♡43 出会いはパンツ丸見え 3/『吸血鬼のようなキス』僕には刺激が強かった

 僕は両手で彼女の手を包んだ。

 すると、彼女も両手を添えて、ぶんぶんと激しく腕を上下に振る。


「なっかよしぃ、なっかよしぃ。ところで、メガネくん。お名前は?」

「小山です。小山――」

 そう、下の名前を言おうとしたところで、背後から鋭い声が飛んだ。

「おい。てめぇ、何やってんだよ」


 びっくりして手を引っ込めた。でも、朝倉先輩ごと引き寄せてしまい、彼女を胸で受け止める形になってしまった。


「なにしてやがる」


 荒っぽく肩をつかまれる。痛みに顔がゆがんだ。

 木の上から突然、チーターでも降ってきたような気分だった。


 獰猛さ全開で、相手は朝倉先輩に対しても荒っぽい手つきで、自分の方へと彼女を引き寄せ、抱くようにした。それで、安心したのか、それとも優越感なのか、僕に険しい顔を向けながらも、彼はあごを突き出すように上げて短く笑う。


「お前、一年か? 調子こいてんじゃねーぞ」


 茶髪にピアス。細すぎるまゆ毛は目つきの悪い顔によく似合う。

 たしか、飯田といったはずだ。三年で不良の飯田たくや。

 僕でも知っているくらい有名だったが、いい噂は聞いたことがなかった。


「もう、たくちゃん。放してよ」


 腕の中でジタバタしている朝倉先輩。

 飯田は彼女の頭をぐりぐりと荒っぽくなでまわした。


「おい、どこ行ってたんだよ。フラフラしてるから、こんなダセェ奴にエロいことされるんだっつぅの。バカだろ、お前」


 ダセェとは、僕のことですか。

 と、まぁ、ちょっとムッとしてしまった。

 たしかにダサいとは思うけど、エロい奴呼ばわりは不服だ。

 僕はあなたの彼女のパンツ丸見え事件をフォローしてあげたというのに。


「なんだ、てめぇ。文句あんのかよ」

「いえ、べつに」

「はあ?」


 はぁ? はこっちですよ。

 なんか、朝倉先輩にまでガッカリしてきた。


 どうみても二人は親しげで、仲良さげで、恋人同士って感じだ。あんなに抱き合ってさ。でも、朝倉先輩の顔は嫌そうにゆがんでいる。眉は一本にくっつきそうなほど寄せられているし、口は食いしばるみたいに固く結ばれていた。抱きあって……じゃなくて、抱きつかれているが正しいのか。


「あの、先輩」 

 僕は朝倉先輩を見ながら言った。

 でも反応したのは、飯田先輩の方だった。

「ああ?」

 まあ、こっちが相手でもいいや、と僕は思って、


「朝倉先輩、転んで鼻を打ったみたいなんですよ。足も痛いって」

「はあ?」


 飯田は、朝倉先輩の頬をぱちんと音が鳴るほど雑に触ると上を向かせ、

「なんだ、また転んでんのかよ。ブスになるぞ」

 と言って、ゲラゲラ笑った。


「かな子、きれいだもん」


 ちらっと朝倉先輩は、目だけを僕に向ける。飯田に顔をつかまれているから、目しか動かせないのだ。でもその視線は、「ね、さっき言ってくれたもんね」というような、からかいやおどけが含まれた秘密めいた合図に思え、僕は思わず口元が緩んだ。


「はいはい。お前は美人だよ」


 秘密を知らない飯田は、ぞんざいにそう言って、朝倉先輩の両頬をぎゅっと指先で挟む。


「いはいよ、たくはん」

「何いってんか、わかんねー」


 位牌よ、たくあん。

 じゃないだろうなと頭の片隅で思ってしまった。

 どう考えても、「痛いよ、たくちゃん」だろう。


 それにしても、イチャイチャしているって、こういうことなんだろうか。この二人、美男美女と言えなくもない。ただ、美女と野獣にも見えるんだ、これが。


 僕はまだ、何か言い足りないような、やり残したことがあるような未練さを感じたが、もう用はなさそうだったので、そっと、この場を離れた。途中、階段を上る前に振り返ってみると、二人はキスをしていた。というか、飯田が朝倉先輩の顔に吸い付いていたというべきか。吸血鬼みたいだった。下品な吸血鬼。


 恋愛は分からない。好きという感情が芽生えたことがないこともないのだが、それでも誰かと付き合うとか、デートしたり、あんなふうに校内でいちゃついたりする自分なんて、僕には全く想像できなかった。


 それに、羨ましいとも思わなかった。朝倉先輩は苦痛そうだったし、飯田先輩も横柄なだけで、幸せそうとは違う気がした。別れが近いカップルなんだろうか。まぁ、そんなこと、経験がない僕に何が分かるんだか。


 階段を上る足音を聞きながら、もし、もう一度朝倉先輩と話すことが出来たら、オーバーパンツをはいたほうがいいよ、とおせっかいなアドバイスをしようかなと考えた。妹が腹巻付きのやつを持っていたはずだ。ああいうのをはいたら、スカートでも暖かいだろう。


 パンツ丸見えは、びっくりしたな。僕は思い出して、ドキドキした。けっしていやらしい気持ちじゃなかったんだけど、ハラハラドキドキというんだろうか、やっぱり生で女子の、しかも美人で有名な先輩の下着を、あんなに間近で見てしまったのは、ちょっと年頃の僕には刺激的だったんだ。

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