよ」



 凛と響くその声は、教室中の注目を集めるには充分だった。

 

 声の主は、講堂で見た魔王科の女の子だった。紅蓮の煌きを帯びた燃え上がるような赤い髪に短くねじれた角が生えている。自信に満ちた藍色の眼は、人を惹き付ける魅力を放っている。

 彼女は、セシリア・フォン・カルブンクルス。魔族の名門貴族、カルブンクルス公爵家令嬢であり、主席入学の非の打ち所のない美少女だ。


「スペルニクス君、あまり人を貶めるような発言は謹んだほうがいいわよ。学院の品位を疑われるわ」


「ッ……!セシリア嬢がそう言うのであれば、ここは控えておこう」


 顔を赤くして引き下がるマッケンジー。怒っているというか……照れてるのかあれは?どちらにせよ、気があるなあれは。意外な弱点を発見してしまった。



 険悪な雰囲気を何とか脱したところで、救いの手を差し伸べてくれた天使に向き直る。


「どうもありがとう。どうなることかと思ったよ。俺は六万 悠真、よろしく」


「いえ、礼には及びませんわ。わたくしはセシリア・フォン・カルブンクルスと申します。それにしても、魔族と人族の確執には飽き飽きしてしまいますわね。勇者フォルス様の意志に背く行いですわ。それに、せっかく同じクラスになったのですから仲良くしないとね」


「君みたいに友好的な人がいてくれて助かったよ。初日からこんな感じだと、先が思いやられるからね」


「他にも、人族と友好的な魔族は大勢いらっしゃいますわ。全ての魔族が非友好的なわけではないということを知っておいてほしいですわね」


 公爵家令嬢であるセシリアが友好的な態度を示したことで、魔族側は表立って敵対することはできなくなっただろう。幸い、人族側に好戦的な奴は今のところいない。ひとまずは安心していいだろう。



 一段落したところで教室の扉が開かれた。

 中へ入ってきたのは、やる気のなさそうな顔をしたオッサンだった。


「う~しお前ら席につけ~。…………よし、俺がこのクラスの担任になったガトウ・ザナックだ」


 このダルい感じを全身から漂わせているオッサンは、生徒からガトさんと呼ばれ親しまれて?いる人族の教師だ。

 正直、このオッサンにこのカオスなクラスの担任が務まるとは思えない。


「――え~、というわけで、まず最初にクラス委員を選出してもらいたい。人族と魔族で一人ずつだ。主に俺が楽をするために」


 あ、だめだこいつ。丸投げする気満々だ。



 こうして、クラス委員決めが開始された。魔族の方は満場一致でセシリアに決まった。

 問題は人族だ。面倒くさいことが目に見えているのに、自分からやりたがる奴なんているわけがない。お互いをあまり良く知らない中で、他薦もためらわれるこの状況。場は膠着状態になりつつあった。


「パーリナイ、お前どうなんだよ」


「パ!?」


 そんな中、パーリナイをイジって遊んでいると、魔族側から声が上がった。


「ユーマでいいんじゃない?一年先輩だし、学院のことも詳しいでしょ」


「え!?ちょっ、何言ってんすかフィオさん?!」


「う~しじゃあセシリアと悠真で決定な。めんどくせえから今日はここまで。後は寮に帰って荷解きでも何でもやってくれ。かいさ~ん」


 ガトさんはそう言ってあっという間に立ち去ってしまった。


 他のクラスメートが解散していく中、俺は呆然と立ち尽くしていた。

 すると、横を通りすがったマッケンジーが捨て台詞を吐いていく。


「……僕は認めないからな」


 ええぇぇ~~――




 ヴィスティス魔導学院は全寮制であり、男子寮と女子寮に分かれている。

 部屋は二人部屋で、ルームメイトは基本同学年だ。


 寮に帰ってきた俺は、自分の部屋に向かっていた。

 今日から新しい部屋になるため、ルームメイトとは初めて顔を合わせることになるだろう。


 部屋に着きドアを開けると、そこには服を脱ぎかけた女の子がいた。

 

「す、すみません!!」


 慌ててドアを閉める。

 え?ここ俺の部屋だよね?ていうか男子寮だよね?なんで女の子が着替えてんの?などとパニクっていると中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「……ユーマ?どうしたの?」


「その声は、フィオか!?」


「うん。あ~どうやらボク達、ルームメイトみたいだね。よろしく~」


「あぁそうなのかよろしく……って待て待て待て!ここ男子寮だぞ!」


「そうだね……」


 そして次の瞬間、フィオはとんでもないことを口にした。



「――だってボク、男だし」



 え。


「ええええぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

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