♡26 いっしょにバスタイム 2/『エッチ!』パンチは止めてチュウしよう

「髪。髪絞って、かな子さん」

「ぎゅうっ」


 かな子さんの長い髪から盛大に水が滴る。


「ゴシゴシ拭いたら傷むんですよ。みきちゃんが言ってたもん」

「知ってますよ。タオルでパンパンでしょ」


 パンパン。で、グルグル巻きにして髪を上げる。みきちゃんとは、ファッションモデルをしているかな子さんのマネージャー。鬼のように怖い女性、川田みきさんのこと。


「体も拭かないと」

 バスタオルで包むと、「あぁれぇ、ごっごする?」と妻。

「しませんて。あれは帯でしょ」

「じゃ、こんど帯でしよう」

 あぁれぇ。

「しないですって」


 少し手荒に水気を拭きとる。

 かな子さんはくすぐったいのか、くねくねと体をよじった。


「ヒロくん、やさしく、やさしく」

「手早く」

 と、棚から適当に一枚取り出して、

「ほら、パンツこれでいいですか?」

「それ、ゴム伸びてない?」

 確認。

「大丈夫ですよ、はける」


 すねをちょんと触ると、妻の右足が上がる。反対の足も入れて、すぽん。

 花柄の綿パンツ。ちょっとユルユル。でも飾りレースが可愛い。


「ほう、これがヒロくんの趣味ですかな」

「いやっ、あなたが自分で買ったのばかりでしょっ」


 ふふふっと笑う妻。からかわれているのか、なんなのか。

 ちょっと分からないときがある。


 パジャマ代わりのビックTシャツを頭にかぶせ、すとんと下ろすと、短めのワンピース丈になる。緑のアフロに黒タイツをはいたスター熊、くまボンがでかでかとプリントしてある白いTシャツだ。ちなみにピンクとブルーも色違いで持っている。


「はい、次はドライヤー」


 洗面所の鏡の前にある丸い籐椅子に彼女が座る。カゴからドライヤーを取り出して準備万端。スイッチオン。


 ごおおおおおっ。


「ヒロくん、爆風すぎるよ。台風だよ」

 ぶわさっと妻の髪が舞い踊る。

「川田さんおすすめの高いやつは馬力が違いますね。すぐ乾きますよ」


 ぶおおおおおおっ。


「ヒロくん、ヒロくん」


 熱風になり過ぎないようにしないと。ちょっと離しぎみにして……

 ええっと、どうすんだっけか。傷めると怖いからな、緊張するな。


「ヒロくん、ヒロくん」

「ん? なんですか」


 鏡越しに目を合わす。と、妻がぷぷっと手で口を押えて笑う。


「真剣な顔、怖いですよ。ここにしわが深ーく入ってました」

 眉間を指さす。あら、怖かったですか。

「すみません、川田さんのプレッシャーがすごいので。美髪キープに神経使い過ぎました」

「あらら。パンツもはかずに?」


 はっ。僕は気づいた。なにを全裸で妻の髪、乾かしてんだ。変態か。


「あやっ、すみませんでした」

 急いで装着。再びドライヤーセット。

「もう終わりますからね。最後は冷風でしめる」


 ぶおおおお。弱設定に変更。ふわああああ。ブラシでときとき。


「ヒロくんはいいトリマーさんになれますね」

「トリマーって」犬じゃないか。

「かな子、らくちんっ」

 ルンルンな妻。

「はい、完成です」

「どうもでーす」くるっと振り向き、


「お次は、ヒロくんねっ」とドライヤ―を手に取る。

「いいですよ、自分でがっとやるんで」


 速乾でぼわっともっさり完成。


「じゃ、クシクシしてあげる」

 ブラシを手に取る妻。

「いいですよ、手ぐしで十分です」


 ささっとセット。

 パジャマを着ると、いじけ顔の妻と目があう。


「ヒロくん、自分で全部やっちゃうから、つまんない」

「ジャンプーで遊んだじゃないですか」

「ぶぅ。わたしのこと、必要じゃないのね」


 何モードで怒ってんだか。


「必要ですよ。僕、かな子さん大好き」

 しゃがんで見上げるようにして言うと、妻はちょっと目をそらした。

「ふーん。やっぱりヒロくんがいいな」


「ん?」

「えとね、他の人たちはね、すぐエッチなことしようとするから、パンチして――」


 間。


「もうっ、話してる途中でチュウしないの」

「だって、いやな話するから」


 いやな話したっけ? 首を傾げる妻。まったく、天然なのか、計算なのか。

 僕は、いつも彼女に振り回されている。

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