♡46 教室に女神降臨 1/『お兄ちゃんと呼ばれたい』メガネ同盟結成

 あれから、ちょくちょく朝倉先輩と遭遇することがあった。

 どうやら向こうは僕を探しているようで、僕はと言えば見つかりたくないから逃げまどっていた。


 昼食も毎回違う場所でとるようにしたが、どうやってか先輩に発見され、

「もう、かくれんぼは見つからないとつまらないのよ」

 とプリプリ怒られた。頭や肩をぺちんされることもある。痛くはない。それより触られたという気持ちが勝って、リアクションに困るんだ。


 朝倉先輩といっしょにいるのは楽しかった。自然と口元がにやけてしまい、どうにも落ち着かなくて不安になる。それでも、心が騒いで止めるのが大変なほどワクワクしていた。


 弁当のおかずも彼女が好きなものにしようか、なんて考えてしまい、なんだか調子が狂った。先輩はなんでもパクパク食べてくれる。妹や弟のように文句しか言わない子を相手にしている寂しい僕には女神に思えるんだ。


「今日は何ですか?」とある日の先輩は目を輝かせた。

 僕は少し迷いながら、

「ハンバーグです」とお知らせする。

「わぁお。こねこねしたの?」

「しましたよ。昨日ですけど」


 妹には「またハンバーグ?」とまるで小姑みたいに文句を言われ、ため息交じりに不味そうにつつかれたハンバーグだったが、先輩は「いやん。おいしいです」と泣きそうになりながら喜んでくれた。


 もちろん、先輩が常に空腹らしいから何でもおいしがると言うのもありえそうなのだ。朝食はたっぷり食べているようだが、成長期。スレンダーな体型の割には大食いらしく、昼をたくちゃん先輩にかっさらわれると、ひどくひもじくなるらしい。


「たくちゃんはね、かな子のためだっていうの」

「モデルさんだからですか?」

「うん。かな子のママは油ものばかりなのね? だから食べないほうがいいって」

「でも、それだとお腹すくでしょ?」

「うん。だから、ここで食べるの」


 なるほど。なるほどってのも、どうかと思うが。

 僕はもっとヘルシーな料理にしたほうがいいだろうか、今度料理本で研究しようか、などと思考が流れていきそうになり、それでも頑なに自分が作りやすい簡単な物しか作らないようにした。先輩のためには作りたくないし、何より、僕の弁当を食べられたくもないからだ。


 よって、当然、弁当はいつも一つしか持って行かない。昼食場所もランダムにして、見つからないように苦心していた。でも、発見されなかった日は、どうしてか食欲が失せてしまい、弁当を残すことばかりだった。


 夜もなかなか寝付けなくなった。ぐるぐると朝倉先輩の顔が浮かんでくる。最初はいい。彼女の笑顔が浮かぶから。でも、だんだんと飯田先輩の顔がよぎってきて、最終的には気色悪いシーンで支配されてしまう。


 あんな乱暴な男のどこがいいんだろうと思うのだが、朝倉先輩と飯田先輩はお似合いのカップルとして成立しているらしく、誰も不釣り合いだとは思っていないのだ。飯田先輩の見た目はカッコいいような悪くないような……イケメンなんだろう。頭は悪いようだが、運動神経は良いとも聞く。


 それに、荒っぽいけど、いつも二人はイチャイチャしていた。二人がそろっているときは、常に互いにべったり密着しているし、人前でも平気でキスをしている。そんな二人の間に、僕が首を突っ込むのはおかしいし、みっともないことはしたくない。


 ……ないのだが、それでも、どうにも朝倉先輩に人生が絡めとられていくようでならず、彼女から逃げようと、僕はクラスの教室で昼食をとるようになった。


 最初は、ぽつんと寂しい食事になるかと思って元気が出なかったのだが、すぐに島田くんと島村くんという島々コンビが声をかけてくれた。二人ともメガネくんだ。つまり、メガネ同士の友情が芽生えたわけ。


 僕らは仲良く昼食をとった。島田くんはパン派らしく、焼きそばパンやカレーパンをよく食べていた。島村くんは僕と同じ弁当派だったが、彼のお母さんはキャラ弁に凝っているらしく、いつも目が覚めるような派手は弁当だった。


「恥ずかしいとは思いませんか、これ」


 島村くんは隠すようにして弁当を食べる。

 たしかに高校生男子の弁当にしては、ちょっとたじろぐキャラ弁だ。


 でも、このキャラ弁。朝倉先輩が見たら、飛び上がって喜びそうだ。詳しく観察して……と、そう思ったところで、気持ちが陰る。会いたくない。彼女には会いたくないのだ。でも、すぐ何かにつけて朝倉先輩に絡めて考えてしまう。


「でも、女子は好きそうだよね」


 僕は言って、思考を支配しようとする朝倉先輩の影を振り切る。

 しかし、この発言は二人には驚き発言だったらしく、


「ちょっと、ちょっと。小山氏ったら、イケメン発言じゃないですかぁ」

「そうですぞ、きみきみ。女子なんてワードを気楽に使ってはいけませんぞ」

 と、騒ぎ出した。


「そうなの? うち妹がいるし」

「な、なんと。妹がいるですと。小山氏はお兄ちゃんでありますか?」

「はぁ。弟もいるけど」

「妹さんは何年生ですかな? 可愛いですかな?」

 突然、くいついてきた島田くんに、

「中一。弟は小学校に入ったばかりなんだ」と答える。


「ははぁ、中一ですか。で、彼女もメガネかな?」


「いや、あいつは目が良くて。両親はどちらもメガネだから、そのうち悪くなるかもね。といっても風花はコンタクトにするかな。オシャレにうるさいんだ」


「風花と言いましたかな。風花ちゃん?」

「うん。弟は直樹っていうんだけど」

 って、弟の情報はいらないらしい。

 島々コンビは、

「妹さんに、お兄ちゃんと呼ばれたいものですなぁ」

 と、なにやら興奮している。


「二人とも一人っ子?」

「僕には兄がひとり」と島田くん。

「僕は弟がいるんですが」と島村くんは、

「もうすぐ、一人増えるなんて言い出しましてね。お恥ずかしい」


「え、おめでとう」

 僕が言うと、島村くんは眉を下げ、

「いやぁ、あまりうれしかないですよ」と首を振る。

「僕は孤独を愛するんでね。けど」


 と、ここで彼の声がぴたりと止まった。ぽかんと口をあけて、僕の後ろを見ている。彼の隣に座る島田くんも、似たように口をあけてフリーズしていた。


「なに?」


 振り返った僕だが、彼らと同じように、かちんと固まってしまった。

 教室の入り口に、朝倉先輩が立っていたのだ。

 誰かをさがしているらしく、きょろきょろしている。


「あ、あの」と女子がひとり、おずおずと声をかけた。

「朝倉先輩ですよね?」


 すると先輩は、困り顔をして、


「うん。あのね、小鳥くんいる?」


 声が、耳に響いた。


 ――2につづく。

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