♡22 二人でクッキング 2/『あーんしよう』初チュウ話でプチゲンカ

 ゴロゴロとシーフードが入ったピラフにシャキッとレタス。

 こんがり香ばしく焼けたチキンは皮がカリカリで美味しそうです。


「いっただきまーす」

 スプーンを握る妻。と、顔を上げて、

「ヒロくん、あーんしましょ。あーん」

「あーんですか」

「うん、あーん」


 あーん。…………。


「あ、僕が口に入れるんですね」

 スプーンでピラフをすくって、彼女の口に運ぶ。

「もぐもぐ。ふふっ。おいひい」

「それは、よかった」


 嬉しそうな妻。いやはや。

 二人して親を待つひな鳥のように、ポカンと口を開けていましたよ。


「もう一口、食べます? あーん」

「あーん」

 もぐもぐ。ふふふっと笑う彼女。

「こんどはヒロくんの番ね」

「あ、すみません」


 あーん……、ごほっ。


「か、かな子さん。量が多いですよ。一口じゃ無理ですって」

「あら、そうですか。たっぷり食べて欲しくて」


 あーんで目を閉じたのがマズかったんでしょうかね。

 窒息死するかと思った。


「スプーンちょこっとでお願いします」

「そうですか。小食ねぇ」

 不満そうに唇を尖らせながら、妻はちょこっとだけピラフをすくう。

「はい、あーんです、あーん」


 今度は片目をうすめに開けて、あーん……、がちん。


「い、痛いです」

 スプーンが歯茎にあたった。僕は人差し指で触ってみる。

「あ、血が……」出てますね。ま、すぐに止まるでしょうけど。


「えぇ、ごめんなさいです」

 と、かな子さんは眉を寄せ、「初チューの時と同じね?」

 って、

「は?」

「初チューの時。歯がガチってね?」


 沈黙。僕は湯呑の緑茶を飲んで、ひとまず呼吸した。で。


「そんなこと、ありましたっけ?」

「あら? ヒロくんじゃなかったっけ?」


 記憶を辿っているのか、かな子さんは顔を「ううん?」としかめる。


「えっとね、プールだったはずですよ。パラソルの下で」

「違いますね、それ。僕じゃないですよ」

「そうかなぁ」小首を傾げている。


 いやぁ、美味しそうに見えたチキンですが、食欲減退ですな。

 もう、いらんです。


「うーん。ヒロくんだと思ったけど。ガチッて当たって痛かったの。で、『痛いよ』って突き放したら、ヒロくんは顔が真っ赤になってて」


「うん、だから違いますね。僕じゃないですよ、それ」

「うそだぁ。じゃ、誰です?」

 知らんがな。「きっと、前の恋人ですよ。ええ、僕より前の」


「ふぅん。ヒロくんだと思った」

「へぇ」


 僕はスプーンでピラフをぐちゃぐちゃに混ぜた。

 それから一口分すくって、かな子さんに言う。


「はい、あーん」

「ん? あーん」素直に口を開ける妻。

 パク。

「あれ、ヒロくんっ」

「もぐもぐ。なんです?」すまして聞き返すと、むすっとした顔。


「自分で食べちゃったんですね。あーんって言ったのに」

「ああ、すみません」ぺこりと頭を下げる僕。

 妻は険しい顔のまま、口をぶぅと尖らせる。

「なんです、いじわる」

「どっちが」


 つーん。しばらく僕をにらんでいた妻だったが、やがて食欲に負けたのか、もそもそとピラフを食べ始めた。


「これ、イカばっかりです。エビが食べたい」

「へえ、ハズレですね」

 僕はエビを食べた。それを妻は見逃さない。

「むっ。ヒロくんはエビがたくさんです。ずるいです」

「ずるくないですよ。たまたま入ってただけです」


 むぅぅと怒りを募らせるかな子さん。眉間には深いしわ。唇はくちばしのように尖る。僕はやや体を横に向けて視線をそらした。そのまま、もぐもぐ。やけ食い。


「ヒロくん、急に怖いです。かな子、怖い人キライだもん」

 とたんに、しゅんとする。

 ちょっと心がちくりとした僕は、体の向きを戻して正面で向き合った。

「怖くないですよ。ほら、エビさん、どうぞ」


 あーん。ちょっと警戒したあと、妻は小さく口を開けた。

 エビをころん。


「もぐ。エビさん、好きです」

 少しだけ唇の端が上がる。でも、まだこちらを見る目が警戒気味だ。

「かな子さんって、ちょいちょい昔の男の話しますよね?」

「ん?」小首を傾げる。

「してますよ、ちょいちょい。いいですよ、べつに。いいですけどっ」


 僕はふぅと大きくため息。


「まぁ、僕が悪いんですよ。はい、ごめんなさい。ちょっと不機嫌になりました」

「ごめんなさい?」

「はい、ごめんなさい」きょとんとした妻の顔。目をパチパチ。

「もう怒ってないってこと?」

「怒ってませんよ」

「ほんとに?」

「ほんとに」


 彼女はスプーンから箸に持ち替えると、チキンをつかんだ。


「じゃ、はい。あーん」

「あーん」


 うぐっ。ちょっと喉を突かれそうになりましたが、無事です。

 もぐもぐする僕に、ニコニコ笑う妻。そんな顔を見ながら機嫌を直そうと、僕はゆっくりチキンをかみしめた。

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