#1 入学式

 春、このヴィスティス魔導学院では、満開の桜とともに入学式を迎えていた。


「お兄ちゃん!早くしないと遅れちゃうよ!」


 俺、六万むつま 悠真ゆうまは、今年入学する妹を連れ入学式の会場である講堂に向かっていた。


「急がなくてもまだ時間あるだろ、愛理あいり。そもそもお前が案内して欲しいって言うから来ただけで、式に出る気はないからな」


「そんなこと言ってるから留年するんだよ?」


「うるさいなぁ。いいんだよ去年聞いたんだから。だいたい話なげえんだよあの学院長」


 そんなことを話しているうちに、目的地にたどり着いた。講堂には多くの新入生が集まっており、喧騒に溢れていた。


「(知っているやつばかりでもないだろうに、なんてコミュ力だ……)」


 既に仲良しグループが生まれつつある講堂内だが、明確に分かれているところがある。人族と魔族だ。両者はまるで磁石の同極のように近付こうとしない。しかし、それも仕方がない話だ。人族と魔族の全てが仲が悪いわけではないとはいえ、たちの悪い奴はいるからな。


「じゃあ、ありがとねお兄ちゃん。研究科はこっちだから」


「ああ」


 愛理は研究科の集まっている方へ行った。


 ヴィスティス魔導学院には5つの課がある。エリートコースの魔王科、英雄科。魔道具を制作する魔道具科。錬金術を学ぶ錬金科。そして魔法や超能力の研究を行う魔導研究科だ。それぞれの科には塔があり、学院はこの5つの塔を頂点とした五芒星を象っている。


 愛理が通うことになる魔導研究科は、変人が多いことで有名だ。正直心配である。


「ま、あいつならうまくやるだろ」


 式に出るつもりのない俺は、その場から引き返す。式が終わったあとにクラスごとにホームルームがあるため、それまで時間を潰さなくては。


 適当にぶらついていると、中庭に出た。すごく寝心地の良さそうな場所だ。

 よし、ここで一眠りするか。そう思い桜の木の下に腰を下ろし、眠気に身を委ねた――




「……ぇ、起……ってば!……おきて!」


 ――何か聞こえる……。俺を起こそうとしているようだ。普段ならビクともしないところだが、今は外だったな。仕方がない……そんなことを思いながら目を開けると、目の前には困ったような顔をした美少女がいた。

 

 桜の花びらが散る中、春の日差しを浴びるそのピンクの髪は、見るもの全てを魅了するようだった。

 天使だ……などと呆けていると、それこそ天使の歌声のような声があたりに響く。


「やっと起きたね!おはよう。そのネクタイの色、君も新入生だよね?ボクはフィオーレ・ラディスラウス。よかったら一緒に講堂まで行かないかい?道に迷っちゃって……」


 人懐っこそうに話すその姿は、彼女が活発な性格をしていることを伺わせる。


「ああ……厳密には新入生では無いんだけど、まぁいいか。俺は六万悠真。講堂まで行くのはいいんだが……たぶんもう始まってると思うぞ、入学式」


「ええっ!?そんな~。楽しみにしてたのに~。学院長、エリシオン・マクスウェルの話。英雄のお話が聴ける機会なんてそうはないでしょ?」


「英雄ねぇ……」


 学院長であるエリシオン・マクスウェルは英雄として世界に名を轟かせている。今からおよそ20年前、世界は滅亡の危機に瀕した。強大な魔物が出現し、人族も魔族も己のチカラだけでは対処できないほどだった。そこに現れたのが、エリシオン率いる伝説のパーティ《理想郷の騎士アルカディア・ナイツ》だ。彼らは人族と魔族の間を飛び回り、協力して魔物と戦うよう説得を続けた。そしてついに、人族と魔族は手を取り合い、強大な魔物を倒すことに成功した。歴史上、人族と魔族が心を一つにしたのはこのときだけだろう。この功績から、《理想郷の騎士アルカディア・ナイツ》は英雄として世界から賛美されているのだ。


「とりあえず、講堂までは案内するよ。フィオーレさん」


「フィオでいいよ!」


 そうしてフィオとともに講堂ヘ向かって歩いていくと、やたらキザっぽい声が聞こえてきた。


「あれぇ~?そこにいるのは一年坊のユーマくんじゃないか~い?」


 汚え金髪を、何を勘違いしたのかロン毛に伸ばし、半分馬鹿にしたように話しかけてくるこの男は、アルベルト。元クラスメートだ。


「アルベルト。どうしたんだこんなところで」


「おいおいユーマく~ん。先輩には敬語を使わないとダメだろ?……っと、一通りからかったところで、冗談だって、そう睨むなよ。で、そちらのお嬢さんは一体ど・な・た?」


 ガシィッ!っと憤怒の形相で俺の肩を掴むアルベルト。どうやら俺が美少女を連れていることが気に入らないらしい。抜け駆けは許さんぞと。


「彼女はフィオーレ。新入生で、道に迷ってしまったらしいから案内してるんだ」


「はじめまして、先輩。フィオって呼んでください!」


「フィオちゃんか~、いい名前だ。俺はアルベルト、英雄科の二年だ。ちょうど俺も講堂に用があったんだ。一緒に行こうぜ」


 アルベルトが仲間になった!……いらんけど。


「講堂に用ってなんだよ?入学式やってるだけだぜ?」


「決まってんだろ?今年の新入生に可愛い子がいないか、今から探しとくんだよ」


 ……まったく、なんて最高なヤツなんだ。こいつは。



 というわけで、戯言を抜かすアルベルトバカは軽くスルー。講堂へたどり着く。


「やっぱり始まってんな、式。でも学院長の話はまだみたいだぜ」


「おい見ろあの研究科の子!めっちゃかわいいぞ!」


 アルベルトバカが早速声を上げる。うるせえなあと思いつつもそちらに目を向けると……


「(それ、うちの妹なんすけど……)あぁ、そうだな……」


 妹だと明かしたら何が起こるかわからないので、矛先を別に向ける。


「それより、同じ英雄科をチェックしたほうがいいんじゃないか?……ほら、あの子とか」


「むむっ!それは確かに。授業で一緒になるかも知れないしな。……黒髪のあの子だな?確かにとんでもない美女だ。やや釣り上がった切れ長の目。澄ました表情。艷やかな黒髪ストレート。THE・クール系美少女だ」


 やけに熱っぽく微妙な解説をするアルベルトに軽く引いていると、フィオも話に乗ってきた。


「魔王科のあの子もかわいいね」


 燃え上がるような紅蓮の髪に短くねじれる角が生えた女の子だ。確かに可愛い。

 

 魔族には人族と殆ど変わらない種族もいれば、蛙のような頭の種族までいる。一般に人族と似た種族のほうが優秀なので、この学園に入学してくるような魔族はせいぜい羽が生えていたり、角が生えている程度だ。



 そんな話をしていると、ついに学院長挨拶が始まった。


「――みなさん、入学おめでとう。私が、このヴィスティス魔導学院の学院長、エリシオン・マクスウェルだ」


 新入生の前に登壇したその姿は、白いローブを着た30歳ほどの男性。しかし、その耳は人族より長く、尖っていた。

 ――そう、エルフだ。見た目は30歳程度だが、実年齢はもっと高いはずだ。エルフなどの亜人種は各大陸に散らばっているため人族、魔族どちらの陣営にも属さない。エルフであるエリシオンが学院長の座についているのは、公平性を期すという側面もある。


「――ふぅん。あれが英雄エリシオン・マクスウェル……」


 フィオの方を見ると、値踏みをするような表情でつぶやいていた。……狙ってんのか?


「――そして今日まで、人族と魔族の諍いは絶えない。私はそれが非常に悲しいのだ。創設者の一人である勇者フォルスは、人族と魔族が笑い合って暮らすことのできる未来を願った。次世代を担う若者たちに、この意志を継いでいってもらうことこそが私の学院長としての務めだ」


「そこで、今年は試験的に英雄科と魔王科に特別措置を取りたいと思う」


 場がざわつく。

 エリシオンは心底面白そうといった笑みを浮かべている。……絶対碌なこと言い出さないぞアイツ。


 喧騒が収まったところで、エリシオンは満面の笑みで宣言する。



「英雄科と魔王科のクラスを、統合することとする!!」



 …………



『『ええええぇぇぇぇぇぇぇ!!?』』

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