♡20 アイスよりも甘いもの2/『あれは連行中?』スター熊☆くまボン登場
で、ソフトクリームなんですけど。残念ながらチョコ味をひとつしか買えませんでした。どうやら皆さん、ソフトクリ熱がMaxだったようで、売り切れ間近でして。なんとかカップのチョコソフトは手に入れましたけど、どうでしょう、かな子さんは納得するでしょうか?
そんなことを考えながら、行きと同じように小走りで戻ると、ああ、なんてこったい、妻の姿がありません。荷物はベンチにそのままなのですが。
「かな子さーん」僕はちょっと小声で呼んでみる。
「おーい、かな子さーん」
きょろきょろ見回すが、姿なし。心配だ。どうしようかと考えながら、カップのチョコソフトを見つめていると、とんと肩を叩かれた。
「おや、ヒロくんたら間違えてますよ。それはチョコですぞ」
「よかった! どこに行ってたんですか」
ちょっとムッとしながら問うと、妻はその反応にカチンときたのか、僕の倍以上のムッと顔をする。
「なんです、怒りんぼさんね。間違えたのはヒロくんですよ。わたしは普通のか抹茶を所望したのです」
「売り切れだったんですよ。これが最後のソフトです」
はい、と渡すと彼女は小首を傾げた。
「ははぁ、残念無念ですな。でもソフトクリですから、ガマンしようか」
そうして、ベンチに座ると、パクパク食べ始める。僕は荷物をよけて隣に腰を下ろすと、そんなマイペースな彼女に説明を求めた。
「ここで待っていてくださいって言いましたよね。どこに行ってたんです」
妻はちらっと不機嫌な目を向けてきた。
それからパクリと無言でアイスを食べていく。
「トイレですか? それならいいんですけど……」
もごもごと言うと、彼女は目を細めた。
それから、またパクリ。
「あのぉ、僕、心配したんですよ。悪い人に連れていかれたのかと……」
「ヒロくん、わたしを連れ去ったのは、くまボンですよ」
は?
「くまボンがいたんです。なので、ちょっとタッチしてきました」
妻は手のひらを向けてくる。
「この手で後頭部をタッチしてきました。ヒロくんも触ってらっしゃい。貴重ですぞ、くまボン」
誰? 外国人でしょうか。僕はぽかんとしていたんでしょう、妻はそんな僕の顔を見て、ぷぷっと笑った。
「はいはい、驚いたんですね。かわいいですね、ヒロくんは。まだいると思いますから、見てらっしゃいよ」
だから、誰のことです? そう訊こうと思った時。
「あっ、ほらほらほら」妻がバシバシ僕を叩いた。
「いるいるいる。きゃーっ、くまボン!」
ベンチから飛び上がって手を振り始める。彼女が見つめる先には、アフロヘアの黒毛熊がいた。アフロは緑で派手。しかも、下半身は黒タイツをはいている。
「え、あれのことですか?」
僕は確認する。だって変質者みたいなんだもの。
けれど、一瞬だけこちらを向いた妻は言った。
「そう、くまボンです、くまボン! スターです、くまボン。きゃーっ」
大興奮の彼女に、若干、周囲の人が笑っています。
ははっ……、僕の妻は無邪気です。
「ゆるキャラですか? あれって連行されてるんじゃないですよね」
くまボンの周りには警備員らしき人が数名いた。
この疑問に、彼女はしかめっ面をして、
「違いますよ、ヒロくんたらっ。あれは護衛中なの!」
「ああ、スターですものね」
あの死んだような目がキュートですと彼女は絶賛する。いつの間にあんな熊のファンになったのやら。僕は全く知らなくて、ちょっと反省中です。今度、グッズでもプレゼントしましょうかね、くまボン……
ファンサービス精神に溢れる緑アフロに黒タイツのくまボンは、妻に短い手を振り返しながら、ちょこちょこ歩きで去っていった。
「はぁ、いい日です」と妻はうっとり。
「とってもいい日です、今日は。生くまボンに会って、タッチまでしました。ハグとタックルもしてくればよかったですかね。ちょっと恥らってしまいました」
ぽっと頬に赤みがさしている。ぐったり気味だった彼女をこれほどまでに回復させるとは、偉大ですね、くまボンは。偉大熊、くまボンの姿がすっかり見えなくなると、妻はぺたりとベンチに座り、
「ヒロくん、くまボン追いかけなくてもいいの? 行っちゃったよ」
と、やや気づかわしげに僕の顔をのぞきこんできた。
「はぁ、あまり」
興味ないですね、と言いかけて、ずいぶん気にかけてくれているようすに、慌てて言葉を飲み込む。あとが継げず、まっすぐに見つめくる目をさけて視線をそらすと、そこで、はたと気づいた。
「アイス、食べちゃいましたね」
空のカップ。彼女もそれに気づいて、ハッと反応する。
「ややや。ソフトクリ半分コの約束でしたね。これチョコですけど、ヒロくんも食べたかったよね」
やっちまったな、と顔をしかめるかな子さん。それから申し訳なさそうに上目づかいで僕をみると、カップを向けてきて、
「舐ればいいかもですよ。端っこには残ってます」
「……そうですね」僕は答えると、親指で彼女の唇を拭った。
「これで十分ですよ」
指をぺろっと舐めると甘いチョコの味がした。
彼女はぱっと口に手を当てて、ぼそりと言った。
「ついてましたか? やだな、くまボンに見られたかしら」
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