くまボンの恐怖 編

忍び寄る熊の影

♡27 くまボン体操はっじまるよぉ~/『非国民めっ』妻は熱血鬼教官

 帰宅。ドアを開けると、アホっぽい歌が流れていた。


 タッタ~ラ、タラララ

 ずんちゃ、ずんちゃ、ずんちゃ、ずんちゃ


 今日も元気な くま ボンボン

 明日も元気な くま ボンボン


 明後日も その次も 元気よ

 くま ボンボン


 もちろん きのうも 元気なの


 (はいっ)

 くま ボンボン

 (もう、いっちょ)

 くま ボンボン


 さいきょ~ぉぉ、くま! 

 ボンボンっ


 タッタ~ラ、タラララ

 ずんちゃ、ずんちゃ、ずんちゃ、ずんちゃ


「あの、なんですか、これ」

「あ、ヒロくん、お帰りなさい」


 にこっと笑顔。それは嬉しいのですが、この曲は一体……


「くまボン体操ですよ、ヒロくん。DVDを入手しました。ご予約キャンペーンプレゼントで、くまボン着ぐるみパジャマもゲットです!」


 胸を張って自慢する妻。そうなんです、彼女、そのパジャマ着用中です。

 熊というより、なんだかペンギンぽいですけどね。

 さらに、テレビに目をやれば、緑アフロに黒タイツの熊が映っていた。けったいな熊の両隣には、元気な体操のお兄さんとお姉さんタイプの若者が二人。彼らのバックには、これまた元気なちびっこ集団が、リズムに合わせて踊っている。


「くまボンボン、くまボンボン」

 妻はテレビ画面に合わせて踊る。

「流行ってるんですか、これ」


 カバンをソファの横に立てかけ、スーツの上着を脱ぎながら訊くと、画面にくぎ付けだった妻の顔がぐりんとこちらを向いた。


「ヒロくん、いま、なんと?」

「え、あの。この歌は流行って」


 と、ここまでしか言わせてもらえなかった。

 かな子さんは、くわっと迫力のある顔をすると、


「この、非国民め」と吠えた。

「す、すみません。流行にうとくて」


 妻は「かぁぁ」と言って激しく首を振る。


「まったく、どうしようもない人ですね。わたしがしっかりしていたから、いいものを。そんなんで、これからどうやって生きていくつもりですか」


「はぁ、面目ない」

「いいですか、ヒロくん」


 そう言って、厳しい顔をした妻はリモコンを操作する。


「始めから教えてあげますからね。よく見ていてください」

「えっ」


 タッタ~ラ、タラララ

 ずんちゃ、ずんちゃ、ずんちゃ、ずんちゃ


「はい、ここでつま先立ちをしてリズムとる。やって」

「え、やるんですか?」


 キッとにらまれる。

 僕は妻のマネをして腰に手を当て、つま先立ちでリズムをとった。


「ずんちゃ、ずんちゃに合わせて、リズムよく。次に」

「はい」


「今日も元気な――ここで、左右に上半身を揺らす。下半身は固定して動かさない! こら、足は閉じるっ」

「は、はいっ」

「くま――ここで、ぐっと気合。グーを作って空手のオスッのポーズね」

「はい」

「ボンボンっ。ここ! ここ重要です。ボンボンで、手を前につき出す。このとき、手はパーです。勢いよく。ボンボンっ」


 ボンで一回なので、二度つき出す。リズムよく。引くときはグーに戻る。


「明日も元気な――ここは、さっきと同じ。ボンボンっ」

「ボンボンっ」

「明後日も――ここからは、その場で足踏みをして一周します。ひざは高く、直角に曲げて元気よく。くまボンボンのところは、同じです。遅れないようにっ」


「ボンボンっ」


「もちろん きのうも 元気なのぉ。ここは腰に手を当てて、お尻を左右に振るっ。このときは、お尻はヒヨコのように突き出して」


「元気なのぉ」ふりふり。

「はいっ、は合いの手ですから、一緒に手を鳴らす。はいっ」

「はいっ」ぱちん。

「くまボンボンは、いつものポーズね。気合からのパーでボンボンっ」


「ボンボンっ」


「もういっちょ。ここは右人差し指立てて、『もういっちょ』と言いながら、つま先立ち。左手は背中に回してね。腰じゃないですよ!」


「もういっちょ」


「くまボンボンは同じ。ボンボンっ。さ、次が重要です。ここでセンスが問われますから。『さいきょ~ぉぉ、くま!』。ここ。さいきょ~ぉぉのところで、ぐっと体を縮めます。卵になるイメージです」


 妻は中腰になると、前屈姿勢のようになって背中を丸める。

 手はぐっと握って胸のあたりに当てているらしい。


「ぼんぼんっ。はい、ここでジャンプ」

 ばっと大の字ジャンプ。

「最初のボンでためを作るんです。二度目でボンっと弾けます!」


「なるほど」

 僕は軽く跳んだ。

「……ヒロくん」

 妻の目が怖い。僕は手を抜いたことを後悔した。


「あなた、本気じゃないですね。……離婚する。ぐすん」

 いや、待って!

「い、今のはイメージトレーニングですよ。リズムに合わせて跳べるようにタイミングを計っていただけです」

「そうですか?」


 妻は疑いの眼差しを向けながら、DVDをはじまりまで戻す。


「じゃ、もう一回。今度はヒロくん、ひとりでやってみて」

「え、ひとりですか! かな子さんも一緒にやりましょうよ」


 ひとりで踊るなんて、酷なんですけど。


「ダメです。わたし、しっかり見て、ヒロくんがちゃんと踊れているかチェックします」


 タッタ~ラ、タラララ。

 ずんちゃ、ずんちゃ、ずんちゃ、ずんちゃ。


「ほら、始まりましたよ!」


 妻の手拍子に合わせて僕は踊った。


「こらっ、足が曲がってる。手はもっと勢いよく伸ばして!」

「は、はい」

「ダメっ。もう一回!」

「ひぃ」


 彼女のお許しが出たのは、それから二時間後のことだった。

 僕はぐったりして、生まれたての小鹿になっていた。


「今日のところは、これまで。明日は二番を踊ります!」

「そ、そんな」


 まさかの二番発言に、さすがの僕も泣きそうになった。

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