過去・高校時代 編
♡40 大好きな小山くん/『彼と婚約したの』かな子さん マル秘ノート発見!
本日の朝倉家はいたく平穏だった。僕は長らくしようしようと思いながら先延ばしにしていた部屋の掃除に着手した。増えていくくまボングッズを整理して、こっそり捨ててやろうかと思いながらぐっと我慢すること一時間。やっと本棚の片づけにまで手が伸びたところで、一冊のノートを見つけた。
端っこが少しめくれているが色あせもなく、綺麗な状態で、フレンチブルドッグの写真プリントが表紙のリングノート。かな子さんのだろうか。
僕は軽い気持ちでページをめくった。何か書いてあるかどうか、ただ確認するだけのつもりだった。けれど、最初にバーンと目に飛び込んできた文字に、手が止まってしまった。
『小山くんと友だちになった。一年生だって。明日もおべんとうをいっしょに食べたいな。クラスは何組かきくのわすれちゃったけど、会えるかな』
かな子さんの字だ。線が細くてちょっとだけ丸みのある整った文字。どうやら、これは日記らしい。しかも古くて、高校時代のもののようだ。
ここでノートを閉じるべきなのは分かっていた。でも、どうしても内容が気になる。他人の日記を見るなんて最低な行為なのだが、僕は誘惑に負けてしまった。
かな子さんは外出中だ。マネージャーの川田さんとショッピングディで買い物三昧中。よし、当分、帰ってこないぞ。それでも、きょろきょろと部屋を見回し、耳を澄ましたあと、僕はドキドキしながら続きを読み始めた。
『小山くんはメガネをしている。かな子もメガネをかけてみたくなったから、かしてとおねがいした。でも、小山くんはかしてくれなかった。ケチね』
『小山くんと手をつないだら、小山くんはいやがった。小山くんはかな子といるとはずかしいっていった。かな子は小山くんとおともだちになりたかったから、すごくかなしくなって、小山くんをぺちんしちゃった。小山くんがおこるかなと思ったけど、おこらなかった。いい人です』
『たくちゃんが小山くんと話しちゃだめだといった。ふーんだ。いじわる』
『みきちゃんが、小山くんは、かな子が好きなのよといった。ほんとかな。こんど会ったらきいてみなくっちゃ』
『小山くんに、かな子が好きかときいたら、先ぱいはカレシいますよね? って。たくちゃんのことだと思う。たくちゃんはカレシなのかな?』
『たくちゃんに、かな子のカレシなのってきいたら、そうだよって。だから、かな子は小山くんと仲よくしちゃだめなんだって。がっかりだな』
僕は胃が痛くなってきたので、一旦ページを閉じた。
紅茶を入れてくると、一口飲み、大きく息を吐きだしてから、ページをめくろうとしたところで、電話がなった。
「朝倉先生? 休日なのにすみません」
「いえいえ」
同じ数学教師の丸岡先生だった。彼女と数分ほど会話して、電話を切る。
どうやら出かけ先で、授業で使えそうな教材を見つけたらしい。なんだか僕にもお店に来て、どれがいいか選んでほしそうな雰囲気だったのだが、掃除が忙しいのでと断ってしまった。申し訳ないな。でも……と、ノートに視線をやる。
一体、このあと何が書かれているのだろうか。掃除より実はこっちが気になるんだな。僕は冷めてきた紅茶を飲むと、ノートを手にとった。
『小山くんは、かな子がたくちゃんとつきあっているから、かな子といっしょにいたくないといった。なんだかよくわからないけど、たくちゃんとわかれたほうがいいみたい。そうしたら、小山くんと遊んでもいいんだって』
『小山くんと毎日おべんとうを食べている。たくちゃんにはひみつ。たくちゃんには、みきちゃんと食べているとうそをついた。わるいことだけど、小山くんとおべんとうを食べたいから悪い子になる。小山くんは妹と弟がいるらしい。かな子はうらやましいなって思った』
『小山くんとかくれんぼした。小山くんはかな子とあそんでくれる。たくちゃんはかくれんぼしてくれない。他のことしようってだきついてくるけど、かな子はさわられるのは、あんまり好きじゃない。たくちゃんはちょっとこわい。小山くんは、声がちいさいけど、笑うとかわいいと思う』
『小山くん、かっこいいねといったら、まっかになった。かわいい。かな子は小山くんとあそびたい。たくちゃんは人気ものだけど、かな子は小山くんのほうがやさしくていい人だと思う』
『今日はすごくたのしかった。小山くんといっしょに帰ったんだ。クレープをたべて、公園ですべり台とジャングルジムであそんだ。小山くんは小さいこどもに人気なの。ドッチボールもした。小山くんはすぐ当てられていたけど、いたくなかったかな。おにごっこも楽しかったな。わくわくして小山くんにだきついちゃった。小山くんは、たくちゃんみたいにおしりさわったりしてこなくて、ほっとした。やっぱりいい人です』
『たくちゃんが小山くんをパンチした。小山くんのめがねがこわれた。かな子がとめなかったら、小山くんは死んでいたかもしれない。たいへんだ。みきちゃんは、笑っていたけど、笑っちゃだめなのです。なんだか、たくちゃんと会うのがいやになってきた。でも、毎日朝むかえにくる。いやだな。小山くんが来てくれたらいいのに』
『小山くんといつもいっしょにいたいって思う。だってやさしいんだもん。でも、たくちゃんがゆるしてくれない。たくちゃん、だいきらい。みきちゃんにいったら、ちゃんとバイバイしないからだよっていわれた。でも、なんどもバイバイしてるはず。わからないな。どうしよう』
『小山くんが、たくちゃんをつきとばした。たくちゃんはこけた。小山くんは、たくちゃんにストーカーっていって、大声でおこった。大きい声でるのね。びっくり。たくちゃんは小山くんをパンチしようとしたけど、小山くんはかさでたくちゃんをたたいた。たくちゃんはいたがっていたけど、かわいそうとは思わなかった』
『小山くんが泣いたので、かな子も泣いた。そうしたら、小山くんの涙はひっこんで、かな子をよしよししてくれた。先ぱいってかな子のことを呼ぶので、これからは、かな子ちゃんにしてといった。でも、朝倉先ぱいって、ずっといっている。もう。小山くんはガンコだ』
『小山くんと指切りした。約束。ずっと彼のそばにいてあげるの。小山くんはかな子といると楽しいって。かな子も楽しいから、ぴったりなんだ』
『みきちゃんはたくちゃんもキライだけど、小山くんはもっとキライだといった。反対だって。でも、指切りしたから、かな子は小山くんとけっこんするんだ』
『ママが小山くんのことを、もっさりくんといった。かな子はもっさりくんとこんやくしたらしい。大学そうぎょうしたら、もっさりくんとけっこんしてもいいよってママはいった。パパはもっさりくんは何て名前だってきくので、ヒロくんっていうよって教えてあげた。ヒロくんはかな子のことをかな子さんと呼ぶ。もう朝倉先ぱいとは呼ばないんだ』
ガチャリと音がして僕は大慌てでノートを本棚に押しこんだ。
「ただいまぁ」
「お帰りなさい」
かな子さんは両手に荷物を下げていた。サロンに行ったのか、出かけには下ろしていた髪をゆるくまとめていて、華やかにメイクまでしている。疲れたらしく、「はぁ、やれやれ」と、息を吐き出すと、ソファにどすりと座った。
「たくさん買いましたよ。みきちゃんは、もっとたくさんです」
「いいもの買えましたか?」
彼女はにこりとすると、床に荷物を広げ始めた。
「これは、かな子のね。これも、かな子の。これは……、かな子のね。えっと」
ごそごそ。黙って待っていると、パッと笑顔になり、
「あった。はい、ヒロくんにだよ」
渡されたのはヒヨコ柄のパンツだった。
「盗まれたでしょぉ。だから、もっかい買ってきたの。あと、こっちもヒロくん」
これもパンツでした。くまボン柄の。
ついに僕のパンツまで、奴の餌食になった。
「かぁいいでしょ。あと三枚あるよ」
いらないです。とは、言えず。
「朝倉先輩、ありがとうございます」僕はぺこりとおじぎした。
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