第14話 真夜中の再会・前編
気がついた時、ベッドの中心で腰掛けた私の視界は赤色に満ちていた。
自室にのあちこちに飛び散った血の残滓。
辺りに充満するのは鉄錆にも似た香り。
口元を伝う何かを感じて、手の甲で拭ってみれば自分の口端から漏れた血だった。
「……え? 嘘っ」
胸を貫かれて口から血を吐いた時を思いだし、心臓があった辺りを手で押さえる。
しかし、その事を思い出した事による鈍痛があるだけで、特にそれ以外に異常はない。
一体、何が起こったのか。
そこでようやく気が付く前は何をしていたのかに思い当たり、ガーネットの血を吸おうとしていた事を思い出した。
(一度ガーネットに噛み付いて、出てきた血を舐め取ってそれから……)
そこからの記憶が、無い。
ただ、ずっと感じていた喉の渇きは無くなっている事に気付く。
「まったく……。
初めてなのは分かるが、もう少し丁寧に吸ってほしかったものだな」
聞こえてきた少し呆れるような声に視線を落とせば、目の前にはベッドに押し倒されたガーネット。
そして、彼女の右肩は噛みちぎられたように抉られていて、そこを中心に血が飛び散るように広がっている。
ベッドは真っ白なシーツが赤く染まっていて、現場だけ見たら凄惨な殺人現場にも思えた。
「こ、これ私……が? ガーネットは大丈夫なの?!」
「気にするな、と言っても気にするのだろうな。
安心すると良い。問題があるならそもそも吸わせたりはせんよ。少し……体はだるいがな」
そう言ってガーネットは身を起こし、そのまま私に寄りかかる形で脱力した。
怪我も含めて大丈夫だろうかとも思ったけれど、彼女の肩の傷はみるみる塞がるように癒えていく。
このぶんなら、傷に関しては確かに問題なさそうだ。
「問題ないなら良いんだけれど……」
「それよりも、喉の渇きは癒えたのであろうな?
正気に戻ったようだから大丈夫だとは思うが、これでまだ飲み足りない大食漢というなら、注文する血の量も考え直さなければならん」
「それは……うん、大丈夫」
渇きはもう感じない。とはいえ、一時的にかもしれないけれど。
ひとまずは血を舐めても正気を失わない程度には落ち着いているはず。
私の返答を聞くと、彼女はゆっくりと私の体から顔を離して不敵な笑みを浮かべた。
「ならば良し。ハウンド、風呂の準備はできているな?」
「はっ、言われたとおりにできておりますとも」
「そうか、よくやったハウンド。
なら翠、一緒に入るぞ。その方が早い」
いつの間にかいたハウンドにはだんだん慣れてきたので、彼がいつからいたのかというツッコミはいれない事にする。
それよりも。
「私も……?!」
確かに、ガーネットの体にもドレスにも彼女自身の血が飛び散っていて、このまま出歩けばは間違いなく職務質問される状態だろう。
だからお風呂に入る。これは分かる。
私も一緒に入る。これが分からない。
「……いいか、翠。今の自分の格好をよーく見てみろ。
少なくとも、着替えない限りは人前には出れんぞ」
そう言われて、まず口元の血を拭った右手を見る。
そして更に視線を落として自分の服を見てみれば、白基調のセーラー服は見事に真っ赤に染まっていた。
冷静に考えれば、これだけ辺りに撒き散らす程の事をしたのだから、自分もその分血に塗れていてもおかしくはない。むしろ当然。
周りの状況に目を取られすぎて、自分のことがあまり見えていなかった。
この凄惨な状況に震えが来ると同時に安堵する。
本当に、外で誰かを襲うような事にならなくてよかったと。
――――――
――――
――
「ほれ、翠。背中を向けよ。我が流してやろう」
「いや、やっぱり一緒に入るのはちょっと恥ずかしい気が……」
そして現在、二人で浴場へ。
鏡の前で椅子に座っている私の後ろにガーネットが陣取っている。彼女は妙に楽しげな表情でタオルを手に取っていた。
鏡は曇ってしまっているが、薄く私を映すだけだったのでそのまま放置。
「裸を見られて恥ずかしいのか?
今更だとは思うが……なんだかんだで介抱した時に見えたしな」
「気絶してる時とそれ以外だと事情が違うから!」
「――そういうものか?」
「そういうものなの!」
なるほどなぁと呟きながら動かされるガーネットの手は思ったよりも優しく、背中を撫でるようにこするタオルが気持ちいい。
とりあえず、お互いに背中は相手に、前は自分でという形に。
それはそれとして、やはり思い出すのは先程の自分の凶行だ。
「まさか、少しだけ舐めただけで記憶が飛ぶほどだなんて……」
それも辺りを血まみれにするまで血を貪っていたのだ。
正直、これからの生活にかなり不安が残る案件である。
吸血衝動にかられるたびにあの状態になるなら、今後の生活そのものを見直さなければいけないかもしれない。
「先程までのお前はカラッカラに乾いた砂の上に水を注いだようなものだ。
それこそ注がれた水を吸い尽くす勢いで夢中に飲み干すだろうさ。量にして人の子三人分は飲み干したかな」
「そんなに?!」
もし私が保健室で衝動のまま夕菜の血を吸っていたら。もし、帰宅途中で朦朧としたまま誰かを襲っていたら。
仮定の先にあったであろう大惨事を考えると目の前が真っ暗になりそうになった。
「……安心しろとまでは言わないが、一度あれだけ吸ったのだ。
あとは定期的に協会から供給される血でも飲んでおけば、そうそう正気をなくすこともないだろうさ」
「そう……だと良いんだけれど」
こればっかりはその時にならないと分からない。
ガーネットが言うならそうなのかもしれないが、それでも不安は払拭できないでいる。
自分を洗う手も止まって、どうすればいいのか途方に暮れてしまった。
「――そうさな。
一つだけアドバイスしておこう。協会から供給される血だが、死ぬほど不味いぞ。
今のうちに覚悟しておけ」
「ぷっ……吸血鬼が死ぬほどだなんて」
きっと、不安がる私を冗談で励ましてくれてるんだろう。
あまり悩み過ぎてもしょうがないと思いなおして、今は前向きに考えておく事にした。
このままだと、空気が悪くなるだけだろうし。
そして、ひとまず洗った自分の体をお湯で流して攻守交替。
ガーネットのきめ細かい白い肌をしている背中。
そこを泡立ったタオルで擦りながら、そう言えばと彼女に話を振る事にした。
「死ぬっていえば、霊核って前にガーネット言ってた事があったよね。
結局、それってなんなの? 多分壊されたらいけないものだとは思うけれど」
まだ詳しく話された事のない言葉。
倒れる前に倒した骸骨の事を考えるとなんとなく分かりはするが、改めて聞いておきたかった事ではある。
背中を向ける彼女が、少し体を傾けて私の方へ視線が向けられるように座りなおした。
「ああ、我も今のうちにそれは話しておこうと思っていた。
察しの通り、霊核というのは魔人にとってのまさに核。
壊されれば、たとえ頑強な肉体であったとしても崩れ去っていくであろうな」
「やっぱり……。骸骨の魔人を倒した時、それっぽいの壊したら崩れ落ちたし」
「……待て。なんだ、翠。
もしかしなくても、戦ったのか、生身で」
「ま、まぁ、そう言えなくもないかも……?」
こちらを見つめる目がジト目になるのが分かって、思わずそーっと目を逸らしたけれど、それが明確な答えになったようだ。
彼女は一つ嘆息しつつも、今は特に咎めるつもりはない様子。
「どうにかできたからいいものの、生身の人間で何も知らずに魔人と戦うのは無謀が過ぎるぞ。
我の血をあらかじめ飲ませて、多少身体能力と再生力が強化されててもだ」
「……待って。もしかして、私に何も言わずその血を飲ませたの?」
「あー……さて、どうだったかな。何かあった時のためにすぐ駆け付けられるよう保険として用意はしたんだが……」
今度は私の方が問い詰めると、ガーネットは気まずそうに眼をそらした。
どういう意図があったにせよ、そのおかげで彼女の眷属として生きながらえることができている事には変わりない。
私も嘆息しつつも、特にそれ以上咎めずにいると、どちらからともなく互いに笑みを浮かべて、話の続きをする事に。
「壊す事ができたなら、分かっているとは思うが基本的に場所は心臓の位置にある。
が、普通に心臓を打ち抜いても霊核を傷つける事は出来ない。
なぜなら、霊核は幽世にあるからな。通常なら手を出すことは難しい」
そう言って、彼女は自身の胸に手を当てる。
そして、その指は心臓を鷲摑みするように、軽く胸に埋め込まれた。
そこから白い丘の間を流れるように血が流れ始める。
「だが、その霊核を現世に出現させる方法がある。それは、心臓を守る胸部を破壊する事だ。
もし我が今、この胸を抉れば我の霊核はこの場に露出するだろうさ。もっとも」
本当に抉るかと思わせるように力を入れたかと思えば、そっと彼女は自身の指を胸から外した。
しばらく、指の抜けた穴から血が漏れ出していたが、すぐにその穴は埋められるように塞がり元の状態へと戻っていく。
本当にガーネットが自分の胸を抉って見せるのかとドキドキしたけど、どうやら杞憂だったようだ。
「吸血鬼の再生力があれば、そうそう露出し続けるものでもないがな。
そして多少の違いはあれど、ほとんどの魔人は霊核を砕かれない限りは自信の体を再生する方法を持っている。
その昔、白木の杭を寝ている吸血鬼の胸に突きたてるという退治方法があったそうだが、胸部の破壊と心臓の位置を貫通を同時に行う実に効率的な魔人の退治方法だったわけだ。
でだ、翠。お前がその魔人を倒した時も胸部を破壊したのではないか?」
「確かに、その時は胸骨周りを壊したかな」
だから、あの時急に霊核らしきものが出てきたのかと納得する。
正直、壊しやすい胸部で本当に助かったと思う。
手持ちの武器が、骨と竹刀しかない状況では、普通の肉体を持つ魔人相手にはどうしようもなかったに違いない。
「そういえば、もとから霊核が幽世にあるなら、潜ってそれを壊す事とかできないの?」
「出来なくもないだろうが……、やる者はいないだろうな。
砂漠の中から一粒の砂糖を探し出すようなものだ。幽世のどの深度にあるかなど全く分からないのだから。逆に言えば、どのあたりにあるか分かれば、理論上では現世からでも胸部を破壊せずとも霊核を撃つ事は可能だが」
できる者などそういない。と締めくくりつつ、一度会話は中断。
彼女はシャワーで自身の体を流して、あとはそれぞれ頭を洗った後一緒に向かい合うように湯船につかる。
お互いに足をのばしても大丈夫なくらい広いので、割と快適であった。
「それと、もし今後、無いとは思うが魔人と戦う事になっても幽世には潜るな。特に翠、お前はな」
「どうして? そういえば、そういえば、幽世に逃げる魔人を追いかけるにはリスクがあるって言ってた気がするけど、それ関係とか?」
以前、最初に彼女がビフロンスを撃退した時の事を思い出して尋ねれば、当たっていたようで彼女は深く頷いた。
「ああ。先ほども言ったが幽世に霊核があり、魔人は潜るとその霊核を基準として幽世に存在するようになる。つまり、現世であった胸部という安全装置が無くした状態になるわけだ。
ようは我々のような吸血鬼の再生能力を生かす事もできずに胸を貫かれれば終わり。
翠のように、戦闘に不慣れでも胸部さえ守れていればとりあえずの命の心配はしなくていいわけではなくなるのだ」
なるほどと思いながら私は頷く。
確かに、絶対的な弱点があってもそこを狙われる際にワンクッションあるだけでも安心感が違う。
そのクッションがそうそうはがれる事がないならなおさらだ。
逆を言えば、普段の生活の中で怪我がすぐに治ってしまったら不審がられる時もあるかなと思い、怪我には十分注意しようと心に決める。
「それじゃあ、これは興味本位だけれど……幽世にはどうやって入れるの?」
幽世には、ガーネットに連れられて何度か入った事はあるが、一人で言った事は一度もない。
特に入る際に特別な仕草もなかったから、ちょっとした事で入れるようになれると思っていた。のだが。
「幽世にはどうやって入るかだと……?
どうやるのかと改めて聞かれると難しいな」
ガーネット曰く、自身の霊核を重石にして沈むイメージとの事だったが、どうにもその感覚が分からず。
そして、勝手に練習してまた底までいかれたら危ないからと、幽世へ行く時はかならずガーネットかハウンドと一緒の時にすることを約束させられた。
今朝の日光に対する反応実験の件もあって残念ながら当然の約束だった。
あとはゆっくり湯船につかりながら、ここ最近の出来事やガーネットが呼んでいた私の本についての話題に移った。
学校での出来事に関しては興味深げに頷いてくれて、本の趣味に関しては推理物が気に入ってくれた様子。今度、続きを借りたいようだ。
そろそろ上がろうかという時間。
私が今朝見ていた夢に関して話すと、彼女は考え込むように口元に手を当てていた。
「夢で、取り憑いていた魔人の過去を見た気がする、か。
実際、夢でお前に干渉してきた魔人だ。それ自体には信憑性があるが……」
「何かの役に立つかな……?」
できれば、ビフロンス達に一矢報いたい気持ちもある。
この情報が、その役に立てばいいと思いつつ、彼女の言葉を待った。
「国……か。それなら、その魔人の出処らしいヨーロッパの方に行ったかもしれんな。
我の方で、協会の人間に伝えておこう。
なに、ヨーロッパ方面は協会総本山のお膝元だ。何か大きな変化があればすぐに分かるだろうさ」
「……うん」
ヨーロッパと聞くと、そちらには今両親が行っているはず。
そうそう事件に巻き込まれる事は無いとは思いたいが、やはり心配ではあった。
――――――
――――
――
そうして、お風呂から上がった後。
私は自室に戻り、私物を整理してから週末明けのテスト期間に向けての勉強を始めていた。
部屋の中は既にしっかり掃除されているようで、お風呂に入る前までは血だらけだったとは思えないほど片付けられている。
とはいえ、血の匂いに敏感になったからか、まだあの濃密な血の匂いが残っているようにも感じた。
その匂いに意識を向けると、喉をゴクリと慣らしてしまい、慌てて机に向かって勉強を再開する。
あまり意識を向けすぎると、その血の匂いに誘われて、また理性が飛んでしまいそうに思えたからだ。
魔人関連に関してはガーネットの方で協会に連絡を取ってくれると言ってくれていた。
おそらく、もう関わる事が無いだろうという事も。
(となると、やっぱり目下の心配事はテストの事だよね)
釈然としないものは残っているが、やはり今の自分は学生。
一度死んだような存在でもそこは変わらない。変えられない。
ラジオ代わりにニュース番組を流しつつ、まずは初日の数学関連からテスト範囲の復習を始めていた。
この三角関数って将来の役に立つんだろうかと憂鬱になりながら、悪戦苦闘しつつ問題を解いていく。
途中、近所の美術館から昨晩全身鎧が歩き出すようにして、そのまま館外まで持ち出されたというニュースが入った。現在もその鎧も犯人も見つかっていないらしい。
どこの怪談だと思ったけれど、ちょうどいい感じに問題が解けている最中だったので、それ以上その事件に関して考えるのは止めた。
そうしてラジオ代わりのニュース番組も終わり、そのままバラエティ番組を聞き流しながら勉強を続け、ガーネット達と夕食をし、その後に息抜きで録画した映画を見たり、また勉強を再開したりするうちに時間はすっかり遅くなっていた。
「うぅ……これ終わるかな……」
期末試験なだけあって範囲は広い。
早退した事に対する心配のメールの返信を勇人と夕菜の二人に送る。
ついでにめぼしいテスト範囲を聞いたものの、聞かされた範囲はわりと絶望的。
わからない所を二人に質問しながら進めていっても終わる気配がない。
時間ももう遅い。
いつもならば録り貯めした映画の消化とか、早めに寝ている時間だ。
もし勉強が残っていたらは明日の朝にまわすなりしていた。なお朝できるとは言っていない模様。れっとみーすりーぷ。
(でも今は目が冴えてるし、録画した映画も息抜きでほとんど見ちゃったし)
息抜きというわりにがっつり見てしまった事には目をつぶる。
目が冴えているのも、何度も気絶した分眠っていたからだろう
なんにせよ、このまま勉強を続けても集中できなさそうだ。
なにか他に息抜きになりそうなものはないかと考えて、カーテンを開けた窓の外を見る。
窓の外には少し欠けた月が上がっていて、それを見ているとガーネットと一緒にここまで歩いてきた時の事を思い出す。
幽世の月を見るのは無理だが、月の下で散歩でもすれば気分転換にはなるだろうと身体をほぐすようにのばす。
ちょうど通り道にあるコンビニで何か夜食的なものを買ってみるのもいいだろうと思った。
寝間着代わりのジャージに薄手のパーカーを着こんで部屋から出る。
玄関ホールまで歩いていくと、ちょうど紅茶セットをカートで運んでいるハウンドと出くわした。
「おや、翠様。どちらへ行かれるので?」
「ん、ちょっとぐるっと散歩してくるつもり。
ハウンドは、これからガーネットのところ?」
「はい、お嬢様がお茶をご所望でしたので。
翠様もいかがですか?」
そう言って、すでに二つ分カップが用意されているセットを指し示された。
それもいいかなと思ったけれど、せっかくだから日の出てないうちに一度外に出てみたくも思う。
「んー、今日はいいかな。
ガーネットにも散歩してくるって伝えておいて。二時間くらいで帰ってくるからって」
「畏まりました。門の鍵は開いておりますので、ごゆっくり散歩をお楽しみください」
私が断る事も想定内だったらしく、断ってもお辞儀をして見送ってくれた。
その事に感謝しつつ、そのまま夜の山道を少しかけるように下りて行く。
想像以上に夜の間は体が軽い。
やはり吸血鬼になった分、身体能力が上がっているのだろう。その分昼間はかなり制限がかかっているようだけれど。
これは思った以上に早く帰ってこれるかもしれない。
この時はそう思っていた。
――――――
――――
――
「んー……。一応足をのばしてみたけど、特に変わったところはない、かな?」
私は散歩コースに、いろいろあった公園を選んだ。
せっかくだしあの夜歩いたルートを、逆から辿ってみようと思ったからだ。
もしかしてと懸念していた結界の気配はない。変わったところのない夜の公園に見える。
むしろ何もなさすぎて逆に静かすぎるほど。
夜の公園だと、ジョギングする人や犬の散歩、中高生の謎の集会などに出くわしたりもするものだが、特にそういった気配もない。
(このまま何もないとは思うけど、一応慎重に行こうっと)
ここ最近は色々ありすぎた分、もしかしたら何か起こるかもと思ってしまう自分が恨めしい。
あまり慎重にのんびりしすぎてガーネット達に心配をかけさせたくはないのだけれど。
ひとまず、公園を一周するつもりで入り口から歩き出す。
数日前に私が倒れた場所は、暗くてよくわからなかったが特に何かが残っているわけでもなく。
色々な事が立て続けに起こったのもあって、今思い出してもかなり遠い日の出来事のように感じてしまった。ほんの数日前、体感ではつい昨日の事なのに。
(……大丈夫。もう心臓が抉られるなんて経験、何度も起こらないだろうし)
思わず震えて動けなくなりそうなのをこらえて足を進める。
心臓は今も私の胸の中で動いている。
抜き出された物とは違う再生した心臓だが問題なく機能していた。
まだ当時のことを思い出すと鈍痛を感じるが、それもしばらくすればあまり感じなくなる時も来るだろう。
しばらく歩けば、スケルトンとおいかけっこした林が見えた。
とりあえず自分が走ったルートを逆周りに歩いてみるのも良いかもしれないと、林の中を進んでいく。
すると、少し離れたひらけた場所に明かりが見えた。
(あれ、誰かいる……?)
こんな夜更けに林の中で何をやっているのだろうか。
もしかしたら、公園を根城にしている不良か浮浪者の集まりかもしれない。
なるべく遠目に明かりが見える程度の距離を保ちつつ、少し迂回して林を通っていく。
結界が張られていない。
つまり、結界を張れる魔人はいないはず。そんな風に油断していた。
「んー……なかなかうまくいきませんな。やはり本命でないとだめなようですねぇ、これは」
聞き覚えのある、そして二度と聞きたくなかった声。
背筋が凍りそうになりながらも素早く幹の大きな木の影に隠れた。
迂回している分、声はまだ遠い。
慌てて声のした方を確認する。
「これをこうして……おおっと? 明後日、いえ明日でしたか。
それまでにどうにか形にしたいんですがねぇ」
見覚えのあるペストマスクをつけた姿の側にはランプを持った全身鎧が見える。
その一人と一体は、大きなアンテナのようなものとそれに付属する機械をいじってあーでもないこうでもないと動かしている様子。
一体何をしているのだろうと思ったが、遠目のため詳しく確認ができない。
なんにせよ全く見当もつかないが ろくでもない事に違いない。
(これは一回戻って、ガーネット達に教えたほうが良い、かな)
これ以上探っても私では何もわからなそう。
それに、ガーネットの予想に反して、ビフロンス達はまだこの土地にいた。
この公園にいた事は完全に予想外であったけれど、おかげで企みを露見できると考えれば良かったと言えるかもしれない。
ともあれ、ここで何かをしていたという情報を持ち帰れば、ガーネットや狩人協会の人達なら何かしら対策をしてくれるはず。
そうと決まれば善は急げ。踵を返して林から出ようと一歩後ろへ。
パキリ
すると想定外の音が足元から響いた。
ゆっくりと視線を落とせば、足元には折れた枝。
思わずビフロンス達の方へと振り返れば、彼らの方も私がいる方へ視線を向けていた。
「……おやぁ? おかしいですねぇ?
生き返らせたつもりのない人がこんな夜更けに歩いているようですが」
(見つかった……!)
急いで走り始めるも、私の通り道を塞ぐように突如スケルトンが現れてくる。
ビフロンスが幽世から呼び出しているのだろう。次から次へと現れては逃走経路をふさいでいった。
武器を持っていないので むやみに突貫することもできず。
最終的にはゆるく囲まれた状態に。
「今度は埋葬までご希望ですかな、お嬢さん?
今なら骨も残さない火葬プランがございますが」
ゆっくりと、ビフロンスと全身鎧が近づいてくる。
やはり見間違えでなく、結界を張らずにこの場にいたようであった。
「葬儀屋は間に合ってるから要らないよ」
そう何度もやられてたまるものかと、震えそうになるのをこらえながら言い返す。
素直にお茶会にしておけば良かったと、注意深く辺りを見回しながら思った。
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