第4章【5】

 梅雨が明け、本格的に暑くなってきた六月最後の日。


 俺たちは短冊を笹に飾る準備をするため、生徒会室に集まっていた。


 学校のエントランスに備えてあった短冊の提出用の箱をいったん生徒会室へと運びこむ。そして箱を逆さにして持ち上げてみる。すると、箱の中からたくさんの短冊が机にどさっと広がった。


「思ったよりたくさんあるわね。みんな協力してくれたんだ。ありがたいわ」


 天華が感心したようにうなずく。生徒たちが積極的に短冊に書きこんでくれて嬉しいようだ。


 一方、由依は困惑気味だ。


「今からこれだと、この先もっと増えるかもね」


 たしかに由依の懸念も分かる。七夕までまだ日があるのに、この枚数である。いよいよ七夕が近づいてきたらどうなるのか、怖くてあまり想像したくない。


 天華も由依に同意を示す。


「由依の言う通りね。やれる時に少しずつやっていかないと、この先が思いやられるわ」


 俺は二人のやり取りを注視していた。


 蛍の容体の回復を待っていた病院で、俺は由依に、天華が由依と距離を感じているという事実を告げた。そのせいで由依を泣かせてしまったのは申し訳なかったけれども、優しい由依は理解を示してくれた。



――私のせいで生徒会長が悩んでいるのなら悪いもんな。こっちでなんとかする



 由依がそう言うのだから、信じよう。俺が由依に対して抱く信頼は少しも揺るがない。


 天華と由依。二人は表面的にはうまくやれていた。だから俺は、二人の関係が実は微妙だとは少しも気づかなかった。


 けれども実は互いに思うところがあって、その本音を上手に隠して仕事上の交流をしているに過ぎなかった。


 俺たちももう高校生だ。誰とでも絶対に仲良くならなければいけないとは思わない。その場がうまく収まっていればそれでいいと思う時だってある。


 それでも俺は、天華と由依がもっと分かり合えればいいと願ってしまう。


 せっかくこうして巡り合えた仲間たちだ。理解し合い、心を通わせ合い、絆を深め合う。そういう強い関係に、二人ならなれるんじゃないか。俺はそんな期待感を二人に抱いてしまう。それは俺のエゴだろうか?


「礼、何ぼうっとしているの。ちゃんと手伝ってよ」


 由依に注意され、俺は現実に立ち返った。二人の様子を見守るばかりで、ぜんぜん作業していなかった。


 俺たちは一枚一枚短冊の内容をチェックし始めた。


 誰かを中傷するようなものや、品がないもの、明らかにふざけて書いているものなど、学校のエントランスに飾るにふさわしくない短冊を除外しなければならない。


「それにしても、いろんな願い事があるもんだな」


 俺は集まった短冊に目を通しながら、つい感心してしまった。同じ高校生なのに、ずいぶんと願望の種類が異なるものだ。


 どうやら一番多いのは恋愛についてのようだ。恋がしたい、彼氏や彼女がほしい、夏休みにデートしたいなど、恋愛の話はつきない。


 続いて学習面。第一志望合格と書いているのは三年生だろうか。赤点を取りませんように、追試を免れますようにといった内容もある。期末試験が近いため、どうしても成績が気になるのだろう。


 さらに、将来の夢について書かれた短冊も多かった。公務員になりたい、パティシエになりたいなど、具体的な夢を持っている生徒も多いようだ。


 他にもライブに行きたい、お金が欲しい、SSRエスエスレアを引きたい、兄弟のニート脱出など、千差万別の思いが綴られていた。


 そして、家族の病気の回復を願う短冊を目にした時、俺はふと蛍の姿を思い出した。


 病院で別れて以来、今日まで蛍と会っていない。


 神出鬼没な蛍のことだから、またひょっこり姿を現すだろうと俺は高をくくっていた。けれどもまったく姿を見せないとなると、やはり気になってくる。


 由依の言う通り、何か持病を抱えているのだろうか? だとしたら、蛍は今も真宮総合病院に通院しているのだろうか? 


 あるいは、どこかで倒れていないだろうか? あの雨の日のように。


 たとえ倒れていなくても、容体の回復の経過が思わしくない可能性だってある……。


 会えないとかえって危険な空想をふくらませて、心配になってしまう。蛍には早く元気を取り戻してもらって、また俺たちの前に姿を現してほしいものだ。


 俺たちは短冊のチェックを終えるとエントランスに移動し、笹に短冊を飾り始めた。


「ところで、俺たちの短冊はいつ飾るんだ?」


 作業をしながら俺がたずねると、天華と由依は顔を見合わせた。


 三人ともまだ短冊に願い事を書いていない。


 自分たちの分はいつでも飾れるのだと思うと、かえって後回しにしてしまう。それに、他のメンバーに見られる決まりの悪さもある。まあ、どのみちいつかは見られるのだが。


 天華は何かを思いついたようにぽん、と手のひらを胸の前で合わせ、俺たちに提案した。


「試験最終日はどうかしら? 短冊を飾る作業の最終日でもあるし。その日に一斉に見せたらいいんじゃないかしら?」


 期末試験の最終日は七月六日。つまり七夕祭りの前日だ。


 試験は午前中で終わるから、午後は気兼ねなく作業ができる。そして翌日は学校が休みだ。だから、試験最終日の放課後にはすべての短冊が飾りつけられているはずだった。


「私はそれでいいよ。みんなで同時に出した方がフェアだしね」


 由依は天華の意見に同意する。


「じゃあ俺も試験最終日に出すよ」


 それから手元の短冊をすべて飾りつけ、この日の生徒会活動は終了した。


 さて、いったい何と書けばいいのやら。


   〇


 帰り道、俺は由依と一緒にマンションへと向かう。


「なあ、礼。あれから蛍に何か言われたか?」


 由依が言う『あれから』とは、『蛍と病院で別れてから』という意味だろう。俺は首を横に振った。


「いや、何も。蛍とは会ってすらいない」


 そうか、とうなずく由依。


「あいつ『考えてみる』なんて言っておきながら、このまま礼に何も言わない気か?」


 俺の隣で、由依がぶつぶつと独りごちる。


「何か言ったか?」


「い、いやっ! 何でもないっ! 気にしないでくれ」


 由依の狼狽ぶりを見ていると、かえって気になってしまう。


 だが俺は苦笑するだけで追及はしなかった。


 必要な話ならきっと由依から打ち明けてくれるはずだ。そうでないなら、きっと言いにくい話なのだろう。


 それから由依は、俺の方を見ず、前を向いたまま言った。


「とにかく、礼の前に蛍が現れて、信じられないような話をするかもしれないが、その時は真剣に聞いてやれ。……って、そういう話だ」


 由依は不機嫌そうにつんと鼻を高くして、すたすたと歩いていく。


 意図はよく分からないが、俺は黙ってうなずいておいた。


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