♡39 甘えモード発動/『もう君しか見えない』きつく抱きしめてゴロンゴロン

「ぷ、ぷろぽーずですと?」


「うん。かな子さんにひざまずいて、手には大きなダイヤがはまった指輪と真っ赤なバラの花束を持ってるんだよ。『かな子ちゃん、僕の奥さんになってください』って熱い眼差しで、でもどこか不安げなようすを見せながら頼まれた時、あなたなら、どうする?」


「わたしなら、どうするですと?」


「うん。想像してごらん。『かな子ちゃん。僕だけのお姫様になって』。ほらほら、くまボンが言ってるよ。どうするの、かな子さん」


「はうっ」


「『愛してるよ、かな子。君だけが僕のオアシスだ』。ほら、返事しないと。『かな子、もう君しか見えない。君が世界の中心なんだ。君がすべてだ』。ほらほらほら。黙ってないで、答えないと」


 妻は自分を固く抱きしめると、非常に困った顔をした。


「そ、そんなこと起こりませんよ。みんなのくまボンなんですよ。宇宙全体のヒーローなんですよ」


「でも彼だって、自分の幸せを求める心があるんじゃないかな」

「で、でも。くまボンには過去にクマジェーヌという」

「過去は過去さ」


 かな子さんは白目を剥きそうなほど、苦しみ始めた。このまま気絶するんじゃないかと思ったとき、


「む、無理です」と叫んだ。それから、

「かな子には、ひろしがいるんです」と断言するも、ハッと目を見開き、

「ヒロキだった」と訂正した。


「ヒロキくんと約束したので、くまボンはお断りします」

「約束?」

「はい」かな子さんは大きくうなずくと、


「だから、くまボンにはごめんなさいするのです。でも、くまボンのファンはやめません。ヒロくんと一緒に、くまボンを応援するのです。うん、それが、かな子の答えなんです。ね?」


 ね? っか。


「そうですね」


 僕は、僕らの真ん中で寝ているくまボン巨大ぬいぐるみに、視線をやった。奴はちょっぴり笑っているように見えた。その笑顔は、なんだか「頑張れよ、ヒロキ」と励ましてくれているようで、ちょっといい奴に思えてくる。だからなのか、自信が出たというか、調子に乗った僕は、


「じゃぁ、僕にもおやすみのチュウしてよ」


 と甘えた。すると、「ふえっ」と、かな子さんはたじろぐ。

 目玉が飛び出そうになって、あわわと口をパクパクさせた。


「ねー、くまボンにはするのに、僕にはしてくれないの?」

「む、無理です」


 首を振り、激しく拒絶する。顔どころか首まで赤い。

 くじけずに顔を近づけると、


「嫌ですっ。助けて、くまボン」


 くまボンを盾にされた。えぇ……、そんなに嫌なの。


「ヒロくん、寝なさい。ほら、ねんね」

「えー」

「えー、じゃない。寝るの!」


 くまボンでぐいぐい体を押され、ベッドに押し付けられる。


「さ、くまボンさん貸してあげるから、良い子して寝なさい」

「かな子さんが、いいよー」

「黙らっしゃい」


 噴火しそうになって怒るので、仕方なくくまボンを抱きしめる。で、ちょっと考えた僕は、「くまボーン」と叫んで、彼に熱烈なキスを浴びせた。


 それから、きつく抱きしめてゴロンゴロンすると、上に軽く放りなげたりしながら、アグレッシブに彼を愛した。すると、「ぎゃあああ」との絶叫がして、かな子さんはくまボンを僕から必死になってとりあげる。


「な、なんてことするんですか。もっと優しく可愛がってください。くまボンさんが、びっくりしてるでしょ」


「びっくりしたのは、かな子さんでしょ。僕たちは楽しく遊んでたんです」

「うそよっ。くまボンさんの『助けてー』が聞こえたもん」


「いんや、言ってませんよ。ほら、くまボンおいで。かわいいかわいいしようね」

 くまボンを奪い取ろうとすると、かな子さんは激しく抵抗して、

「ダメ、もうダメっ」とぬいぐるみに抱きついて離れない。


「今夜は僕がくまボンと寝るんですよ。かな子さんは、一人で寝てよ」

「いや。かな子も寝るっ」

「だめだよ。ほら、くまボンも嫌がってる」

「嫌がってないもん。ヒロくんのいじわる」


 意地悪と言わると、もっと意地悪したくなる今夜の僕。

 隙をついて、かな子さんからくまボンを取りあげた。


「あぁ」

「へへーん」


 ぶちゅうと彼にキス。くまボンは目を丸くして硬直した。まぁ、常に目は見開いているが。かな子さんは、「いやぁよ」と青ざめる。


「だめだめ。もう、おしまいです。ヒロくん、かな子にくまボン返してください」

「どうしても?」

「お願いです。ヒロくんは、くまボンにチュウしてはいけません」

「どうしてさ」

「ダメなものはダメなのっ」


 涙目になって訴えてくるので、僕はくまボンを解放した。

 すぐさま、かな子さんがつかんで抱き寄せる。


「ヒロくんは荒っぽいです。やさしーくしなくちゃいけないのに」

「優しいでしょ」

「くまボンはデリケートなの。もっと優しくしないとダメっ」

「ふーん」


 ごろんと横になると、真っ赤になっているかな子さんを見上げた。うるんだ瞳で、「くまボンさん、怖かったね」なんて、よしよししている。なんだか、ものすごい罪悪感にかられた。


「くまボン、ごめんね」ぽつりとつぶやくと、かな子さんは、

「許しません」と冷たい。

「ええ……」

「今日はもう許しません。三十七時間後に許します」


 どういう計算? どっからそんな数字が出たのやら。


「じゃあ、三十七時間後には、許してくれるんですね?」

「そのときに、また考えます。もう、あなたは寝なさい。明日もお仕事でしょ」


 はいはい。寝ますよ。僕は目を閉じる。

 すると、かな子さんが掛布団をかけ直してくれた。


「まったく。手のかかる人ね」ぽんぽんと、胸のあたりを叩かれる。

「これで先生なんだから、生徒さんが気の毒だわ」


 ……、すごい言われようなんですけど。

 まだ狸寝入りなのに。聞こえてますよ、かな子さん。


「さ、くまボンさんも寝て下さいね。かな子もグッナイです」


 目を閉じたままじっとしていると、右腕に何かが当たる。たぶん、くまボンだろうな。そう思って、こっそり目を開けると――


「かな子さん」


 早くも、ぐっすりな妻が肩に頬を寄せていた。手は、僕のパジャマをつまんでいる。くまボンはその向こうで天井を見上げ、我、関せずの顔をしていた。

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