第5章【3】

 アタシは病室で横になりながら、夢の中で激しく交わしたお父さんとの口論を思い出した。


 高校生のお父さんは、弱気なアタシに力強いエールを送ってくれた。



――だからお前も必死に生きろ! 蛍!


――だから蛍も約束しろ! 生きることを諦めないって!



 生きるっていうのは、そんなに簡単なことじゃない。


 アタシのように病気でなくても、生きにくいと実感している人は案外多い。


 天華ちゃんのように、どんなに輝いて見えても、実際には誰からも気持ちを理解されずもがき苦しんでいる人もいる。


 だからこそ、他人を思いやる心が尊いのだ。


 相手を受け入れて理解を深め、気持ちを通わせ合い、共に前に進もうと励まし合える関係こそが大切なのだ。


 きっとお父さんなら天華ちゃんの力になってくれる。天華ちゃんの苦しみを理解し、凍える心をきっと温めてくれる。


 だから天華ちゃんにも、お父さんが差し出す手をしっかり握り返してほしいと願う。そうして心を巣くう闇から解放されるといい。


 できることなら、もう一度あちらの世界に行ってみたい。


 七夕祭りの後で、お父さんと天華ちゃんの関係がちゃんと進展しているのかどうかを確かめてみたい。


 もし二人が交際に発展しているようなら、思い切りからかってやりたい。天華ちゃんのことだ。きっと真っ赤な顔でうろたえるに違いない。想像するだけで、ついにやけてしまう。


「さて、と」


 アタシは上半身をゆっくり起こすと、ベッドテーブルを引き寄せ、便箋を広げた。


 お父さんの励ましが私の背中を押してくれた。


 最後まで必死に生きよう。


 残り少ない命と嘆いて生を諦めるのではなく、最後の瞬間まで精一杯生きてみよう。それがお父さんとの約束だから。


 私はずっと考えていた。アタシがいなくなった後、どうしたら残された人たちが幸せに暮らしていけるのかを。


 そして私は、大切な人たちに手紙を贈ろうと思いついた。


 こんなアタシを産み、愛情を注いで懸命に育て、こうして看病までしてくれている大切な人たち。




 そんな大切な人たちに、心からの『ありがとう』を贈りたい。




 アタシは計画を密かに進め、心をこめて丁寧に文章をつづった。


 由依さんへ、お父さんへ、そしてお母さんへ。


 文章を書くのはあまり得意ではないけれど、少しずつでも書き進めていく。


 こうして、アタシの感謝の気持ちをつめこんだ手紙はついに完成した。


 それと同時にアタシの意識は遥かに遠のき、ついにアタシはベッドテーブルに突っ伏した。


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