第15話 真夜中の再会・後編
(……この状況からどうにか脱出しないと。今のところ問答無用で殺しにきてるってわけじゃなさそうだし)
今は林の中で骸骨達に囲まれている状態。
その大きく円を描くようにした包囲の外側にビフロンスと全身鎧が立っている。
囲んでいる骸骨達は特に包囲を縮めるようなことはせず。
私から一定の距離を保っていた。
「せっかく後腐れのない火葬プランを提示したのですが、断られてしまったなら仕方ありませんねぇ。
では、今度こそ出番ですよ」
そう言って、彼は以前に公園で出会った時と同じように数度手を叩いた。
目下の存在を呼びつけるその仕草は、間もなくその効果を表す。
幽世から骸骨でも鎧でもない存在が私の目の前に現れたのだ。
「こちらもようやく契約が果たせるというものです。
とはいえ、お嬢さんが生きてると分かっていれば顔ぐらいは面影を残しておいたんですがねぇ」
現れたのは、ほぼ土色になった全身を肥大化させた人型の肉塊。見た限り二メートルくらいはありそうだ。
子供が粘土でゴリラを作ったかのような造形のソレはやや前傾姿勢でのっそりと近づいてくる。
「生前の彼がどうしてもお嬢さんにお礼をしたいと言うのでね。
(そのお礼っていうのはお礼参り的な感じのお礼だよね……!?)
目の前の肉塊に見覚えはない。だから、お礼参りされるような事も思い当たらるものはない。
元屍人と言うけれど、顔も判別できないほど膨れ上がっている。おかげで、例え縁のある人物でも判別は厳しいはず。
以前、ビフロンスが公園で呼ぼうとしていたのはこれだろうか。
「ォオァゥ……ィウェァァァァ……」
肉塊はうめき声をあげながら、ゆっくりとした動きで太く長い右腕を上げる。
何をするのかとその動きを見守っていると、鞭がしなるような俊敏な動きで水平に腕が薙ぎ払われた。
「っ?!」
突然の一撃に思いっきり吹き飛ばされてしまう。
そうして乱立する木々の一つに当たって止まる。思わず咳き込むほどの衝撃が背中を走った。
想像以上の素早い攻撃に面食らいながらも、一番驚いた事は自分の変化である。
(今の、ちゃんと見えて……防御できてた?)
ここは木々間から差し込む月明りと鎧が持つランプくらいしか周りに光源がない薄暗さ。
そんな中でも、相手の一撃を見逃さずに反応できた事。
そして、直撃する前に腕でガードできた事。
こんなの、吸血鬼になる前では絶対に出来なかったはずだ。
(いや、それよりも早くここから逃げなくちゃ……)
幸い、ガードしても踏ん張れずに吹っ飛んだおかげで骸骨の包囲から抜けた形にはなっている。
このまま公園の出入り口へと走って、そのままガーネットのところまで戻れば、ビフロンス達も容易に手は出せないはず。
そう思って痛みをこらえながら立ち上がった。
「おや……? 逃げますかな、お嬢さん」
ビフロンスの声が林に響く。
それに構わず走り出そうとすると続けて言葉を投げかけられた。
「私は構いませんが、逃げてる間も彼は追いかけていきますよ。
そして……それを運悪く目撃してしまった人はどうなるでしょうかねぇ」
「どうって……」
その言葉に、踏み出そうとする足が鈍った。
どうなってしまうか、予想できる体験を既に私は知っている。
「いやね、私達も誰かに見つかって大騒ぎされると困るんですよ。
今後の活動に支障をきたす場合もありますしねぇ。分かるでしょう?」
彼らは人の命なんてなんとも思っちゃいない。
人を弄ぶようにいたぶった後でも、必要とあらばあっさり命を刈り取っていく。
きっと目撃者は問答無用で口封じ。
「もしかしたら、その目撃者はお嬢さんの知り合いであるかもしれませんねぇ。
ああ、そうそう。今までの目撃者はどうなったか、知りたいですか?」
その言葉と同時に、周りの骸骨達が一斉に歯を鳴らし始める。
目撃者の末路を示すように。
(もし、夕菜や勇人が骸骨達のようになったら……)
ビフロンスの言葉に、自分の身の危険と友人達が危険な目に合うかもしれない事を天秤にかけて、一瞬動きが完全に止まってしまっていた。
頭上に気配を感じたのはその時。
林に差し込む月光が遮られたのを感じて見上げれば、肉塊がその巨体で押しつぶさんと頭上から飛び降りてきていた。
「うっそでしょっ?!」
あの巨体からは想像しづらい俊敏さで飛びかかられて、成すすべもなく地面に叩きつけられ組み伏せられる。
そのまま押し倒された私は何度も何度も腕のしなりで勢いをつけた拳を叩きつけられた。
腕でなんとかガードするも、そのたびに体が軋む。
何度か骨が折れるような音が自分の内側で響いた。
「がっ!ぐっ……!」
「おや、随分と死ににくくなってますねぇ。
やはり、あの吸血鬼に眷属にでもされましたか?」
ビフロンスの言葉に返答をする余裕もない。
少し骨が折れても少しすれば治ってくれている。
吸血鬼の再生能力に感謝だけれども痛みは当然ある。
折れた骨が変な所に刺さったのか時折口から少量の血が湧くけれど痛みと一緒に我慢。
(どうにか、しないと……っ)
このまま防御していても状況を打開はできない。
だからと言って、武器も助けもないのにどうにか出来るとも思えない。
どうにもならない現状になんとかしなきゃという焦りばかりがつのっていく。
そして、事態は私にとってマイナスの方向へと進み始めた。
「ふむ、埒があきませんねぇ。
ほら、そろそろトドメをさしたらどうです?」
「……ァア……ォウァァ……」
ビフロンスの促しに肉塊はしばらく拳の連打を止めたかと思えば、今度は右腕を殴る体勢のまま振り上げる。
振り上げたまま私へと向けている拳から、尖った白く太い杭のようなものが徐々に肉を突き破るように浮き上がってきた。
「骨でできた杭打機みたいなものですよ。それで心臓を撃ちぬいてかき回せば霊核も一緒に壊せるでしょう。
あ、心臓はまだありますか?」
「ぐっ……! まだあるに決まってるでしょう!」
なんとか拘束から身を逃れようとしても、ずっしりした肉塊をどかせず。
心臓を撃ちぬかれるという言葉を聞いた時から、胸の鈍痛が徐々に強くなってきている。
(また私……ここで死ぬ……?)
今にも振り下ろされんとしている杭の先端を見つめながら、ビフロンスに心臓を引き抜かれた時の記憶がフラッシュバックした。
蘇る死の記憶。
あの時はガーネットに救われたが、今度は霊核をつぶされれば確実に消滅する事になるだろう。
(死にたく……ない……)
ここで死んでしまっては、せっかく助けてくれた彼女の厚意が無駄になる。
それに、この悪魔の思い通りになりたくない、負けたくないと思って彼女と契約したんじゃなかったか。
それに、まだやりたい事もたくさんある。
親や友人たちに言いたい事だってたくさんだ。
(死にたくない……!)
そう思うと、鈍痛を感じていた心臓の辺りから徐々に徐々に熱が全身に回り始めてくる。
死にたくないという気持ちが全身に活力を湧き上がらせるように。
しかし、そこで無慈悲に振り下ろされる骨の杭。
近くの地面を揺るがすほどの音と衝撃。
杭は確かに私に突き刺さった。
「ぐっ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「おや、まだ粘りますかぁ? 頑張りますねぇ」
身を咄嗟によじった事で肉塊の狙いが外れ、心臓ではなく左肩付近を撃ちぬかれている。
それでも十分な痛みが全身に走るけれど、それは無視。
叫び声をあげたまま、全身に回った熱を滾らせる。
そうなる不思議と力が湧くように感じて、私を突き刺したままの拳に右手を添えた。
「どいてぇぇぇぇぇっ!」
「……ォウ?!」
そのまま指が肉塊の腕へと沈み込むほどの力で杭を引き抜いた後、全身をばねのように跳ね上げてから肉塊を投げ飛ばす。
何が起こったのか理解できなかったのか、ろくに反応もできずに肉塊は投げ飛ばされた。
そのまま近くの木に叩きつけられ、折れたソレの下敷きとなる。
(やらなきゃ……やられる!)
傷の具合を見るために貫かれていた肩に触れればすでに治り始めていた。
しばらくすれば問題なく動かせるようになるはず。
(……武器が欲しい、出来れば使い慣れたの)
何とか投げ飛ばしたものの、肉塊は何ともないように下敷きにしていた木をのかして立ち上がってきていた。
だけど、不思議と力の湧く熱はまだ全身に残っている。だから私はまだ戦える。
リーチも違う、攻撃力も違うあれをどうにかするために、やはり何かしら武器が必要だ。
そう考えながら、傷に当てていた手を戻すと、その手に不思議と重量を感じる。
なんだろうと視線を移せば、手にはいつの間にか木刀のようなものが握られていた。
(……あれ? いつの間に?)
なぜ木刀が、とも思いながら数度振るえば不思議と手に馴染む。
普通の木製より少し重く感じて、なんとなく匂いを嗅いでみるとそれは、ぷ嗅ぎ慣れた血の匂い。
(これ、
思い出したのは、ガーネットが血の一滴からコウモリを作り上げた事。それに一時的な心臓で私の延命した事もあった。
そう考えると、この木刀、もとい血刀は私が作ったのだろう。
彼女の能力の一端を眷属である私も使えているという事だ。
偶然作れたようなものだけれども、それでも今はありがたい。
下手に刃があってもうまく扱える自信がなかったから、使い慣れた長さの木刀なら扱いやすいはず。
「そちらからは攻めないのですねぇ?
では時間もありませんし、さっさと終わらせましょう」
ビフロンスの言葉にハッとして血刀を構えた。
突然反撃してきた私を警戒していたのか、考え事をしている間に攻撃されなかったのは幸い。
飛び上がって上からしなる腕を叩きつけてくる肉塊を受け止めるように血刀を横に。
「ォアァァァ!」
「くっ……重っ!」
しかし、思ったよりも重く強い衝撃に体勢を崩しそうになって、慌てて受け流しながら距離を取った。
(ダメ、今の私でもパワー負けする……!)
真正面からのぶつかり合いは分が悪い。
相手もそれが分かってるのか、距離を離した私に真正面から突っ込んでくる。
それを迎え撃とうと構えるも、どういなせば有効打が与えられるかが分からない。
いっそ、分からないなりに心臓の辺りから湧き上がるこの熱の赴くまま、力押しで何とかしようとさえ考えてしまう。
(いや、何かあるはず……。考えろ、考えろ……!)
さすがに考えなしに突っ込むのは最終手段。
体の熱はまだ残っているが、これがいつまで続くかもわからない。
しかし、いい方法も思いつかないまま肉塊は目の前まで迫ってきていた。
(あーもう! こうなったらそのままぶつかるしか……って、え?)
やはりがむしゃらにぶつかるしかと一歩踏み出した瞬間、見覚えのない記憶がフラッシュバックする。
それは、ここではない月下の森。
普段より低い視界で、大槌を持った巨漢と対峙している。
巨漢はやおら近づくと大槌を振り回し横薙ぎを繰り出した。
視点の主は、その横薙ぎをくぐるように突っ込んでいき……。
そこでまた、視点が今に戻る。
今のフラッシュバックした映像はなんだと考える間もなく、接近してきた肉塊が私に対して右腕による横薙ぎの一撃を放つ。
奇しくも、その攻撃はフラッシュバックで見た攻撃と同じ軌道。
私はフラッシュバックで見た光景を信じて、潜り込むように身を低くして突き進んだ。
フラッシュバックはまるで私を導くように、断続的に続く。
そして、この映像は実際にあった出来事だと直感的に理解できた。
肉塊の攻撃は私の頭上で空を切って、私は相手の懐に入る事に成功。
そのまま見えた映像をなぞるように、伸びきった肉塊の腕を下から跳ね上げるように血刀で打つ。
思い切り打った敵の右腕はろくに抵抗できずに跳ね上がった。
そのまま肉塊は若干仰け反るようにして、隙だらけの胸部を晒している。
「くらえぇぇぇぇぇぇっ!」
「ゥアァァァァ……?!」
ここがチャンスだと、跳ね上げた勢いのまま大上段で血刀を構え、身体の熱を全部両腕に込める勢いで振り下ろした。
体勢が崩れた所を畳みかけるように打ち込んだ一撃は、胸部を大きく抉る傷をつけてそのまま肉塊を倒れさせる。
思い切り力と熱を入れて叩き込んだせいか、激しい痛みと共に私の両腕も動かせなくなってしまっていた。
振り下ろした瞬間、ひどい音と痛みが走ったので おそらく骨がバキバキに折れていると思われる。
しばらくすれば動かせるようになるだろうけれど。
血刀もその場に取り落とし、ポニーテールも、どこかでまとめていたゴムを落としたのかバラけてしまって少々煩わしい。
「ァアァァ……ォエァィゥ……?!」
「やっぱり、霊核を壊さないと生きてる、よね……」
肉塊はまだ倒れているけれど、生きている。
徐々にではあるが、体を起こそうと蠢いているのが分かる。
だから私は息を切らしつつ、ゆっくりと肉塊の傍らに立った。
「誰だかわからないけど……ごめんなさい」
私に恨みがあるからこの姿になったのだろうか。
それとも、成り行きで巻き込まれてこうなったのだろうか。
今では分からないけれど、私のせいで二度死ぬ事になるのは確かだ。
砕いた胸部に現れた霊核に足を乗せる。
「――さようなら」
力を込めてそのまま踏みつぶした。
パリンと音を立てて砕ければ、後は早い。
すぐさま風化して崩れ去っていく肉塊。
その崩れていく様子を、感傷とは分かっていても最後まで見つめ続け……。
「ほほう、まさかこうもあっさり倒せるとは思っていませんでしたよ」
背後から聞こえた声に、背筋が凍る思いをしてすぐさま逃げようとした。
けれど、あえなく動かせない右腕を掴まれてしまう。
「おっと、もう逃がしませんよ?
いやはや、彼がお礼を言いたいという契約でしたので邪魔しないようにしていましたが……。
この結果になるとは、なかなか末恐ろしい」
「っ、離して!」
必死に振り払おうとするも意に介した様子もなく。
世間話をするように気軽な悪魔の様子にうすら寒ささえ覚える。
その手が起こせる現象を知っているので特に。
「というわけで、お嬢さんは今のうちに燃やしてしまいましょうか」
なんてことないように放たれた言葉は即座に実現する。
目の前で自分の腕がそのまま燃やされていく経験は二度とごめんと思える痛みと熱さ。
必死に振りほどこうと暴れれば、燃え尽きた指先から崩れ去っていく。
それに驚いている間にもだんだんと腕の根元まで萌え広がり始めていった。
「っ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「生きたまま燃やすというのも久しぶりですなぁ。
普段は死なせてから燃やしたり加工したりするものですので」
このままでは全身燃え広がってしまう。
燃えた部分は再生はするのだろうかとか、なんとかしないととか、考えが浮かんでは消え浮かんでは消えて焦りばかりがつのっていく。
あらんかぎりの声をあげていないと、気が狂ってしまいそうだ。
その様子を、悪魔はマスク越しに楽しそうに観察している事だけは分かった。
声も枯れ、もうそろそろ腕全体が燃えてしまう。
その時になってようやく打開策を思いついた。
普段であれば少しためらう発想だけれど、もう時間も気力も無い。
それをした後の事は、考えられないほど余裕もない。
私は、武器が欲しいと思って自分の血で血刀を作り上げていた。
なら、今の自分でも他の物を作る事もできるのではないか。
いや、作らなくちゃここで終わってしまう。
(イメージは……とにかく腕を切り離す形で刃物を作るっ!)
自分の腕の中に、回転鋸を作り上げるイメージ。
それで、燃えている部分を切り離す。
そして、目論見は成功した。
鋭い痛みと喪失感と共に、右腕が一気に軽くなる。
地面に落ちる燃え尽き直前の腕と血まみれの回転鋸。
その様子を、物珍しそうに見つめるビフロンスは感心したような声をあげた。
「ほう、なかなか肝が据わってますな」
「こ……のっ!」
右腕を切り離した事でようやくビフロンスから離れられた。
そのまましゃがんで、治癒しかけている左手で血刀を掴む。
そして、立ち上がる勢いを利用して突きを行った。
狙いはビフロンスの心臓部。
せめて一太刀でも浴びせたい。
そう思って放った突きは、確かにビフロンスへと刺さる。
「……今夜はお嬢さんに驚かされっぱなしですなぁ。
ええ。成長すれば、いずれ私の障害になる事もあるでしょうと思える程度には」
ただし、刺さったのはビフロンスの右手。
突きの軌道上で防がれて、そのまま体の外側へと軌道をずらされてしまった。
「そんな……」
「もうしばらく自分の力の使い方を覚えれば……あの異端の吸血鬼の眷属にふさわしい強さを身に着けたでしょうなぁ。
いやはや、私も遠くからなら見てみたかった気もしますがね」
突き刺さった血刀もビフロンスの手で燃やされた。
武器を失い、右腕は再生を始めているが完全に治るまで時間がかかる。
「もしお嬢さんが私の
まぁ、今更な話ですか」
ビフロンスの手が目の前に迫る。
体に残っていた熱はもうなくなり、腰が抜けたようにへたり込んでしまった。
動け動けと考えても、全く身体が言う事を聞いてくれない。
「それではお嬢さん、今度こそさようなら」
もうダメだ。そう諦めて俯く私。
このまま燃やされ、結局この悪魔に殺されてしまうのだろう。
こんな事なら、今日は大人しくガーネットと一緒にお茶会を楽しんでおけば良かった。
(ガーネット、助けてくれたのに、本当にごめん……)
「翠、そのまま伏せていろ」
俯いていた私にかかる声。それは、つい先ほどまで考えていた少女の声。
慌てて顔を上げれば、私の前に颯爽と降り立つのは赤い色。
その見覚えのある色、夜の木々の間でも映える赤色にしばらく視線を奪われてしまった。
「さて、お前たちには一つの選択肢しかやらんぞ?」
その赤色の少女、ガーネットは着地を兼ねた蹴りをビフロンスに叩き込み弾き飛ばした後、自身の手に噛みつき血を迸らせる。
噴き出した血は瞬く間に彼女の身の丈以上の大鎌へと変化すると、それを軽々と振り回して一閃。慌てて伏せた私の頭上を水平に薙ぎ払った。
軌道上の木は薙ぎ倒され、骸骨は上半身を砕かれる。
砕かれた骨達は心臓があった辺りに霊核を露出させ、もう一度振るわれた鎌で軒並み砕かれ塵となった。
「ここで無様に砕け散れ。それだけだ」
「ガーネット!」
突然の援軍に目を白黒させて彼女の名前を呼ぶ。
すると、彼女は私の方を見て手を軽く振って私の呼びかけに応えてくれた。
「さて、我を足止めして何をしているかと思えば……我の眷属を囲んでいるとはな」
「足止め……?」
(ということは、ガーネットはこの公園に来てたってこと?)
私が家を出た時は、ハウンドがお茶の用意をしていたから家にいると思っていたのだけれど、どうしてここに来てたのか。
私の疑問の視線を見て取ったのか、ガーネットは私の頭を撫でてよく頑張ったと褒めてから話し始めた。
「我もな、しばらく家で茶を飲んでいたんだが……夜の散歩をしたくなったのだ。
何もなければ邪魔をするつもりはなかったがな。
……入り口に入った辺りで急にこいつらに囲まれてから抜けてきたわけだよ」
夜の散歩と言ってはいるけれど、もしかして心配して見に来てくれたのだろうか。
心配された側としては、ここ最近の巻き込まれ率を考えても、されて仕方ない気もするけれど。
「いやはや……。せっかく溜め込んでいた
「そうか。それは残念だったな。
我にとっては足止め程度にしかならなかったぞ」
大鎌の柄を肩に担いで、彼女は不敵に笑みを浮かべる。
それに対し、ビフロンスは杖を数度叩くことで応えた。
「では、これはどうですかな?」
ガーネットの前に現れたのは、先程私が戦った肉塊のゾンビ。それが三体。
それらは現れたと同時に、彼女へ向かって飛びかかかる。
彼女は、肉塊達に対して臆することは無く。
私に少し待っていろと言ってから、庇うように一歩前へ。
「だから足止め程度にしかならないと言ったであろうに」
私では絶対にどうにも出来なさそうなこの状況。
それでもガーネットは不敵な笑みは崩さずにいた。
まずは一番近くの肉塊に対して大きく一歩踏み込み、そのまま袈裟斬りに大鎌を一閃。
袈裟斬りによって大きく体を抉られた肉塊は、もんどり打って仰向けに倒れる。
残りの二体は先に倒れた肉塊を気にする素振りもなくガーネットへと飛びかかった。
彼女は地面に突き立てた大鎌の柄を支えにして、片方を蹴り飛ばした後に着地。
もう片方へ視線を向けながら、手に持つ大鎌を手首のスナップで一回転。
すると、大鎌の刃が変化して処刑斧の形となる。
回した勢いのまま彼女が肉塊へと斧を叩きつければ、縦一文字に真っ二つとなった。
さらに彼女は無造作に斧を投げ飛ばす。
そのままクルクルと高速で回転し飛んでいった斧は、蹴り飛ばされ木に叩きつけられた最後の肉塊へと吸い込まれるように激突した。
そのまま肉塊は上半身が弾け飛ぶ。
三体の肉塊は瞬く間に無力化され、霊核が露出した状態。
私が一体相手に苦労して倒せたのを、こともなげに瞬殺してみせたガーネットに対してすごいという感想しか湧き上がらない。
「ふん。少しは変わるかと思ったがこの程度か。
もう少し肉だけじゃなくて骨のあるやつを持って来い」
再び彼女は自身の手を噛み切って血を迸らせる。
吹き出た鮮血は槍となって、今度は頭上高くへと投げ飛ばした。
やがてその槍は無数の槍へと分かれて降り注ぐ。
そのまま霊核を露出させられた肉塊達へと殺到。
残っていた骸骨達も巻き込んで、ビフロンスの眷属達をことごとく消滅させていく。
「骨だけの奴もいらんがな」
「こ、、こんなあっさり勝っちゃった……」
あっという間の出来事に、開いた口が塞がらない。
降ってきた槍の範囲外に逃れていたビフロンスと全身鎧も唖然としているように見える。
「さて、ご自慢の眷属とやらはこれでおしまいか? この通り、我も翠も健在だが。
どうやら無駄に戦力を消費して終わったようだな」
「……いえいえ。多少なりとも貴女を足止めできると分かっただけでも十分な成果ですよ」
近くに刺さっていた槍を手に取り、大鎌へとガーネットは変化させる。
それを肩に担ぎ、彼女はビフロンスを挑発するけれど、彼の方も負けてはいない。
これ以上屍人や骸骨を出してくる様子はないが、お互い牽制し合っているかのように動かなかった。
そうなると、私の方も下手に動けないわけで。
(……まぁ、動きたくてもまだ動けなさそう)
無茶な動きが祟ったのか全身痛みが残って力が入らないし、片腕も再生しきっていない。
せめて動けるようになるまで この状態が続けばいい。
そう考えていた私をあざ笑うかのように、状況の変化が再び訪れる。
「?!」
ランプを持った全身鎧の胸部分が突然弾け飛んだのだ。
思いっきり金属板をハンマーで叩いたような音が響き、更にもう一度同じような音が響く。
そうして今度は鎧の背部が弾け飛び、それは倒れ伏した。
鎧の内部で霊核が見えたような気がするが、それがどうなったか確認する間もなく状況は刻々と変化していく。
「ちっ!」
「おっとっと、狙撃ですかね」
全身鎧が倒れたのを期に、ビフロンスは狙撃してきた何かから身を守るように木の影へと身を隠し、ガーネットは私の元へ駆け寄ろうとした。しかし。
「ええい、邪魔をするな!」
私と前に出ていたガーネットの間を遮るように肉塊が二体。
さらに、私の側に手に太い骨槍を持った骸骨が三体出現する。
睨み合っていた間に配置させたのだろう。
肉塊によって私達は分断され、骸骨に今、命を狙われている。
ビフロンスがしばらく睨みあっていた目的はこれだったかと想像できた。
ガーネットが肉塊を屠らんと大鎌を振りかぶらんとする間にも、骸骨達は私にトドメを刺そうと殺到する。
まだ満足に動けない体でどうにかしようと血刀を握るも、うまく力が入らない。
あれほど肉塊との戦闘中に湧き上がっていた熱も、今は全く反応しない。
それでもなんとか立とう、そう思った所で足を滑らせへたり込んでしまった。
「伏せろ、翠!」
その時、ガーネットとは違う声が辺りに響く。
声が聞こえた方向を確認すれば、アパートに飛び込んできた防塵マスクの男。
彼が木々の間を走って私の方へ向かって来ていた。
その手には洋画の主人公が使うようなポンプアクション式のショットガン。
それを構えながら突っ込んでくるのを見て、私は大慌てでうつ伏せになるように地面に倒れた。
念の為、周りは確認できるように顔は上げながらだけれど。
男は私の所に殺到する骸骨達へと肉薄すると、構えたショットガンを骸骨の至近距離で発砲。
それだけで肋骨がはじけ飛び霊核が露出する。
そこにもう一度発砲すれば、骸骨はなすすべなく消滅した。
男が二体目を倒し三体目と肉薄した時、骸骨はようやく乱入者を脅威と判断したのか、彼の顔目がけて槍を突き出す。
それをかろうじて顔を逸らす事で回避した彼は、ショットガンの連射で最後の骸骨を消滅させた。
大きな怪我もなく、難なく骸骨を撃退して見せたその男。
(どんな人だろう。私の名前は知ってたみたいだけど)
協会の方で把握してたとかだろうか。
起き上がってみれば、男はショットガンを構えて辺りを警戒しながら私に近づいてきている。
安全を確認できた後、私の方へと顔を向け安心したような声をあげた
「……無事なようでよかった」
「嘘……」
槍の攻撃を掠めた防塵マスクが壊れて落ちる。
その防塵マスクの下にあった顔は見間違いようがない。
「なんで、勇人がここにいるの……?」
思わず、再生中だった自身の右腕を身体をずらして見えない位置に隠してしまう。
防塵マスクの男は幼馴染の坂井勇人、その人であった。
吸血姫は少女と踊る はしむ @hasimukou
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