♡17 砂浜に名前を書いてみよう 1/『波乗りジョニー』冷たい彼女に隙間風

「おいらは波乗りジョニーだぜ。ふっふぅ~っ」


 中腰で両手を広げ、エアサーフィンで腰くねくね波乗りポーズをしているは砂浜のジョニー……ではなくて、妻のかな子さんです。


 今日は二人で海へ来ています。早朝、「じゃ、海見てきますんで」と寝起きの僕に宣言して出て行こうとした妻を追っかけて来ました。彼女、神がかり的な方向音痴なんですが、ものすごい行動派でして、うっかりすると妻失踪となりますので、こちらも必死です。


「ふっふぅ~。ヒロくん、ふっふぅ~」

「ふっふぅ、ですね」


 ざざーんと波寄せる海岸。心浮き立つ夏も遠い昔となった今日この頃。砂浜には僕たち二人しかいません。いや、よく見れば遠くに人影がありますね。でも、ま、ほぼ二人の海岸です。あちらは即席波乗りジョニーを警戒して遠巻きにこちらを見ているだけのようですので。かな子さん、絶好調です。


「あぁあ、夏だったら泳いで遊べるのにねぇ」


 しばらくジョニーでいた妻は一時休憩のようす。

 どさりと砂浜に腰を下ろしてしまいました。


「ほらほら。お洋服に砂がついてしまいますよ」

 注意したけど、彼女は肩をすくめ、

「いいもーん」だそうで。

 打ち寄せる波を見ながら、「ふんふんふーん」とゴキゲンです。


「最近、海行ってなーいね、ヒロくん」

「夏はそうですね。日焼けしちゃいますから」

「うへぇ、太陽さん頑張りすぎです。かな子、すぐ真っ赤になるからなぁ」


 モデルをしているかな子さん。うるさいマネージャーさんがいるので美容にも気を付けています。色白美肌キープは日々の努力が欠かせません。

 でも一番はストレスが良くないですからね。その辺のバランスは難しいのです。


「あぁあ、ヒロくんにかな子の超絶クロールを見せてあげたいのになぁ」

「かな子さん、泳げたんですか」

「いま、ヒロくん、ひどいこと言ったでしょ?」


 失言です。うっかり失言です。

 にらんでくるかな子さんに、両手を合わせて詫びます。


「す、すみません。泳いでいるところを、見たことがなかったので」


 浮き輪やボートで「ひゃっほーい」はプールで知ってるんだけどね。

 あと、だるま浮きが得意なのも。でも、彼女が超絶クロールで泳ぐとは知りませんでした。泳げたんだ……、しかも超絶。てっきりビート板を愛用かと誤解していました。


「まったくヒロくんの毒舌には困ったものですよ。わたしだからいいようなものの、他の人に対してもそんなことじゃ、嫌われてしまいますよ」


「はぁ、申し訳ないです。以後気を付けます」

 ぺこり。かな子さんは、

「ま、頑張ってください」

 と、ややどうでもよさそうに目をそらした。かなりご立腹中です。むむむ、これは全面的に僕が失礼ぶっこきすぎました。


「室内プールに遊びに行った時に、その超絶クロールなるものを見せて下さいよ。僕、実は泳ぎはあまり得意ではなくて」


 ぎりぎりクロールで50メートル泳げるレベルなんです。平泳ぎはものすごい速度が遅いですしね。人に見せられるようなものじゃなりません。特に妻には無理。


「あら、ヒロくん、トンカチなんですか?」

「カナヅチのことなら、多少泳げるので違いますよ。でも得意ではないです」


 ふーんとかな子さん。何か言いたそうな顔をして、僕をじろじろ見ています。もしかして『泳げない男なんて、だっさーい』とか思ってるんでしょうか。ま、マズいですよ、それは。うっかり好感度下げ発言をしてしまったようです。


 僕は、なんとかイメージ回復をはかろうとアレコレ考えていたのだが、かな子さんは突然、砂浜に落ちていた木の枝を拾うと、


「ヒロくん、ヒロくん、トンカチなぁ~おれ」

 と、なにやら枝をぐるぐる回しながら唱えた。

「なんです?」と僕。


 どうやらこれも、とんだうっかり失言だったらしく、かな子さんは、フグのようにふくれっ面になった。ぷぅと怒って、


「何ですとは、何です! トンカチヒロくんを太刀魚にかえてあげたんでしょ」


 と、砂を蹴散らす。

 太刀魚? 

 僕はぽかんとした。


 この顔で、また、かな子さんをがっかりさせたらしい。

「ヒロくんたら、言葉を知らないのね」

 と、今度は枝をぶんぶん振り回して怒っている。

「あ、トビウオですか?」


 泳ぎが得意と言いたかったんでしょう。

 でも、かな子さんはこの訂正が不服らしく、

「太刀魚だもん」とかなり強めに反論してくる。


「太刀魚、おいしいもん」

「そう……ですね」


 僕はなんとか彼女の怒りをなだめようとした。でも、まだ寝ぼけているのか、絶好調のかな子さんと、かなりの心理的距離が出来てしまっている。彼女のぷんぷんが止まらない。うーん、まずい。目を覚ませ、僕。


「あの、かな子さん」


 なんとかイメージアップを狙い、おずおずと声をかけた。かな子さんは、「ふんふんふーん」と鼻歌交じりで砂浜に文字を書き始めている。どうやら海辺の心地いい雰囲気に、あっさり機嫌が直ったらしい。というか、僕のことを忘れてマイワールド全開なのかもしれないが。


「あ、あのぉ」

 ちょんちょんと肩を叩く。すると妻はうざったそうに僕を見て、

「こら、大人しくしてなさい」とぴしゃりと言い放った。

「ご、ごめんなさい」


 しゅんとする僕。お利口に大人しくしています。

 潮風が僕には冷たいですね。心に隙間風がピープー吹いてます。


 ――2につづく。

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