第2章【6】
放課後。
由依が保健室で目を覚ます。壁の時計に目をやると、すでに四時を回っていた。
痛い頭を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
保健室の先生が心配そうに由依に声をかける。
「大丈夫? なんならご家庭に連絡しましょうか?」
「いえ、大丈夫です。失礼しました」
やんわり辞退するとおじぎをし、ゆっくりと保健室から出ていった。
ふらつく足で階段を上り、教室へと向かう。校舎には西日が差しこみ、校庭からは運動部の元気なかけ声が響いている。
今日は生徒会の活動を休もう。体調も悪いし、今日は生徒会長の前に顔を出す気にもなれない。
礼だって、私みたいなお邪魔虫がいない方が、生徒会長と二人きりになれて喜ぶかもしれない。
暗い気持ちを引きずって、二年生の教室が並ぶ廊下へとやって来る。
すると由依は、見慣れた男子と出くわした。
Tシャツにハーフパンツ姿で、まさにこれから部活に行こうと駆けていくところだった。
「よお、小笠原」
田島海斗。礼がよく一緒にいる男子だ。
海斗は由依の姿を見とめると足を止め、軽く手を振ってきた。
「保健室に運ばれたんだって? 大丈夫か?」
どうやら私が保健室に運ばれたことはすでに知られた話らしい。心ならずも目立ってしまい、軽く気まずさを覚えた。
「まだ顔色が良くないな。……昼休み、何かあったか?」
海斗が心配そうに顔をのぞきこんでくる。由依は思わずたじろいだ。
「大丈夫。それに昼休みは何もない」
本当に何もなかった。
礼のためにお弁当を作ってきたが、そんなことで礼の気持ちが変わるはずもない。生徒会長に対する礼の気持ちを確認しただけ。それだけの昼休みだった。
そうか、と海斗がうなずく。
「もし礼のことで困ったことがあったら言ってくれ。力になってあげられないかもしれないけど、相談くらいは乗るからよ」
スポーツマンらしい、はつらつとした調子で海斗は言う。裏のない、純粋に相手を気遣っているとわかる声だ。
相談、ね。
由依は先ほどの蛍とのやり取りを思い出す。
――だからアタシ言ったんだ、『苦しいことがあったら何でも言ってね』って。そうしたら、いろいろ相談された。本当だよ?
あの真宮天華でも苦しい思いをするのだろうか。
欲しいものすべてを与えられ、誰からも愛されている高貴なお姫様。
そんなお姫様でも、誰かに救われたいと願ったりするのだろうか。
「一応お礼だけは言っとく。ありがと」
仕方がないから海斗にそう言ってやる。
すると海斗は照れくさそうに笑みをこぼした。案外嬉しかったみたいだ。
やべっ、と海斗が短く声を発する。部活の時間はもう始まっているのだろう。急に思い出したように慌てている。
そして由依のそばを離れようとして、思いとどまり、最後にそっと告げた。
「もし礼が真宮に振られたら、小笠原に一番に知らせるからな」
じゃな、と軽く手を上げ、海斗は走り去って行く。
親切心のつもりだろうか? 昼休みの様子を聞き出そうとしたり、人の心を分かっているかのように声をかけてきたり。そういう遠慮もなければ悪気もない海斗の態度に由依は呆れた。
海斗は廊下の角を曲がろうとして、再度由依に大きな声で言った。
「あっ、そうだ! 今度俺にも弁当作ってきてくれよ。金は払わねえけどな!」
海斗は笑顔で大きく手を振って見せると、再び駆け出し、姿を消してしまった。階段を慌ただしく駆け下りる音が遠くに響いている。
由依は廊下に一人ぽつんと残されると、ため息をついた。
「誰が作るか、バーカ」
だけど、海斗の言葉は不思議と温かかった。
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