♡14 くしゃみが止まらない 1/『暴力反対』毒舌マネジがやって来た

「ただいま戻りましたぁ」

 帰宅。がちゃりと開けた向こうには、妻のかな子さんが……、いない。

「ああ、来てらしたんですね、川田さん」

「おう、悪いかダメ男。相変わらず、ぼさっとしてんな。寝てんのか」


 川田さんはモデルをしている妻のマネージャーさん。どう、この口の悪さ。ひどいでしょ。見た目だけなら彼女もモデルさんが出来そうなほど美人です。けど、ものっすごいキツイ顔の美人さん。癒し系のかな子さんとは真逆の美です。素手でコブラとって食べたって聞いても信じそうなほどの人ですから。


「いえいえ。ようこそ、いらっしゃいました」

 ぺこりと頭を下げながら靴を脱ぐ。

 すると、向こうから「ペクチョンッ」とくしゃみの音がした。

「あれは、かな子さんですか?」

 顔をあげて訊ねると、川田さんは鼻にしわを寄せた。

「そうだよ。あんたのせいでな」

「僕の?」


 首を傾げると相手はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。それから、また「ペクチョンチョン」とくしゃみの音。僕はちょっと邪魔な場所にいる川田さんを遠慮がちにどかすと、妻の元へと駆けつけた。


「かな子さん、風邪引いちゃいましたか?」

「ぺぴっ。ち、違いますよ。くしょっん、ちょんちょんっ」

 ハアハアと息をついたあと、また盛大に「ペクチョンッ」

「大丈夫ですか。呼吸できてます、それ」

「で、できてまっしょんっ。くちょん。熱はないっくちょん。だからっペピィ」


「熱はない。どうかしてるクシャミが出ているだけ」

 冷めた声で川田さんが言う。

「こんなんだから、撮影は中止。ったく、お前のせいだからな」


「ええっ」なんでと言いかけて、昨夜のゲジゲージ騒ぎに思い至る。

 やっぱり体を冷やしたのがマズかったのかな。

 でも、なんでそれを川田さんが……?


「お前がかな子を素っ裸で放置したんだろ。このエロおやじっ。いや、エロ小僧」

 川田さんは僕に指を突き付ける。その指は真っ赤なペニキュアをぬっていて先が鋭くとがっていた。魔女ですね、魔女。人を食う魔女だ。そいつが、


「警察だ、警察! お前、覚悟しとけよ」

「ああ、え? なんの話ですか?」

 混乱する。ううん、わからんぞ。わけわからん魔女より、かな子さんだ。

「ペクチョンッ。ハアハア……」


 肩でぜぃぜぃ息をしている。

 わずかの間のあと、息を吸い込んで……ぐっと鼻をつまんで耐えた。


「ぶふぅ。と、止まったかな……、ぺぴぴっくちょん」

 ああ、ダメですね。これは、重症です。顔は真っ赤。

「かな子さん、大丈夫ですか? 鼻がムズムズするのかな」


 手を伸ばして背中をさすってあげようとしたところで、川田さんにその手を叩かれる。パシィと結構な音。骨が折れたかと思った。


「な、なんですかぁ。暴力はやめてくださいよ」

「そ、そうよ。みき、きき、きっくちょんっ」

 ぜぃぜぃ。

「こんな男、早く捨てな。いい、かな子。世の中にはもっと優れた男がいるの。あんたなら、もっとハイスペックな相手が手に入るって」


「ぺちっくちょんっ」

 妻はむっとした顔をして、器用にくしゃみをした。

 通訳すると、『そんなことないもん。ヒロくんはかっこいいもんっ』

 ……だといいな。たぶん、『もうっ、みきちゃん』くらいの意味だろう。


「あの、僕も帰宅しましたし、今日はこれで……。お出口はあちらです」

 ささっと玄関に手を向ける。が、川田さんは腕を組んでふんぞり返り、

「帰らん。いいか、かな子。この男のせいでお前は仕事を一つダメにしたんだぞ」

「ぶっしゅんっ」

「もう。仕事よりも、このくしゃみのほうが重大ですよ」


 僕はそそそっとかな子さんに近づくと、肩に手を回した。

 ぎらっと川田さんの目が光る。おお、怖いです。


 ――2につづく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る