♡16 くしゃみが止まらない 3/『僕は出ていく!』腹黒夫の勝利宣言
「川田さんがここに住むなら、僕は出て行く」
断言。ふんっ、言ってやっぜ、こんにゃろう。
鼻息荒く、ふんぞり返る。
「あ、そう。じゃ、出てけ、出てけ」
「はい、いってらっしゃい、ヒロくん。気を付けてね」
絶句。しばらく息まで止まった。
「か、かな子さん……」なんとか声を取り戻す。
「僕、いなくてもいいんですかぁ」
泣きそうです。っていうか、泣いてる。
「え?」とかな子さんはびっくり顔。
「どうしたの、ヒロくん。お出かけするんでしょ? いってらっしゃい」
手をバイバイ。それから小首を傾げて、「くしゅんっ」
「お出かけじゃなくて、出ていくって話ですよ」僕は力を込める。
「川田さんと僕は一緒に暮らせませんっ。どっちと生活したいか、かな子さん、選んでよ」
「お、いいな、それ。言ってやりな、かな子。私と暮らすから、お前は出てけって。楽しく女子だけで暮らそうなぁ」
ぐいっとかな子さんの右腕を引っ張る川田さん。
「なっ。僕とですよ。僕と暮らすんです!」
ぐいっと反対の腕をつかむ僕。
「しつこい男だな。さんざん今までいい夢見ただろ。かな子を放せ、変態」
「川田さんこそ、しつこいですよ。僕たちは二人仲良く幸せに暮らしてたんだから邪魔しないでください」
「あ、あの」
「かな子さん、僕がいいですよね。僕の方が料理も上手だし、体力あるし、よく気が付くし、かな子さんの好みも嫌いなものも、全部ちゃんと把握してますから」
「なにをっ。かな子、私の方がいいよな。女同士のほうが分かりあえるって。こんなどんくさそうなもさ男、気持ち悪いだけだ」
「あうぅ」
「かな子さん、好きです、好きです、好きです」
「うわっ、鳥肌立った! 変態、かな子から離れろ」
「そっちこそ、離れてください」
「いやだね、もっさりの分際で歯向かうんじゃねぇ」
もっさりで悪いか! 僕だって、「よく見ればイケメンね」って、言われることが無きにしも非ずだ。
「かな子さん、どっち?」
「かな子、言ってやれよ」
間で綱引き状態の妻は目をパチパチさせる。
「止まった!」
「え?」
ぱぁと笑顔が広がる。
「くしゃみっ。止まったよ!」
あら、ほんと。
「よかったですね、かな子さん」
言うと、彼女はにっこりして僕を見上げる。
「うん、止まった。はぁ、よかった」
そして、ぴょんと跳ねて僕に抱きついた。我の勝利。
にやっと笑って、川田さんを見やる。
「ぐっ。お、お前の本性が出てるぞ。意地の悪い顔しやがって」
「顔?」くっついていた妻が少し身を離す。
「ヒロくん、意地悪いの?」
「え、そうですか?」にっこり。
「ヒロくん、優しいよねぇ」
かな子さんは言った。
はっはっはっ。脳内で勝利の雄叫びを上げて踊る。
「騙されるな、かな子。こいつ、腹黒いぞ。絶対、根性腐ってる」
「またまたぁ、川田さんはユニークだなぁ」
王者の余裕。僕は笑顔を振りまく。
「か、かな子。いいから、こいつを追い出して――」
「さぁ、お出口はあちらですよ」
僕は妻から離れると、川田さんの背中を押した。
「おい、触んな。セクハラっ、キモい」
「まぁまぁ」
騒ぐ川田さんをずいずい押しやって、玄関まで連れて行く。
「はい、じゃぁ、またのお仕事まで、さようならぁ」
どんっと押し出して、玄関のドアを閉めた。
「あっ、おいっ」
まだ決着はついてないぞ、という声が聞こえたような、聞こえないような。
きっと空耳ですね。
「みきちゃん、帰っちゃったの?」
妻の声。僕は笑いをこらえると、爽やかに返事をする。
「はい、急用でしょうかね。忙しい人ですから」
「そっか。あ、荷物取りに帰ったのかな」
「え?」
「ほら、ここに住むって」
「ああ、あの話は彼女のジョークですよ、ジョーク」
あっははぁと僕は笑い飛ばす。
「いやぁ、たぶんあれは、かな子さんを驚かせて、くしゃみを止める作戦だったんでしょうね。優しい人だなぁ」
普通はしゃっくりに使う戦法ですけど。細かいことはいいんです。
「くしゃみ止める作戦だったの?」
「そうです、そうです。だって、あの人が他人と一緒に暮らせるとは思えませんからね。本気じゃないですよ」
「なーんだ、三人でお風呂入ったり、ベッドで遊んだりできるのかと思ったのに」
「……三人でお風呂入ったら、ぎゅうぎゅうで潰れますよ」
「そうかなぁ。まくら投げやトランプしたかったなぁ」
二人でトランプはつまらないですもんねぇ。
僕が言えたのはそれだけでした……、くしゅんっ。
「あれ、ヒロくん?」
「くしゅん、くしゅんっ」
……あら、もしか……っくしゅん。
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