♡6 怖い夢見ちゃった 2/『漏らさないでね』トマトお化けは緑色

「僕の顔がかな子さんを怒らせるようなので」

 叩きます。べちん、べちん。

「あらま。ダメダメ、おやめなさいって」


 手を止め、もう怒ってませんか、と聞いたら、怒ってますとの返事だった。

 ……がっかりですね。彼女の怒りは根深いらしい。

 しょぼくれていると、やれやれとのお言葉が。


「いいですよ、もう許しますから」

「ほんとうですか?」

「ええ、ヒロくんのお顔が大変なことになりそうですからね。明日、顔が真っ赤になってますよ、きっと」


 よかった。危機は脱したと思った僕は、

「赤いと言えばトマトですね」

 と陽気に話を振った。すると彼女は氷のような眼差しを僕に向けて、

「なんです? トマトお化けをおちょくってるんですか」

 と暗い声。

「ち、違いますよ」

 大慌てで否定する。どうも今夜は調子が悪い。


 僕は正座をして、

「そうじゃなくて、トマトお化けの話を聞かせて下さい。なにがありました?」

「聞きたいんですね」

「はい、聞きたいです」

「ほんとうに?」

「ほんとうに。ぜひとも」


 いいでしょう。かな子さんは重々しくうなずく。


「これはさっき見た夢の話です」

「はい」

「ヒロくん、おトイレに行くなら今のうちですよ」

「大丈夫です」

「あとで漏らさないでね」

「大丈夫ですって」


 見つめ合う僕ら。とんと彼女の手が肩に乗る。


「こわーいですけど、夢です」

「はい」

「泣かないでね」

「泣きません」

「では、始めます」

「よろしくお願いします」


 そうして、話はこうだった。

 かな子さんはなぜかトマト畑にいたそうだ。たくさんのトマトが実っているのだが、全部がまだ緑色。赤いのがないかな。そう、あちこち探した。


「でも、ぜーんぶ、緑なんです」

「なるほど。熟してないんですね」


 こくりと彼女はうなずく。それでも妻は赤いのはないかと探し続けて、トマト畑の隅々まで移動した。すると。


「いたんですよ」

「トマトお化けですか?」

 こくりと彼女。いよいよ話は佳境だ。

「トマトお化けは大きいです。ヒロくんより大きかったです。丸くてとぉても大きいんです」

 ばんざいするように手を広げる。

「大きくて大きくて、でも、緑なんです」

「つまり、熟してないと?」

「そう、熟してません」


 緑の巨大トマトは手足が生えていて、よちよち歩きをするそうだ。そいつに目鼻はないのだが、口だけはあって、よちよちと妻の方に歩いて来たかと思うと、こう話しかけてきた。


『ねぇ、ジュースちょうだい』

「ジュース、ですか?」

「うん、ジュースちょうだいって言うの」


 かな子さんはぶるっと身を震わせた。

 ぎゅっと抱き寄せると今度は拒絶されなかった。


『ねぇ、ジュースちょうだい』

 そう言って、よちよち近づいてくる。

 妻は怖くなって逃げようとしたのだが、足が動かない。

「ヒロくーん、ヒロくーんって呼んだのよ」

「ほうほう。それで、僕、現れましたか?」

「いいえ、来ませんでした」

 にらまれる。おぉ、夢の中でもしくじってますね、僕は。


「そ、それで、どうなりました?」

「それで」とかな子さんは言うと、ごくっと喉を鳴らす。

「トマトお化けは、わたしをジュースにしようとしたんです!」


 よちよち近づいてくるトマトお化け。そいつは怯える妻の目の前までくると、にたりと笑った。どこかからミキサーを取り出すと不気味な声でささやく。


『お前をジュースにして飲んでやるぞ。真っ赤なジュースを飲めば、僕は赤い完熟トマトになれるんだ!』


「そ、それは血のジュースということですか」

 驚いて問うと、妻は小声で、

「ヒロくん、だから怖いって言ったでしょ」とつぶやく。


「はい、とっても恐ろしいですね。それで、かな子さんはどうしたんです?」

「どうしたと思います?」

「逃げた?」

「まさか」


 きらんと闇に妻の目が光る。


「かな子は戦ったのです!」


 ―― 3につづく。

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