♡12 ゲジゲージの襲撃 1/『ヘルプミー』廊下を走る全裸美女

 夜。ソファに寝転んでテレビを見ていると、絶叫が響いた。


「ふぎぁぁぁぁぁ」

「か、かな子さん」


 妻は入浴中のはず。飛び起きてリビングを出ようとしたところで、ドタドタと廊下を走ってきた彼女とぶつかった。


「ヒ、ヒロくん。ヘルプミー」

「え、ちょっと」

 べっしゃべしゃですね。べっしゃべしゃの、びっちょびちょ。

「タオルっ。かな子さん、タオル、タオル」

「ふぇぇ、無理。とってきて」


 浴槽からそのまま飛び出してきたらしく、走ってきた廊下は水浸し。彼女の長い髪からも、ぼたぼたと雫が垂れている。


「そんな恰好で風邪引きますよ」


 僕の服もびしょびしょ。彼女の髪をキューと絞ったら、滝のように水が……これは、いい雑巾がけのチャンスです。あとでお掃除しないと。


「とりあえず、戻って戻って。バックバック」

 抱きかかえながら廊下を戻るが、かな子さんが抵抗するので、じりじりとしか進まない。

「いやっ。いるもん、いるからいやっ」

「いるって何が?」


 一瞬、のぞき魔が出たのかと、ひやりとする。が、答えは違った。


「クモっ。クモがずわって走ったの!」

 パッと手を開いて、

「これくらい。でっかいやつ」


 ほう、なるほど。それで、タオルひとつ巻かずに逃げてきたと。

「すぐに退治しますから。それより、ほんと風邪引きますよ。体冷たくなってる」

 ぎゅうっと抱きしめると、服に肌が透けるほどべしゃりと濡れた。


「ほら、寒いんでしょ。ブルブルしてる」

「違いますっ! クモにブルブルなんです」


 いや、寒いんだろうな。

 ぎゅうっと抱き返してきて、体をすり寄せてくるから。


「ほらほら、戻って、戻って」


 ずりずりずり。やっと脱衣場まで到着。でも、かな子さんはドアのところで激しく抵抗した。仕方がないので、手をうんと伸ばしてバスタオルをゲットです。


「はい、ちゃんと拭いて」

 体に巻いて、もう一枚タオルをとると頭に乗せる。

「で、犯人はどこだ?」


 きょろきょろ。壁際や洗濯機の裏側も確認したがクモ野郎は見当たらない。このままだと、かな子さんは我が家のお風呂に入らなくなるかも。這いずり回るようにして探す僕に、


「ヒロくん、そこ違う。中、中です!」

 との指示。

「なか?」

 問うと、タオルを被った隙間から、こくこくとうなずく真剣な顔がのぞく。

「あっち。お風呂の中です。お湯の中!」


 どれどれ。


「おっ、いますね。かな子さん、混浴したんですか?」

 いやあぁぁ、ひどいこと言わないでよぉと、背中をポカポカ。

「はいはい、冗談ですって。というか、これ、クモじゃなくてゲジゲジですよ」

「どっちでもいいもん。足がうじゃうじゃなやつ」


 ゲジゲジくんはお湯にぷかぁと浮いていた。天井から降ってきたのだろうか。そうだとすると、さぞかし彼女は、びっくりしただろうな。パニックで溺れたりしなくてよかった、よかった。


「タライですくって、どうするかな……、トイレに流します?」

「げー…、トイレから戻ってこない?」

「こないと思いますよ。流れますよ、これ。足が長いだけで、縮まると小さいし」


 よっこらせとタライを手にしたところで、妻の引きつった顔が視界の端に入る。


「そこ、よけといてくださいよ。ゲジゲージが今から――」

「ぎゃあああ」


 叫びながら逃げる彼女。と、ばたんと脱衣場のドアを閉められた。


「いや、ちょっと。トイレはそこ出ないと行けないんですけど」

 脱衣場の右にあるんですよね、トイレ。いったん廊下に出る必要があるんだ。

「おーい、かな子さん。開けますよ」


 声かけしてからドアを押したが、動かない。

 ん? ぐいぐい。


 ――2につづく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る