♡30 コインランドリーの怪事件 2/『鍛えてます?』武器は大根とトートと勇気

 僕が乾燥を終えた洗濯物を袋に詰めていたときだ。すぐ隣の洗濯機を使っていた若い女性が、「えっ」と声を上げた。どうしたのだろうと顔を向けると、ぱちりと目があった。


「あ、ないんですよ」

 女性は反射的にといったかんじで答えた。それからポッと顔を赤らめて、

「その、下着が」とつぶやく。


 清楚な雰囲気の女性だった。まだ学生さんかもしれない。彼女はごそごそと洗濯物をさぐり、また、「やっぱりない」とつぶやく。


 僕は入り口に貼られていた注意喚起『下着泥棒多発中。用心せよ』のポスターを思い出し、「盗られましたか?」と訊いた。すると女性は、「はい」と言って、僕を上目づかいに見るもんだから、慌てて、


「いや、僕は盗んでないですよ」

 と両手を振った。すると女性のほうでも、

「いえいえ」

 と大慌てで否定して、

「そちらは大丈夫かと思って」と気づかってきた。


「ああ」と僕は袋を覗いて…… そこで、テントウムシ柄とヒヨコ柄のパンツがないことに気づいたのだ。


「えーっ、ヒロくん、女の人のおパンツ盗んだの」

 叫ぶ妻。ひぇぇとドン引いている。

「いや、かな子さん。ちゃんと話聞いてました? 僕たち二人とも下着を盗られたって話ですよ」


「ほうほう」妻はうなずくと、やや眉間にしわを寄せ、

「ヒロくん、ほんとに盗んでないの?」と疑う。

「盗むわけないでしょ」僕は思わず大声になった。

「それで、僕たち他の人にも聞いて回ったんですよ」


 このときコインランドリーには五人の客がいた。

 僕と若い女性、それから初老の男性に中年女性と若い男性だ。


 初老の男性はベンチで腕組みをして目を閉じており、中年の女性は主婦なのだろうか、大根が突き出たエコバックを足元に置いて、女性誌をペラペラとめくっていた。若い男性はずっとスマホをいじっており、たまにニヤニヤ不気味に笑っている。僕らはまず、中年女性に声をかけた。


「あの、すみません」

 僕が言うと、若い女性が「あそこの洗濯機なんですけど」

 と、自分が使っていた洗濯機を指さす。

「誰か開けているところ見ませんでしたか? 実は」


 と、ここで中年女性もピンと来たのか、はっとした顔を見せた後、何やらにやぁと笑って、「盗まれたの、あなた」と大声で言った。


「あ、はい。その」

「まぁまぁまぁ」


 もごもご恥じらっている女性に対し、おばちゃん全開の好奇心をむき出しにする中年女性。それから僕を見て、「あなた、彼氏?」と目をキラキラさせて問う。


「え、いや違います。僕は僕で盗まれたんですよ。彼女の隣を使ってたんですけど。ほら、あそこの」


「あらあらあら。そうなの? 何盗まれたのよ、あなたは」

「えっと」と僕は言いよどみ、

「下着を二枚」と伝える。

 と、おばさんはテンションMaxになり、

「奥さんの? それとも彼女かしら」と食いつく。


「妻のじゃなくて」と迷ってから、

「そのぉ、僕のを」と白状した。


 すると、「えっ」と二人の声が重なる。隣にいた若い女性と中年女性のものだ。それから、がたりと音がしたかと思うと、ずっとスマホいじりをしていた若い男性が顔を上げてこちらを見ていた。


「あなたの下着? あら、そうね」

 と中年女性は言って、僕の顔をじぃと見つめ、

「そうね。狙う人がいるかもしれないわ」

 となぜか激しく納得する。


「あなたも下着?」と今度は若い女性に問いかけ、彼女は、

「はい」と顔を赤くして答えた。

「ははぁ、下着泥棒ね。じつはね、私も以前やられたのよ」

 中年女性は首を振り、

「タオルだったけどね。今治タオルよ。まったく、迷惑よねぇ」

「ええ、まったく」


 僕はそう答えながら、横目で若い男性をチェックしていた。

 なにやら彼はいごいごとお尻をむずがゆそうに動かしては、こちらをちらちらと気にしているのだ。怪しい。ひどく怪しいですよ。


 すると女性陣二人も僕の視線に気づいたのか、若い男性に注目し、それから三人で目を合わせてうなずきあった。


「奴ね」と中年女性が断言する。

「ですよね?」

 と、こちらはやや迷いながらだが、若い女性が言う。

 僕はもう一度ちらりと若い男性をのぞき見て、

「声、かけてみましょうか」と提案してみた。


「そうね。とっちめてやりましょう」


 中年女性が意地の悪い笑みを浮かべる。これから正義の鉄槌を下そうとしている人には見えない、むしろ悪役の女性幹部のような不敵な笑みだった。


「盗むなんて最低。本当に最低よ」


 ぐっとこぶしを握り締めて若い女性がつぶやく。

 彼女は闘志をメラメラさせている。


「では、僕が」と一歩踏み出したところで、

「私が出入り口をふさぐわ」

 と中年女性が立ち上がり、エコバックから大根を引き抜いた。

「やってやりましょう」

 と若い女性がトートバッグを抱きしめて気合を入れる。

 見ればそのトートバッグはなにか硬いものが入っているようで、盾として十分機能しそうだった。


 まずいな。僕は周囲に視線をやった。というのも、僕には武器らしい武器がないのだ。これで空手や柔道、もしくはボクサーやムエタイ、はたまたエスパーが使えるなら問題ないが、はっきり言って善良さがウリなだけのヒロくんだ。


 丸腰は不安だ。相手がしなびかけたご老体ならいざ知らず、やってやるぞとなって、よくよく観察してみれば、スマホいじりの若い男性は、なかなかに引き締まった体躯をしていて、「もしかして鍛えてます?」と不安になるほど強そうなのだ。


 それでも女性陣二人が正義の味方として闘志を燃やしている中、ここで僕が「ちょっと警察を呼んでからにしましょうか」なんて悠長なことを言えば、たちまち「まさか、お前が盗んだのか」的疑惑をかけられそうでもある。


 僕はドキドキして不安いっぱいだったが、「相手は、かな子さんを人質に取っているんだ。待ってて、かな子さん」モードになって気を引き締めて、よしっと大きな一歩を踏む出した。


 ――3につづく。

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