♡23 新米教師丸岡ちゃん/『不倫はダメよ』もっさりメガネは隠れイケメン

 妻のかな子さんはモテる。何をしていようがモテる。

 そんなことは、よーくご承知だ。

 僕? 僕はモテない。ええ、モテませんけど、それがなにか?


「朝倉先生、今度の選択授業なんですけど」

「はい?」


 声をかけて来たのは同じ数学教師の丸岡先生だ。

 まだ新米さんで、高校生みたいな童顔の小柄な女性です。


「このプリントをやろうかと。ほら、この間の数独パズル、好評だったじゃないですか。似たような数字パズルがないかって、探してみたんですけど」


 見せてくれたのは、同じ数字の色をぬると絵柄が現れるタイプのプリント問題だった。


「計算して同じ答えの数字をぬるものなんです。簡単すぎますか?」

「そうですねぇ。これ、小学生向きじゃないですか?」

「やっぱそうかぁ。じゃ、次も数独でいいかな」


 上目づかいで僕を見る。目がクリクリしていてお人形さんのようだ。モテるんでしょうねぇ、こういうお嬢さんは。実際、体育教師の岡島先生が彼女を狙ってるとの噂がありますから。

 ……たぶん、成就しない恋でしょうけど。


「選択授業は遊びみたいなもんですから。みんなお喋りばっかです」

「そんな。朝倉先生が怒らないからですよ。こらって言わないと」


 くすくす笑って、とんと僕を軽く叩く。それから、すいっと僕に体を寄せてきた。丸岡先生は大きい目をしていますが、視力は悪いらしい。いつも距離が近い。


「朝倉先生、今日は放課後、時間あります?」

「放課後は部活を見ないと」


 顧問をしているソフト部の練習にお付き合いです。ボールを投げたり、拾ったり、拾ったり、拾ったり……、たまに頭にぶつかったり。これ、いい運動になります。特に部長さんが張り切っている部なので、僕もいろいろとこき使われます。ま、これも教員の仕事ですから、頑張りますけどね。


「そのあとですよ、あと」

「はい? 部活のあとは帰宅します」


 なぜか首を振る丸岡先生。何か予定があったっけ。

 職員会議はなかったはずですけど。


「帰宅しないで、ちょっと寄り道しません?」

「寄り道?」

「はい。駅前の本屋さん、大きいでしょ。あそこで授業に使えそうな資料がないか、いっしょに探しませんか?」

「そうですねぇ」


 仕事熱心だな、丸岡先生は。若いって素晴らしい。って、僕も若いですけど。それでも気力は衰えているのかな。僕は少しだけ悩んだ。熱血教師ぶりを発揮してもいいかもしれない。でも、やっぱり優先順位はあるわけで。


「今日は、ちょっと」

 かな子さんが待ってるし。あと熱血教師ってガラでもないしなぁ。

「用事でも?」


 くるんとした丸い目でじぃっと見つめてくる丸岡先生。

 瞳に僕のしぶい顔が映っていた。思わず、ふっと笑ってしまう。


「近いですよ、先生。メガネしたらどうです?」

「えっ」


 真っ赤になってパッと距離をとる丸岡先生。メガネ、嫌いだったのかもしれないな。生徒にもいますよ。メガネするの恥ずかしいって言って、目が悪いのに無理してる子。


「コンタクトは目が乾きますものね。僕はコンタクトにしてますけど」

「あ、そうなんですね! メガネをしてる時もあったのになって思ってたんです。あれ、似合ってたのに」

「似合ってましたか?」


 ちょっと疑う。なぜってメガネすると僕のもっさり具合が上がるから。それに、メガネはかな子さんによく吹っ飛ばされるので、家でもあまりしないようにしている。飛びつかれたりするときに、ぽーんって吹っ飛ぶんですよ、あれ。いくつ壊したことやら。ちょっとした墓場ができます。


「メガネ、似合ってましたよ。ないのも素敵ですけど」

「ああ、どうもすみません」

 気を遣わせたみたいですね。やれ、申し訳ない。ぺこりとすると、

「え、え。すみません」

 なぜか丸岡先生までペコペコする。

「あ、あの。今日、忙しいのなら大丈夫です。それじゃ」


 手をぶんぶん振って、それから頭を下げながら、彼女は去っていった。うーん。首を傾げていると、どんっと背中をどつかれた。


「いいんですか、朝倉先生。教師が不倫しちゃまずいですよ」

 岡島先生だ。にやにや顔で僕を見ている。

「教師じゃなくても不倫はダメですよ」


 僕の言葉に、彼は「あはっ、そうですな」と爆笑。

 そんな、笑うこと言いましたか?


「でも、ここからは真剣な話ですが、ダメですよ、丸岡先生をたぶらかすのは。朝倉先生みたいな真面目そうな人ほど、やっかいですからなぁ」


 そう、やや真顔で彼は言ってくる。

 ずいっと近づいてきた口からは、ミントガムのにおいがした。


「あの、ちょっと何がおっしゃりたいのか?」

 じりじりと相手との距離をとりながら言うと、ぱしっと肩を叩いて引き戻される。

「なに、とぼけちゃって。ダメですよ、先生。丸岡ちゃんは僕が狙ってるんだから。先生は奥さんがいるんでしょ。がははっ」


 このこのぉ、と陽気に笑う岡島先生。……やりにくいです、この人。

 でも、選り好みはダメですからね。かな子さんを見習わないと。彼女は誰とでもすぐに打ち解けるんですから。まぁ、それはそれで気を付けて欲しいですけど。気疲れを感じながら、僕は目にかかる前髪を軽く指で跳ねのけた。すると。


「いやぁ、朝倉先生は損してますな。地味オーラが濃すぎるんですよ」

「はい?」


 いや、なんでも。そう言って、にやにやと岡島先生は笑った。

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