♡15 くしゃみが止まらない 2/『三人で住むの』ショックで床に崩れ落ちた
「いいか。お前が、かな子にふしだらなマネをするから、こうなったんだぞ」
ふ、ふしだらって……
「かな子さん、この人に何を話したんですか?」
たぶん昨夜の大騒動のせいで、くしゃみが止まらなくなった、かな子さん。
モデルの仕事にも影響が出たそうですが……
だからって、川田さんに責められるのは、不満。
僕と川田さんがにらみ合っていると、(といっても蛇とカエル状態だが)妻のかな子さんは、ぺぴっと鼻を鳴らして、息を止めた。それから、「はぁ」と大きく息を吸って――
「ぶわくしょんっ」
見事なくしゃみ。
「か、かな子ぉぉ」
見れば霧吹きをかけられたかのような、川田さんの顔。
「ごめん、みきちゃん。ぶふぁっわっく、しょんしょん」
その後もペクションペクション続けざまに妻はくしゃみを連発した。ごしごし腕で顔を拭いた川田さんは、そんな彼女と、横でおろおろしている僕を交互に見やると、ゆっくりと首を振り、
「よぉくわかった。もう、あんたには任せとけない」
うんうんと自分の言葉にうなずいている。
「かな子、これからは私もこのうちに住むからな。こいつに変なマネは二度とさせん」
はい? ちょっと待ってよ。
「嫌ですよ、僕」
「ぺくっ。み、みきちゃん、一緒に住むの?」
「住む」
うわっ、最悪。絶対、反対。断固反対。拒絶、拒否、妥協はできない。
「そんな必要ないですって。うちでは僕がちゃんとかな子さんを――」
「お前じゃ、かな子の管理は無理だ!」
どかーんと声を爆発させる川田さん。
かな子さんまで、びっくりして硬直しています。
「む、無理じゃありませんよ。ちょっと昨日はいろいろあって」
「いろいろっ! ああ、いやらしぃぃぃ」
何を考えてるんでしょうね。おたくの思考回路の方がいやらしいです。
でも、そうとは言えずに、僕はむっつり黙り込む。
「私はここに住む」どんと足を踏み鳴らす川田さん。
「初めからそうすればよかったんだ。まったく、私の落ち度だな。いいか、かな子。これからは私がこいつをしっかり見張っててやるからな」
びしっと指をさされる僕。かな子は控えめに、「くちゅん」。
「嫌ですよ、僕。あなたとは住みたくないです」
勇気を出してはっきりと僕は言った。しかし、ギラっとにらまれて、後ずさりする。でも、がんばる。僕は大きな一歩を踏み出した。
「い、嫌ですもん。ここは僕の癒しの場所なのに、川田さんがいたら」
癒されない。魔窟みたいになる。
「大丈夫ですって。かな子さんの健康は僕が――」
「ふえっくしょんっ、ぶひぃ、ぶひっくしょんっ」
ぶはぁ、と妻は大きく息を吐く。
「ほら、こうなったのはお前のせいだろ」
「違いますよ! ゲジゲジのせいです」
「ぺちっくしょん」
「ゲジゲジだぁ? お前、私は知ってるんだぞ。裸のかな子を廊下に追い出して、自分はのんきに風呂入ってたんだろ」
はぁ?
「嘘ですよ、それ。僕がそんなことするわけないでしょ」
「ぷふぁくしょん」
「ほら、かな子さんだって、違うって」
「言ったか? 言ったのか、かな子。私が嘘ついてるって?」
「ぴくっしょん」
「ほら、嘘だって。ね、かな子さん」
「違う。今のは『私はこの人に虐待されてるの。助けて、みきちゃん』だ」
「そんなに長くないでしょうが」
「いいや。多くの意味を含んだくしゃみだった」
ずいっと顔を近づけてくる川田さん。
香水か柔軟剤か何かの化粧くさい強い匂いがぷわんと香ってくる。
「いいか。私とかな子はマミーのお腹にいるときからの仲なんだ。ちょっと最近出会っただけのどんくさいもっさり男のお前とは重みが違うんだからな」
「最近って。僕だって、もうかな子さんと出会って十年ですよ」
「ははん、私は二十八年ほどですが?」
「ぺちっ」とくしゃみ。
「年数じゃないです。それに僕たち夫婦ですからねっ」
えっへん、どうだ。負けるもんかと胸を張る。
「はっ。夫婦に離婚はつきものだ。はい、バイバイ、さようなら。次の日からは赤の他人」
むふぅぅ。この人は苦手です。
「とにかく、出てってください。ここは僕たちの家です!」
「嫌だね。かな子、私とこれから住もうな?」
「うん」
え?
僕は妻をガン見する。
「かな子さん、いま、なんて?」
「ん? みきちゃんも一緒に住むんでしょ? 楽しいだろうな、三人で暮らすの」
きらきら笑顔の妻。唖然としていると、得意げに川田さんが「ふふん」と僕を見下すようにあごを上げた。
よろろ。僕は床に崩れ落ちた。ガーンです、ガーン。落ち込み度はメーター振り切って壊れてます。でも……
すっくと立ちあがる。くっ、負けるもんか。僕にだって考えがあるぞ!
――3につづく。
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