♡13 ゲジゲージの襲撃 2/『混浴はNG』あいつはもう死んでいる

「……かな子さん、ドアを押さえないでよ。開かないでしょ」

「こ、こないで! やっぱりトイレ流し作戦は中止です」

「なんでですか?」

「だって戻ってきて、おしりにサワワってきたら嫌だもん」


 こないですって。


「大丈夫ですよ。遠くまで流れていきますから」

「分かんないもん。根性で戻るかもしれないじゃん。そしたら、おトイレできないもん」

「じゃ、どうしろと」


 っていうか、早く対処しないと、かな子さんバスタオル一枚なんですけど。風邪引かれたら、ショックですよ。僕はタライのゲジゲージを見つめた。まだ辛うじて生きているようだが、萎び始めている。お湯が彼には堪えるらしい。


「お前さんも、なぜ、このうちに来たんだい。かな子さんを怖がらせるなよな」


 どうしよう。つまんでゴミ箱に投げ入れようかな。でも、なぁ……


 僕は湯船に目をやる。たぶん、このお湯にかな子さんはもう入らない。それにゲジゲジ煮だし湯に僕があとで入ると、一週間は気持ち悪がって避けられそうだ。ゲジゲージ、罪深い虫だよ。


 僕はタライに入った湯を湯船に戻した。それから、お風呂の栓を抜く。ごぼぼぉの音と共に、ゲジゲージはくるくると回って吸い込まれていった。さらばよ、ゲジゲージ。達者でな……死んだかもだけど。


「かな子さーん、もういなくなりましたよ。こっち入って来てよ」

 シーンとした少しの間のあと、ドア越しに、

「……ほんとに? 嘘だったら、離婚します」

「嘘じゃないですって」


 とんとんとドアを叩く。と、わずかに隙間が開いた。


「いないの? ほんとに、ほんとなの、ヒロくん?」

「いない、いない。消えましたよ。それより、こっち来て体あっためないと。シャワーで大丈夫かな? また、お湯入れましょうか?」


「……煮汁、どしたの?」

「湯船のお湯なら、もう抜きましたよ。ああ、ブラシでこすっときましたから、湯船も周りのタイルも、ちゃんときれいです」


 パパッとですけどね。パパッとこすりましたよ。

「ね、おいでよ。もう、いないよ」

 じろぉと、ドアの隙間からおめめがのぞく。


「……信じましょう」


 ゆっくり姿を現すかな子さん。目が警戒心にギラギラしています。


「ほら、もういないでしょ」

 そう言って肩に触ろうとしたら、ものすっごい勢いで身を引かれた。

「手、ばっちくないですかっ。ヒロくん、あいつ触ったでしょ」

「触ってないですよ」

「じゃ、どうやって消したの」

「……魔法で? ……いや、冗談ですよ」


 すごい、にらまれちゃったよ。


「お風呂のお湯ごと、流したんですよ」

「ええっ。じゃあ、もうお風呂に一生入れないじゃん」

「ええっ、なんでですか!」

 ぷくぅとむくれる妻。

「戻ってくるかもしれないじゃん。混浴は嫌です」

「ははぁ、それは大丈夫ですよ。だって、お風呂は栓をして入るんですから」


 この言葉は説得力があったようで。妻の表情がぱっと明るくなる。


「そっか! 戻って来ても、湯船には入れないね」

「そうそう。それにお湯は熱いですからね。先ほどの子はご臨終です」

「そう?」

「そうです」


 しばらく考え込む妻。ご臨終のゲジゲージに思いを馳せているのだろう。わずかに同情するように眉をよせると、すっと手を合わす。


「なぁむぅ。おろみぃ」

「なんです、それ?」

「お経です」


 なんとなく、僕も合掌。なむぅ。おろみぃ。


「さて、葬儀も終わりましたからね。もう一度お風呂入って暖まったほうがいいですよ。すっかり冷えちゃったでしょ」


「じゃあ、ヒロくんも入る?」

「ええ、あとで」


「えーっ、一緒に入ろうよ! シャンプーでツノ作って遊ぼう」

 ゲンコツを二つ、頭の上に重ねる。「つーんて。ツノ、作ろうっ」

「えぇ……」

「入ろう、入ろうっ」


 ジタバタ。おぅ……、大変だ。

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