第13話 衝動

「やっぱり日光と暑さには勝てなかったよ……うぅ」


 今の私は保健室のベッドの上。

 普段は仮病で休んでいる生徒や養護教諭が常駐している部屋ではあるが、今は珍しく私以外に誰もいない。

 そこの清潔感漂う白いベッドで、胸元を緩めた制服のまま倒れ伏すように横になっている。


 一体何が原因でこんな状態にといえば簡単な事。

 やはり日光がいけなかったと後から考えれば予想できた。

 ガーネットにとってはそこまで悪影響が無かったとしても、私にとってはかなり厳しいものだったのだろう。


「はぁ……体だる……」


 まだ少し目眩が残る頭で今後の対策を考えるために今朝からの出来事を思い出すことにした。



 結局、朝は学校の自動販売機で適当な飲み物を買って喉を潤したけれど、未だに喉の渇きは収まらず。そして汗もなかなか引かない。

 それでも飲む前よりかは多少マシになったので、そのまま夕菜と一緒に教室へ向かったのだった。


 教室では数日休んで音信不通だった事を心配する声がいくつか上がったけれど、大丈夫大丈夫と笑顔で答えておく。

 心配してくれるのは嬉しいけれど、何があったかなんて皆には話せないから。

 それでも顔色が悪いと指摘する声もあったが、病み上がりだからと言うに留めておく。


 実際、学校に来れるくらいまでには回復したのだ。登校途中は流れっぱなしだった汗も今は引いてきている。

 こうして吸血鬼になった後もちゃんと普通の学校生活は送れそうな事にほっと一息。

 このまま自分の席で大人しくしてる分には大丈夫だろうという目算で、窓際の自分の席に座る。

 その際、後ろの机に座ったまま顔を上げていない勇人へ声をかけてみた。


「おはよう、勇人。課題は終わったの」

「っ! 良かった、無事だったのか。今日は来ないかと思ってた。課題はまぁ……ぼちぼちだな」

「うん、大丈夫大丈夫。っていうか、メールで行くって送ったはずなんだけど」

「そ、そうだったか……。すまん、スマホ見ていなかった」

「……珍しい。まぁ、行くって言っただけのメールだから気にしないで。

 心配してくれてありがと、勇人」


 わりとそつ無くこなしていく勇人にしてはメールに気付かないって事は珍しいと思う。

 夕菜が言ってたように少し思いつめてるっていうのは本当なようだ。


 私が席に座るまで、来た事にも気づいてなかったみたいだし、よほど気になる事があるんだろう。

 私を見た時、一度驚いた後にひどく安心したような表情をしていたから、かなり心配させてしまっていたのも確かなようだし申し訳なさが湧き上がる。

 それだけ心配してくれた分、何か悩み事があるなら相談して欲しいとも思った。


 また、彼がうつむいて向かっているノートは白紙のまま。課題も進んでいないようだし、まだ何か考えているのは明白だ。

 とはいえ。


(もし課題関連なら夕菜に任せよう。勇人が悩むような課題だったら私にスラスラ出来ると思えないし)


 我ながら幼馴染として情けない事を考えてるな、と思っている間に始業のチャイムが鳴り響く。

 徐々に高くなってきた日の光に眩しさを感じながら、私も授業の準備を始めた。


 そして1時間目も終わり。


「……翠、大丈夫か?」

「んー……大丈夫、と思う。多分、きっと、おそらく、めいびー」

「あ、これ翠ちゃん全然大丈夫じゃないですよね」


 後ろからは勇人が、横からは夕菜が、心配そうに なおかつ私の言葉を全く信じていない様子で声をかけてくる。

 はっきり言ってしまえば、やはり大丈夫じゃなかった。


 一時間目が終わった休み時間の時点で、すでに疲労困憊。

 窓から差し込む燦々とした日光は、暑くて、眩しくて、これでもかというくらい私の体力を奪っていくのが今では分かる。

 以前のように眠気を誘ってくる事の方がマシと思えるくらい。


 机に突っ伏す私の顔には汗がにじみ出ていて、すこぶる気分も悪い。このまま日に当たり続けてると確実に吐きそうなほど。

 傍から見れば、顔色も合わさって酷い状態に見えたはず。

 事実、心配そうな二人の顔は私の返答を聞いても晴れることはない。


「――ちょっと顔洗ってくるね」

「途中で倒れないように気をつけろよ」


 顔を洗ってくれば、少しはマシな顔色になってるだろう。

 そう思って私は席を立つ。

 今も窓から差し込む直射日光から少し避難したかったのもある。

 ふらふらとしつつも立ち上がり、教室の外を目指す。その第一歩。


「……あれ?」


 最初に踏み出した足が崩れ落ちるように力が抜けた。

 ふんばろうとしてもう片方の足も踏み出せば、バランスを崩してそのまま周りの机を巻き込んで倒れ込む。


「翠ちゃん?!」

「翠っ!」

 

 周りから聞こえる声が遠くに感じる。

 そしてあちこちぶつけた体の痛みもすぐに遠くへ感じるようになり、冷たい床に身を任せてそのまま意識を失ったのだった。


――――――

――――

――


 ――そして今に至る。


「……まだ頭がぐるぐるしてる気がする。というか、ぶつけたっぽい所も結構痛むし」


 怪我自体はしてないようだけれど、思いっきり倒れた影響はまだ体に残っているようだ。

 それらもカーテンもしまって暗めの保健室で、ベッドの上にうずくまっていると少しはましになってくる。

 学校に来たばかりの時もそうだったけれど、直射日光にずっと晒されてなければ ある程度回復する様子。

 それなら、教室にいる間はカーテンでも閉めさせてもらえば多少ましになるだろうか。もしくはひとまず夕菜に席を変わってもらうとか。


「問題は外で体育の時間だけど……っと、今はお昼休みの時間か」


 ふと、壁にかけられている時計を確認すれば、丁度真昼の時刻を指し示している。

 どうやら二時間目をまるまる気絶して過ごしていたみたいだ。

 今頃、幼馴染の二人は昼食を取っている頃だろうか。


 そういえば、今朝から飲み物以外口にしてなかった事を思い出す。

 朝は今日の準備とかで色々忙しかったから、自分で用意したりするのも忘れてしまっていた。ハウンドも忙しそうだったし。

 それでいてあまりお腹がすいてない事に疑問を覚えながら、ベッドから体を起こした。


 一応、お腹に何か入れておいたほうが良いだろう。今からなら購買で売れ残りのパンを買ってきて食べるくらいならできそうだ。

 食堂は日当たりが良すぎるので選択肢に入れられないのが残念なところ。


「失礼します。あ、翠ちゃん。もう起きてたんですね」

「あ、夕菜。わざわざ様子見に来てくれたの? 気にしなくってもいいのに」


 夕菜が保健室に入ってきたのはその時だった。

 ベッドに腰掛けている私を見て、ホッとした笑顔を浮かべた後、すぐに厳しい顔に。

 持っていた弁当箱の包みを近くの机において、ジト目でこちらを見つめてくる。


「それは無理な話です。目の前で倒れられたら誰だって心配しますから。

 先生の話だと軽い貧血だそうですし、ゆっくり休んでください」

「……そうしとく」


 ここで変に反論しても、余計心配させるだけだろうから素直にうなずいた。

 それにしても吸血鬼になってから初めての不調が貧血と言われるなんて、まるで血を摂取しないといけないとでも言うような症状。

 ガーネットが血を飲んでいる姿をまだ契約の時以外見ていないので、血を吸わないといけないと言われたとしてもピンとこない。


 そういえばここに来ているのは夕菜だけだろうか。外の方へ視線を向けると、彼女のほうが察して答えてくれた。


「勇人くんは何か購買で買ってくるそうです。

 どうせ体調悪くても無理にでも学校来ようとしたんだろうって。あとは色々準備してるうちに食事忘れたとかですよね」

「ははは……二人も当たってる」


 さすが幼馴染。思わず目をそらしながらも肯定するしか無い。

 良くも悪くも私の事は二人によく知られてしまってると改めて実感できた。


「まったく……。当たってるーじゃないですよ。

 この分だと、学校に来れるまで体調不良も治ったっていうのも怪しいものですし……。

 翠ちゃん、ちょっと顔貸してくださいね」

「え……? 顔って……あ」


 気づけば、彼女の顔が目の前にあり、お互いの額が重ね合わされる。

 視線の先には眼鏡越しに彼女の黒い瞳がある。

 私をじっと見透かすような視線。このまま見つめ合っていたら、隠している事もバレてしまうんじゃないかと思えてくる。

 その瞳を見ているうちに湧き上がってきたものを抑えるために、私は体をずらすようにして彼女の肩へ顔を埋めた。


「どうかしましたか、翠ちゃん?熱はなかったみたいですけど……。

 ははーん、さては女の子同士でこんな近くで見つめあるのが慣れてないとかですか。

 今更恥ずかしがるような仲じゃないと思いますけど、なーんて」

「――」

「ツッコミすらないなんて……翠ちゃん、本当に大丈夫です?」


 

 私が抑えようとしたのは恥ずかしさなんかじゃない。

 そんなもの夕菜の言うとおり、感じるとしたら今更だ。 


 今抑えているのは喉の渇き。


 貧血という言葉で連想した、今の私が吸血鬼だという事実。

 至近距離から漂う血の通った彼女の匂い。

 それらによって体の奥からこみ上げてくる衝動をどうにかしようと顔を埋めたまま、浅い口呼吸を繰り返す。


「い、痛いですって、翠ちゃん。

 辛そう、ですね。何か私に出来ることはありますか?」


 無意識に彼女の腕を強く掴んでいたらしい。

 ゆっくり手の力を抜きながらも彼女の肩から顔を外せない。

 背中を擦られながら優しい言葉に甘えそうになる自分を抑え込み、ゆっくりと首を横に振った。


 この衝動が具体的にどんなものか想像しかできない。けれど、目の前の彼女に噛み付いてしまいたい。

 そんな吸血鬼が持つ衝動なんて一つしか思いつかない。

 そして、少なくともコレに身を任せたらダメなのは分かる。


 この衝動を突き動かしている渇きを癒やすには夕菜に噛み付いてしまえばそれで済む。

 そう本能的に理解してしまっても、それはダメだと心の中で警鐘が鳴り響いた。

 

(離れ……ないと……っ)


 このままくっついていたら、いつ衝動のまま夕菜を襲ってしまうかわからない。

 だけど、今彼女の顔を見て衝動を抑えきれる自信がない。獣みたいな酷い顔になっている自信はあるが。

 

「おーい、購買で適当なパンと飲み物買ってきたぞ。しかし、本当にあそこは凄い競争率だな」

「あ、勇人くん、お疲れ様です。今、翠ちゃんの調子が悪いみたいで……きゃっ!」

「おっと。急にどうした? 翠は……」


 がらっとドアを開ける音と勇人が入ってきた声を聞いて、そちらの方へ夕菜をドンと突き飛ばす。

 足元だけ見て勇人が夕菜を受け止めたのを確認した後、彼らに背を向けるようにベッドに横たわった。


「ごめん。ちょっと気分、悪くなっちゃったから。来てもらって悪いけど、しばらく一人にしてくれない?」

「でもなにか食べないと……」

「いいから出てって!」


 自分でも驚くくらいの大きな声が保健室に響いた。

 二人も驚いているのか、しばらく痛いほどの静けさが部屋の中を支配する。

 

「――分かりました。私達は教室に戻りますから。

 勇人くんが買ってきた物はここに置いときますから、落ち着いたらゆっくり食べてくださいね」


 静寂を最初に破ったのは夕菜。

 そう言って、いまだ戸惑っているらしい勇人を連れて保健室を出ていった。


 彼らが出ていった後、しばらく誰も来る気配が無い事を確認すると、ゆっくりと体を起こす。

 先ほどまで感じていた病的なまでの渇きは一応おさまっていた。


「あー、もう……後で謝らないと……」


 枕を抱き寄せ、それに顔を埋めながら思わず怒鳴ってしまった事を後悔する。

 幼馴染達は私の事情を知らないのだし、体調不良で情緒不安定になってたと言っても信じてくれそうだけれども、罪悪感は拭えない。

 純粋に心配してくれていた二人にどういったものかと思案する。


「今日は早退しよう……」


 とにかく、今はこのまま休んでも また衝動がぶり返さない保証はない。

 一度戻ってガーネットに相談しないと、いつ間違いが起きないとも限らないし。


 枕から顔を上げて、そばの机に置かれた袋を見る。

 購買から勇人が買ってきたと言うけれど、中を見れば小型パックの牛乳に焼きそばパン等の人気の惣菜パンが詰まっていた。

 これだけ人気の物を揃えるなら、授業が終わったらすぐに購買へ向かわないと無理だっただろう。

 それだけ気遣われているなというのが分かる。


「――ごめんね」


 改めて追い返してしまった二人に申し訳ないと思いつつ、買ってきてもらったパンを味わって食べる。

 食べ終わった後に牛乳で流し込めば、まだ燻っていた喉の渇きが少しおさまったような気がした。


 その後、戻ってきた養護教諭に早退する旨を伝えると、あっさりと早退許可が出た。

 それだけ私の顔色は酷い事になっているのだろう。鏡で見えづらいので自分ではわからないけれども。

 帰りは車で送ろうかとも言われたけれど、車のような密室でさっきみたいな衝動に襲われたらまた自制しきれる自信がなかったので、狭い場所にいると気分が悪くなると丁重に辞退。


 それでも歩いて帰らせる事に抵抗があったらしく、送る送らないでお互いに譲らない状態になったけれど、先に先生の方が折れて歩いて帰る事になった。

 絶対に寄り道も無理して走ったりもしない事と注意をもらい、カバンも教室から取ってきてもらう。


 あとは学校からガーネットの屋敷へ帰るだけであったが、どのようにして帰ったか細かい道順は覚えていない。

 なるべく日陰を通るように帰ったつもりだったが、やはり夏の真昼。日差しは強い。

 最終的に玄関まで辿り着いた所で倒れた事だけは覚えていた。


――――――

――――

――


「どうやら、無茶をしたようだな」

「うぅ……ごめんなさい」


 気付けば、私は自室のベットで寝かせられていた。

 ベッドの横には、早朝時と同じようにガーネットが座っている。

 その時と違うのは、私の事を不機嫌そうに睥睨してる事だけれども、無茶をしたと言われる理由も分かっている。

 ここは素直に反省しつつ謝る事にした。


「まったく……無茶せず、何かあればすぐに帰ってこいと言ったつもりだったんだがな」

「面目次第もございません……」

「――まあ良い、その様子なら今日は吸血衝動に完全に飲まれる事はなかったようだしな。

 それなら対処療法だが手も打てる」


 時計を見れば、4時頃を示している。どうやら帰ってからそこまで時間は経っていなかったらしい。

 一応明日から土曜日なので学校は休みではあるのだが、ホッとした。

 またこれで、二日間ずっと寝込んでましたでは、テスト当日に慌てふためく事になっていただろうし。

 それよりも今気になるのはガーネットの言う対処療法だけれども、一体どんな方法なのだろうか。


「今のお前の状態は絶対的に血が足りていない状態だ。それは分かるな?

 何をするにも喉の渇きがついて回るのがその証拠だな。これが酷くなると衝動のまま血を求め始めるそうだ」

「そうだって……ガーネットはその衝動に悩まされた事はないの?」

「あいにく、我は物心ついた頃から血に飢えるほど困った事もない。多少の喉の渇きにはもう慣れた」


 そういえば、前にガーネットがそんな事を言っていた気もする。

 そして、聞く限り私の症状はまさにこれだと思うと同時に、幼馴染さえ喉を潤す為の存在に見てしまいそうになるあの衝動に慣れたと言えるガーネットはさすがだと思った。


「でだ。もし血を十分以上に得られたのなら、今日のように過ごしても多少は平気になるだろうさ。

 少なくとも我や我の眷属である翠ならばな。

 ゆえに解決方法は血を吸えばいい……のだが」

「まさか、そのために人を襲うとか……」

「バカもの。そんな事をすれば協会に発覚したが最後。

 狩人共が大挙してここに押し寄せてくるぞ」

「やっぱりそうだよね……。わ、分かってたよ。分かってたからね!」


(狩人協会……だったっけ。一応ガーネットとは協力関係にあるらしいけれど)


 魔人を狩る他にも、敵対関係でない魔人と協力したり、魔人関連の事件に関わったりと、まるで宇宙人関連の事件を闇から闇に葬る黒スーツの映画の組織を思い出した。

 実際、その組織の人達ってどんな人達なのだろう。普通に会えるなら一度会ってみたい気もする。

 ガーネットとも協力出来る人達だし、きっと魔人にも好印象を持ってる人が多いのかもしれない。


「それで、代替品として協会から支給される吸血鬼用の血を頼んでいるんだがな……」

「だがなって……まさか」

「そう。まさか、こんなに早く血が足りなくなるとは思っていなくてな。どうにも来るのが明日以降との事だ。

 それに、協会の方にも新しく吸血鬼が増えたと申請もしなくてはいけないから、それを通すのに時間がかかるんだそうだ」


 嫌な予感がする。


「つ、つまり……?」

「今のお前の状態は、このままなら明日まで続くという事だ。

 すまんな。もう少し早く準備できればよかったんだが」


 申し訳なさそうに目線を下げるガーネット。

 やはりまだまだこの渇きは続く様子。

 一応、家に閉じこもっていれば、そこまで弊害はないのだけれど、今は一刻も早くどうにかしたい。

 集中しづらいし、無いとは思うが夢遊病のごとく外へと血を求めて飛び出してしまう可能性もなくはない。

 私の考えを察したようで、ガーネットは言葉を続けた。


「他に手がなくもないぞ。と言うよりも、今後の事を考えてもう一つの手段を勧めるつもりだった」

「よかったー。それでもう一つの手段っていうのは……?」


 どんな手段かは分からないけれど、多少頑張らないといけないものでもなんとかする所存ではある。

 体を起こしてガーネットを見つめながら、期待の視線を投げかけた。


「ああ、お前に示す解決策は一つだ。――我の血を吸え」

「……なんですと?」


 元から肩の露出しているドレスを着ているガーネットだが、さらに白い首筋を晒すように傾けながらなおも言葉を続けた。


「言ったであろう? 主として眷属の面倒を見るのは当然だと。

 血の確保が難しいならば今ある血を飲ませる他あるまい。

 安心しろ、我の血は十分以上に蓄えられているからな」

「ちょ、ちょっと待った!」

「どうした? その牙を我に突き立てて血をすするだけの簡単な作業ではないか」


 もともと人間だった私には割とハードルが高い作業な気がするんですが。

 いや、衝動に身を任せたら本能的にやってしまいそうだけれど、それはそれ。


「ふむ……。あれか? 自分で飲むのではなく飲ませられたいとかそういうのか?

 やって欲しいのなら、契約の時のように口移しで飲ませるが」

「待って、待って! それは色々な意味で恥ずかしいから!」


 血の気たっぷりのファーストキスの思い出がぶり返しそうになるので、その方法はご遠慮願いたい。

 そして飲ませられるというのも雛鳥のように扱われているみたいで、それもちょっと好ましくない。


 そうなると、必然的に自分から血を飲まざるを得ない状況になるわけで。


「一思いに噛みついた方が血はうまく出るぞ。噛み付くところを間違えても血は出るだろうから心配しなくていい」

「痛くはないの……?」

「痛いに決まっているだろう。だが、吸血鬼だからな。多少の傷はすぐに治る。多少乱暴に扱っても構わん」


 そこまで言われると、まごついて何もできていないというのも気恥ずかしい。

 ベッドの私に噛みやすいようにと、ベッド端に座ったガーネットは首を傾けながら私に背中を預けてきた。


 その背中を後ろから抱くようにして引き寄せつつ、自身の顔を彼女の首元へ近づける。

 夕菜とは違う香りと濃厚な血の匂いに一瞬衝動に身を任せそうになったけれど、なんとか自制。


 何度か躊躇うように何度も牙をあてがう場所を変え、励ますように私の腕を撫でるガーネットに元気づけられながら、私は彼女の首元へ牙を突き立てた。

 とはいえ、噛み付く勢いが足りなかったのか傷つけた部分は浅い。

 血も滲み漏れ出すように少しだけ湧き出てくる程度のもの。


(少しだけ……少しだけ……)


 初めて他人の血をすする行為に息を荒げながら、まずはほんの少しだけ血を飲もうと漏れ出た血を舌ですくい取る。

 そして、それをゴクリと喉へと流し込んだ瞬間――私は理性を失った。

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